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2部 第6話【 静かな不満の芽生え 】(下)

一方、フェリクスもまた、この裁定に、

静かな安堵を覚えていた。


「対話だけでは、

 見落としてしまう細部を、法が、

 丁寧に拾い上げてくれている」


「宰相閣下は、この制度に、

 確かな手応えを、

 感じておられるようですね」


補佐官の言葉に、フェリクスは頷いた。


「ああ。俺たちの理念も、軍部の理念も、

 この法という場を通せば、互いに、

 より洗練されていくのかもしれない」


こうして、

アンタレス憲法とその裁判制度は、

両陣営の間に、少しずつではあるが、

確かな信頼の基盤を築きつつあった。


高等裁判所での裁定は、

以後も幾つかの重要案件で下され、

そのたびに、帝国の統治は、

より緻密なものへと磨かれていった。


だが、この平穏な均衡もまた、

いずれ試される時が、

静かに近づいていた。


ある噂が、光華万華宮の奥深くにまで、

届き始めていたのである——

強硬派の一部に、法そのものへの、

根深い不満を抱く者たちがいる、

という噂が。


その夜、光華万華宮の一角、

ヴァルデマールの私邸に、

数名の若手将校たちが、

密かに集まっていた。


「総司令官、法による裁きは、

 確かに公正かもしれません。

 ですが、時間がかかりすぎます」


若い将校の一人が、

苛(いら)立ちを隠さずに言った。


「辺境の防衛は、

 一刻を争う場面も多いのです。

 裁判所の裁定を待っている間に、

 失われるものも

 あるのではないでしょうか?」


ヴァルデマールは、

暫(しばら)く黙って、その声に耳を傾けていた。


「……お前の懸念も、分からなくはない」


「では、

 総司令官も、この制度に、疑問を?」


「疑問はある。

 だが、性急に否定するつもりはない。

 今しばらく、様子を見よう」


その一方で、

フェリクス統治区の一部にも、

静かな不満が芽生え始めていた。


「宰相閣下、

 裁判所への提訴が長引くあまり、

 住民の中には、痺(しび)れを切らし、

 独自に事を解決しようとする動きも

 出ております」


補佐官の報告に、

フェリクスは、深く息を吐いた。


「……焦りが、法への信頼を、

 蝕(むしば)み始めているのかもしれぬな」


「対策は?」


「裁判所の審理を、

 もっと迅速化できないか、

 ミラベル殿とオズワルド殿に、

 相談してみよう」


こうして、制度の恩恵を実感する声と、

その限界に苛立つ声、その両方が、

帝国の各所で、静かに、しかし確実に、

育ち始めていた。


均衡は、まだ保たれている。


だが、その均衡を支える糸は、

少しずつ、擦り切れ始めていたのである。


その夜、アンタレスは、

ミラベルとオズワルド、両首席裁判官を、

光華万華宮へと招いた。


「両名とも、よくぞここまで、

 この制度を育ててくれた」


「もったいなきお言葉です」


ミラベルが、深く頭を下げた。


「だが、率直に聞きたい。

 この制度は、この先も、

 持ちこたえられると思うか?」


オズワルドは、しばらく考えた後、

静かに答えた。


「持ちこたえさせねばなりません。

 ですが、陛下……いずれ、

 我らの手には負えぬ案件が、

 必ず訪れます。その時のために、

 最終審の在り方を、今のうちに、

 固めておくべきかと存じます」


アンタレスは、静かに頷いた。


「分かった。……その時のために、

 俺も、覚悟を決めておこう」


展望室の窓の外、星々の海は、

今夜もまた、

変わらぬ静けさを湛えたまま、

遠く、静かに広がり続けていた。


その静けさの奥で、

いつか訪れるであろう試練への備えが、

静かに、しかし確実に進められていた。

明朝 7:30 に投稿します。


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