2部 第5話【 『アンタレス憲法』を発布 】(下)
強硬派の代理人が、
悔しげに顔を歪めた。
だがミラベルは、続けて言った。
「同時に、穏健派側の運用にも、
開発計画の周知が不十分であったという、
落ち度が認められる。
双方に、是正を命じる」
この裁定は、どちらか一方に偏らぬ、
公正なものとして、
両陣営から一定の納得を得た。
「これが……法による裁き、か」
ヴァルデマールが、
法廷を後にしながら、静かに呟いた。
「陛下の判断より、あるいは、
公正なのかもしれぬな」
その隣で、フェリクスもまた、
複雑な表情を浮かべていた。
「完全な納得ではない。
だが、少なくとも、これで、
力による報復の連鎖は、避けられた」
こうして、アンタレス裁判所は、以後、
両陣営の間に生じる諸問題の多くを、
第一審で決着させる場として、
確かな機能を果たしていくことになる。
だがそれは、
対立の根を絶やすものではなく、
あくまで、その芽が育ちすぎるのを防ぐ、
一つの堤にすぎなかった。
裁定の後、アンタレスの元に、
ミラベルからの報告が届けられた。
「陛下、初の重大事案、
無事に第一審にて決着いたしました」
「ご苦労だった。両陣営の反応は」
「完全な満足ではないでしょう。
ですが、双方とも、
力による解決を避けられたことに、
一定の安堵を覚えているようです」
アンタレスは、静かに頷いた。
「それでいい。法とは、
誰もを完全に満足させるものではない。
だが、誰もが、暴力に頼らずに済む場を、
提供するものだ」
「陛下、一つ、伺いたいことが」
ミラベルが、
珍しく踏み込んだ様子で尋ねた。
「なんだ」
「もし、私の裁定が、
陛下ご自身の御心に反するもので
あったなら、いかがなさいますか?」
アンタレスは、しばらく考えた後、
静かに笑った。
「その時こそ、この裁判所が、
本当に独立していることの証だろう。
俺は、たとえ不本意であっても、
その裁定を受け入れる」
「本当に、よろしいのですか?」
「よい。もし俺が、
都合の悪い裁定だけを覆すようなら、
この憲法も、この裁判所も、
ただの見せかけに成り下がる」
その言葉に、ミラベルは、
深く頭を垂れた。
「陛下の御心、しかと承りました。
この裁判所は、いかなる圧力にも屈せず、
公正であり続けることを、
お誓いいたします」
数年のうちに、アンタレス裁判所は、
帝国全土に
その存在を知らしめることとなった。
辺境の小さな星系連合から、
光華万華宮を取り巻く貴族たちまで、
あらゆる階層の者たちが、この法廷に、
自らの訴えを
持ち込むようになっていった。
「陛下、裁判所への提訴件数は、
この五年で
三十倍に膨れ上がっております」
セレスの報告に、アンタレスは、
感慨深げに頷いた。
「それだけ、この帝国の民が、
力ではなく法を、
信頼するようになったということだろう」
「一方で、裁判所の処理能力にも、
限界が見え始めています」
「いずれ、対処せねばなるまいな。
だが、今は、
この芽を、大切に育てる時だ」
夜、展望室に立つアンタレスの脳裏には、
遠い祖先——始祖ケンタウルスが、
拳一つで
荒くれ者たちと打ち解けたという逸話が、
ふと蘇っていた。
「あなたは、拳で語り合った。
俺は、法で語り合う場を、作った。……
同じ想いの、
違う形なのかもしれませんね」
拳の紋章に、静かに語りかける。
星々の海は、今夜も変わらず、静かに、
しかし確かに、
この帝国の歩みを見守り続けていた。
その静けさの中に、
いつか訪れるであろう、
より大きな試練の足音が、
まだ誰にも聞こえぬまま、
静かに近づいていた。
明朝 7:30 に投稿します。




