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2部 第3話【 穏健派と強硬派 】(上)

「西方の和解」から一年が過ぎた頃、

皇帝アンタレスは、

光華万華宮の謁見の間に、

帝国の主だった者たちを召集した。


「今日、皆に伝えたいことがある」


アンタレスの声に、居並ぶ者たちの間に、

静かな緊張が走った。


「俺は、これより、親政を辞める」


その一言に、

謁見の間が、大きくどよめいた。


「陛下、それは、

いかなる意味でございますか」


ルシアン・ヴァルハイトが、

真っ先に問うた。


「言葉通りだ。俺は、これより、

日々の政に直接手を下すことをやめる。


代わりに、

新たな宰相を置き、政治の実務を委ねる」


「宰相……。既に、候補は」


「いる。前へ」


その声に応じ、静かに進み出たのは、

これまで

表舞台にはほとんど姿を見せなかった、

初老の文官だった。


「宰相フェリクス・アーレンベルク

と申します。以後、陛下に代わり、

帝国の内政を担わせていただきます」


フェリクスの物腰は、

驚くほど穏やかであった。


だがその双眸には、確かな聡明さと、

揺るがぬ意志が宿っていた。


「ヴァルデマール、レオンハルト」


アンタレスは、

二人の武将へと視線を移した。


「軍事に関する裁量は、これまで通り、

そなたたちに委ねる。

宰相と協議しながら、帝国の防衛と、

版図の維持にあたってほしい」


「陛下、それは……

軍部が、政に口を出すことを、

容認なさるということですか」


ヴァルデマールが、慎重に問うた。


「容認する。ただし——」


アンタレスの声が、僅かに鋭さを増した。


「軍部の判断が、

この帝国の理念を著しく損なうと、

俺が判断した時は、話は別だ。


その時は、俺が直接、事に当たる」


謁見の間に、しばしの沈黙が流れた。


「つまり、陛下は

……表舞台からは退かれるが、

最後の一線だけは、ご自身で守られる、

ということですね」


フェリクスが、静かに確認した。


「そうだ。シビリアンコントロールを、

この帝国の建前とする。


だが、建前だけでは、

いずれ立ち行かなくなる時が来るだろう。


その時のために、

俺は、いつでも動ける場所に留まる」


「なぜ、今、このような決断を?」


ルシアンの問いに、アンタレスは、

しばらく考えた後、静かに答えた。


「西方の和解を経て、俺は気づいた。

この帝国は、もはや、

俺一人の采配で回せるほど、

小さくはない。


拡張を望む者、融和を望む者

——それぞれの理念が、

既にこの帝国の中に、

確かに息づいている。


ならば、それぞれの理念を持つ者たちに、

それぞれの道を歩ませるべきだと、

俺は思う」


「それぞれの道、ですか」


「ああ。

強硬な手段でしか守れぬ辺境もあれば、

対話でこそ発展する宙域もある。


俺一人の哲学だけで、

この広大な帝国のすべてを律することは、

もはや、不可能なのだと悟った」


その言葉に、フェリクスは深く頭を垂れた。


「陛下の御心、確かに承りました。

私は、対話と融和を重んじる道を、

この身に賭して歩ませていただきます」


一方、ヴァルデマールも、

静かに拳を胸に当てた。


「軍部は、これまで通り、

帝国の版図を守り、そして

広げるために、力を尽くしましょう」


その日を境に、第八帝国の統治は、

二つの潮流へと、静かに分かれ始めた。

本日 18:30 に投稿します。

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