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第1部(1) 第11話【 天の意志だけは、誰にも穿(うが)つことはできぬ 】

「殿下、艦隊の展開が完了しました。


上陸は明朝の予定です」


副官の報告に、シリウスは頷いた。


「ようやくか。長い道のりだった」


「これで、祖父君の悲願が果たされますね」


「ああ。あとは、明日を待つだけだ」


だが彼の視線の先、東の空の色が、

いつもと違うことに、この時はまだ、

誰も気づいていなかった。

上陸を目前に控えたその夜、

艦橋ブリッジの空気は静かな高揚に満ちていた。


「殿下、明朝の上陸部隊、

配置完了いたしました」


「よし。予定通りに進めよう」


シリウスがそう答えた、その時だった。


「殿下……あれを」


見張りの声に、全員が窓の外へ目をやった。


東の空が、

見たこともない赤紫色に染まり始めていた。


「気象観測班、状況を報告せよ」


「は、はい! 巨大な星間嵐が接近中

……規模、いまだ計測不能です!」


「馬鹿な、

この海域でこれほどの嵐が発生した記録は……」


老練な航海士がそうつぶやいた声は、

最後まで続かなかった。


嵐はすでに、彼らの想像を超える速度で

ふくれ上がっていたからだ。


同じ頃、東瀛とうえいの島の一つ、

山間のほこらでは。


巫女みこ様、空が……!」


「……来た」


老いた巫女は、静かに目を開いた。


長くささげ続けてきた祈りが、

ついに応えたのだと、

その表情が物語っていた。


「太陽神よ、これが

……あなたの答えなのですね」


祠の奥で、小さな灯火が

ひときわ強く燃え上がった。


「全艦、直ちに退避!」


シリウスの号令が飛ぶ。


だが遅かった。


「駄目です、風が……!」


ふねが、流される!」


逃げ場を求めて

右往左往する艦隊を嘲笑うかのように、

嵐は瞬く間に周囲を呑み込んでいく。


幾千のふねが、木の葉のように翻弄され、

次々と光の中に消えていった。


「龍脈術士たちよ、結界を張れ!

艦隊を守るのだ!」


「やっております、ですが……

このままでは、結界ごと持っていかれます!」


悲鳴じみた声が飛び交う中、

シリウスは旗艦の甲板に立ち尽くしていた。


「これが……東瀛とうえいの神威か」


風の力でこの嵐に抗おうと拳を掲げるも、

あまりにも巨大なその力の前では、

蟷螂とうろうおのに等しかった。


「殿下、お下がりください! 危険です!」


「……ならん。

俺が退けば、皆の士気が崩れる」


シリウスは甲板に踏みとどまり、

崩れ落ちていく僚艦を、

ただ見つめ続けるほかなかった。


夜が明けた頃、

辺りには無残な光景が広がっていた。


「殿下……艦隊の、八割以上が……」


副官の声はかすれていた。


かつて

星をおおうほどであった超光速艦隊は、

残骸となってそらただようばかりだった。


焦げた艦体の破片が、

静かな海面のように広がる宙域を、

ゆっくりと漂流していく。


「本国へ、戻るぞ」


シリウスの声には、もはや

出撃の朝にあった確信の欠片かけらもなかった。


帰還したふね甲板かんぱんで、

老将アルゴの息子が静かに口を開いた。


「殿下、

これは我らの落ち度ではありません。

誰にも読めぬ嵐でした」


「いや……読めなかったのではない。

読もうとしなかったのだ。

俺は、勝つことしか考えていなかった」


「殿下……」


「南方を制した時も、争乱を制した時も、

俺は相手の力をまず知ろうとした。

だが今度ばかりは、

自分の力を信じすぎていたのかもしれん」


シリウスは、

燃え尽きた自らの艦隊が浮かぶ星の海を、

長い間見つめ続けていた。


「風は世界を穿うがち、龍は万物をべる。

だが、天の意志だけは、

誰にも穿つことはできぬ……のかもしれんな」


そのつぶやきは、後世、

この大敗を語り継ぐ者たちの間で、

繰り返し引用されることになる。


本国に戻ったシリウスを待っていたのは、

静かな、しかし重い空気だった。


「殿下がお戻りに……」


「艦隊は、いかほど残ったのだ」


「二割にも満たぬとのことです」


玉座の間に集った貴族たちの間に、

動揺が走る。


「これでは、国庫が持ちません」


東瀛とうえいへの再遠征など、

もはや不可能でしょう」


シリウスは、その声を黙って聞いていた。


「……分かっている。

もう、東瀛には手を出さない」


「殿下……」


「風と龍を併せ持てば、

何にでも勝てると思っていた。

だが、届かぬ場所もあるということを、

俺は今度こそ学んだ」


その日以降、

大サザンクロス星導国の版図はんとが、

東へ広がることは二度となかった。


だが皮肉にも、この大敗こそが、

シリウスをして

真の統治者たらしめたのだと、

後世の史家たちはしるすことになる。


「征服できなかった土地があったからこそ、

彼は残されたものを、

より深く治めることを学んだのだ」


——そう語られる日が来るとは、

この時のシリウスには、

まだ知る由もなかった。


一方、東瀛とうえい側の史実では、

全く異なる様相の物語が伝えられている。


「所属不明の超巨大艦隊が、

我がオリジン星群

(大サザンクロス星導国が「東瀛」と呼ぶ)

の領空圏に突如出現!」

「繰り返す!

所属不明の超巨大艦隊が、我がオリジン星群の領空圏に突如出現!

航路の応答、一切なし!」


オリジン星群の中央防衛司令部。


警報音が鳴り響くオペレーションルームで、

通信士たちの絶叫が交錯していた。


明日、7:30 に、第1部(2)第1話を投稿します。

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