嫌な音の花束
「……いや、また来いとは言ったが、来すぎだ」
アタマは、呆れを滲ませた許袁呂の声に「ううっ」と呻く。
「俺も、沼で一人のんびりしたいときはある。お前も、本を読んでいる時に邪魔が入ったりしたら鬱陶しいだろう?」
「お、仰る通りでございます。確かに、毎日は来すぎでした」
「だいたい、お前の最寄りのバス停は、幾つか先じゃないのか?」
「そこは……体力作りにちょうどいいかなって」
「多少の『少』しかつかんぞ?まあ、しないよりはいいが」
許袁呂は肩をすくめると、烏の姿から人の姿へと変化した。
そして、アタマから渡されたみたらし団子に舌鼓を打つ。
「見世物じゃないから、そうジロジロと見るな」
「す、すみません。お口に合うかどうか不安だったもので」
「お前が持ってくる供物はどれも美味い」
許袁呂のその一言に、アタマの顔はぱぁっと華やいだ。
「それはつまり、この間のクッキーも美味しかったということですか?」
「ああ、お前の心が籠っていた」
手作りのクッキーを褒められ、アタマは頬を赤らめる。
対する許袁呂は「事実を言ったまでなんだが」と首を傾げた。
(……事実……)
その言葉に、アタマは顔を曇らせる。
「どうした?」
「い、いえ、……今度、親戚のお兄さんが遊びに来るので、ちょっと」
「嫌いなのか?」
「はい。とても」
即答するアタマに、許袁呂は思わず噴き出した。
そして、驚きに眼を瞬かせるアタマの頭を撫でる。
「いつもならほんの少し考え込むのに、珍しいな」
「好きになる要素がないものでして……」
「ほお、そこまでか」
にやり、と口角を上げた許袁呂に向かい、アタマは静かに頷いた。
「吐き出しても構わんぞ?」
アタマは再度頷くと、「では――」と話を始めた。
■
親戚のお兄さんは、アタマが住んでいる場所から、県を一つ跨いだところに住んでいる。かなり年が離れており、遊んだ記憶はない。
そんな親戚のお兄さんには、アタマ以上に年の離れた妹がいた。
妹とは、アタマも仲良くできていた。
アタマが小学校三年生の時、幼稚園の年長だった妹は、絵本を片手に「お星さまが欲しい!」とアタマに向かって言った。
アタマは「任せて!次に会う時までに持ってくるから」と胸を叩いた。
家に帰り、裁縫セットを引っ張り出して『星』を作った。
一つ目はひどく歪で、先端まで綿が上手く入ってくれなかった。
二つ目は、少しマシにはなったが、星ではなくヒトデに見えた。
針で指を突いてしまうというアクシデントを挟みながらも、アタマはようやっと星を完成させた。
そして、次に会う時の『次』がやって来た。
妹は、アタマから『星』を受け取り、とても喜んだ。
だが、兄はふんと鼻で嗤うと「綿と布だろ?」と言い放った。
子供騙しも良いところだ、と。
「だいたいな、星っていうのは地球からずっと離れた所にあって、取りに行けないのは勿論のこと、そんな形ですらないんだよ」
高校の制服に身を包んだまま、二人にそう言った。
祖父が止めに入ったものの「事実だろ?」の一点張り。
「お前、アタマちゃんに謝れ!一生懸命作ってくれ――」
「いや、一生懸命はそっちの勝手だろ?俺は真実を教えてやったまでだ」
呆然とこちらを見上げてくるアタマに、兄は再度鼻を鳴らす。
低レベルが、と嘲り一色の目が語っていた。
「それともなんだよ?頑張って作って偉いね、とでも言えばいいのか?どんなゴミ作っても、過程を認めてあげましょうってか?いいか、社会に出たらな、結果が全てなんだよ。過程だ努力だに甘えてんじゃねぇ」
とうとう、妹が泣き出した。
それに続くように、アタマもはらはらと涙を流す。
正直、言っている意味の半分も理解できなかった。
だが、自身の行動すべてを否定されたのだけは理解できた。
「ちっ、泣いて許されようとしてんじゃねぇよ」
兄が舌打ちすると同時に、買い物に出ていた両親たちが帰宅した。
親戚のお兄さんの父は、祖父から話を聞いてひどく怒った。
その間に、アタマは両親とともに家を後にした。
■
「ふっ、ははははっ!高校生が小学三年にそう言い放つとはな!」
「…………かなり、特殊な親戚ですよね」
「それは、どうだろうな。事実は小説よりも奇なり、という言葉があるだろう?世の中には、表に出ていないだけで、それよりも濃い連中は沢山いるさ。……そんな連中の親戚にならないといけない奴もな」
アタマが黙ったままでいると、許袁呂は「まっ、特殊……そうとうキテいる奴だということは否定しないさ」と笑顔のまま言った。
「なんというか、討論であったなら、まだ理解はできるんです。でも、大学受験を控えているような人が、十歳未満の子供に、しかも一方的にだったんです。……別に、勉強の邪魔をしたって訳でもないのに」
確かに、本当の『星』ではなかった。
綿と布で作られた、今思い出すと粗が目立つ代物だ。
結果が重視されるというのも、理解できる。
だが、あの時の親戚のお兄さんが正しかったとは、今でも思えない。
「後から知った話なんですけど、当時、お兄さんは『表六』さんというロべチューバ―にハマっていて、その人が紹介していた本ばかり読み漁っていて……」
「あー、あるな。何十年も前、まだ、この辺り一帯が田畑だった時代にも、そういうのは流行ったもんだ。少し違うかもしれんが『正論パンチ』というやつさ」
許袁呂は目を伏せると「よく俺の祠に来ていた奴も、それが原因で命を絶った」と悲しげな声で呟いた。
教育熱心が過ぎる両親に、日々神経をすり減らしていた男子高校生。
唯一の趣味は、植木鉢で花を育てることだった。
「趣味というか、心の逃げ所だな。……俺は心を読むなんてできんから、何を考えていたかまでは知らん。だが、間違いなく逃げ所だった」
しかしある時、友人に「お前、周りから『シスターボーイ』って呼ばれているんだぞ」「花なんて受験に必要ないだろ?時間の無駄だ」と言われた。
「……しすたーぼーい?」
「ああ、分かりやすく言うと『女性的な男性』だな。別に悪い意味ではないんだが、言い方や捉え方によっては、悪い方に転じてしまう」
「そ、れは、……よくあることですね」
「はははっ、その若さで悟ったような言い方をするなよ」
許袁呂はひとしきり笑った後、話を続けた。
友人が放った言葉、それは正論であり、彼の身を案じていた言葉だった。
だが両親から「もっと頑張れ」「○○大学に入らないと許さない」と言われ続け、それでも『いい子』であろうとした少年の心はポキリと折れた。
「自分の部屋で首を吊って、それきりだ」
許袁呂の話を聞き終え、アタマは膝の上で拳を作る。
言葉が悪かったのかもしれないけど、友人は友達の身を案じただけ。
花に気を取られて、勉強や周りの目に疎かになっては不味いから。
でも、私の場合は?
あれは、私や妹さんを気遣って出た言葉だったの?
そんなわけない!
ただただ憂さを晴らしたかっただけだ!
そして、今度あいつが遊びに来る理由は、……なんとなく、久しぶりに。
そう、星を嗤ったことなど、すっかり忘れている。
(会って話を持ち出したら、きっと「しつこい」って言うんだろうな)
容易に想像できてしまう事実に、アタマは奥歯を噛みしめた。




