警告音・上
「あれ、貴方は確か……」
許袁呂の所へ行こうと玄関を開けたアタマは、驚きに目を瞬かせた。
家の前に、後祭町で出会った少年が立っていたからだ。
祭りのときにいた三人はおらず、彼一人のようだった。
弁柄色のパーカーに、黒のズボンが良く似合っていた。
相も変わらずの中性的な顔立ちに、アタマの頭は混乱する。
「……すみません。突然お邪魔してしまって」
アタマの混乱をよそに、少年は背筋を正して頭を下げた。
「い、いえ、それはいいんですけど……」
なぜ住所を知っているのだろう、とアタマは心中で首を傾げる。
(ええー、これってもしかして、ネットのどこかに住所が載せられてる感じ?それを見てここまで来たとか?だとしたら嫌だなぁ……)
ただでさえ、小・中学生時代の写真が上げられているのだ。
住所など、簡単に特定できるだろう。
(けど、特定するのと、それをネットに晒すのは違うわけで……)
ニヤニヤと嗤う『誰か』を思い浮かべ、アタマは不快感に眉を顰めた。
「ああ、ご心配なく。メイさん……えっと、祭りの日に一緒にいたおかっぱ頭の女の子に、貴方の居場所を占ってもらって、ここに辿り着いたのです」
「……それ、『ネットで知ったわけじゃないから安心して』って言ってます?」
「はい」
「それはそれで、なんか不気味で怖いですよ!」
ぞわり、と悪寒が体中を駆け巡り、アタマは思わず二の腕を擦る。
「ま、まあ、立ち話もなんですので、ひと先ず家に……っと言いたいところではありますが、今日はお父さんの友達が来る予定なので、シャインモールにでも行きましょうか。この近くにある喫茶店とかは、まだ入りづらいので」
ネットで騒がれたとはいえ、アタマは『加害者』ではない。
だから、好奇の目で見られても、攻撃されたことはない。
(まっ、ネットに顔を載せられた時点で、『攻撃』はされたけど。でも、世間の殆どは『別の話題』に行って、思い出すこともない。当事者たちを除いて……)
周囲の反応が薄まったと言っても、アタマの顔を見て「あっ」となる者はいる。
特に、駅や学校周辺など、生活圏の中は顕著だ。
だが、シャインモールまで行けば、誰もアタマを気にしない。
それ故に、以前は苦手だった騒がしさに、今は落ち着きを見出している。
(……ふむ。私よりも年下で華奢だけど、男の子であることに変わりはない。もしもの時の為に、くーちゃんを連れて行った方がいいよね)
目の前の少年に、暴力や性的嫌がらせの影を見ている訳ではなかったが、祭りの日の許袁呂を好ましく思っていない様子を思い出したからだ。
許袁呂とアタマを引き離すために、力づくで大量の札が張られた屋敷にでも連れて行かれては堪らない。その思いを胸に、アタマはくーを見上げる。
「えっと、この子のこと、見えてますか?」
少年はくーを見上げると、「はい」と頷いた。
「貴方のことを疑うわけじゃ……申し訳ないですけど、疑いまくっていますので、くーちゃんも一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか」
正直にそう話すと、少年は再度「はい」と頷いた。
心なしか、笑いを堪えているように見える。
「じゃあ、くーちゃん、許袁呂さんに今日は行けなくなりましたって伝えてきて。その後、直ぐに戻って来て」
くーは、アタマの言葉にコクリと頷くと、空へ舞い上がった。
その姿を見届けた後、アタマは少年と歩き出す。
「……あっ、まだ名乗っていませんでしたね。『蛇白テル』と申します」
「えと、改めまして、『花畑アタマ』です」
姿勢を正し、互いにお辞儀をし合う。
テルは目を細めると、「少し、意外でした」と言った。
「許袁呂様が住まう場所に、連れて行かれるかもしれないと思っていたのに」
「それも考えたんですけど、空気がメチャクチャ重くなりそうだと思って」
アタマの脳裏に、祭りの日のピリピリとした空気が蘇る。
ああいった空気は、いつまで経っても慣れないのだ。
■
「そういや、テル君学校は?……って、今は連休か。なんか、学校を中退してから、曜日の感覚がおかしくなってきた気がするなぁ」
電車に揺られながら、アタマは頬を掻く。
テルは、どう答えて良いのか分からないようで、曖昧に頷くだけだ。
「ずっと疑問に思っていたんだけど、どうして覚えているの?確かあの時、許袁呂さんが貴方の記憶を消したはずじゃ……」
「私の霊感の強さと、あの神社に住んでいる妖怪さんの力の所為です。暫くは記憶が抜け落ちていましたが、徐々に取り戻しました。あと、許袁呂様が本気じゃなかったというのも大きいです。……本当は、もう少し早く訪ねたかったのですが」
「まあ、来るに来れなくなっちゃうよねぇ」
穏やかな日常の有難さを、アタマは身にしみて感じた。
(というか、一人称が『私』の男の子に会うのって、初めてかもしれない。大人の人だったら、たまに見かけるけど。中高生だと、漫画や小説でしか見たことがない。こう言っちゃなんだけど、ちょっと感動)
心の中でそんなことを考えながら、アタマは「なんでテル君は一人で来たの?あんなことがあったんだから、誰か一緒に来そうなものだけど」と尋ねた。
「『一緒に来る』ではなく、止められると思いまして……」
「まさか、あの人たちには黙って来たの?」
「はい。……とはいえ、速攻でバレるでしょうが」
計ったかのように、テルのスマホが振動した。
テルはスマホを覗き込み、「……あちゃ」と顔を曇らせる。
聞かずとも、テルの『保護者』たちが怒っていることが分かった。
「……えっと、今日はやめておく?その、『保護者』の方々も交えて話をするってことでも全然いいよ。無意味に不安にさせるのは、ちょっとね」
アタマの脳裏に、病院から帰った直後の父と母の顔が浮かぶ。
突如、押し寄せてきた心労で、一気に老け込んだような気がした。
(だいぶ、いつもに戻りつつはあるけど、それでも、急に抱きしめて来たりするときはまだあるし……)
なんの前触れもなく、本当に急に抱きしめてくる。
そして、無言のまま背や頭を撫で続けるのだ。
(テル君たちの関係性は分からないけど、あんな風に心配させるのは本意ではないし、なにより、私の気が休まらない)
だから、後日改めて。
再度、アタマはそう言ったのだが、テルは無言で首を横に振った。
「心配をかけたことへの謝罪と、『大丈夫です』という連絡を入れました。……夕方、十八時頃にシャインモールまで迎えに来てくれるそうです」
「そっか。だったら、私とはそれよりも早く別れた方がいいよね。私も、直接お会いするのは、なんだか気まずいし」
「……すみません。何の連絡も入れずに、いきなり押しかけたのは私の方なのに、色々と気を遣っていただいて」
「ま、まあ、いきなり突撃されたのは驚いたけど、ちょっとワクワクしているんだ。最近、気分が沈むことばかりだったから、言ってしまえばリフレッシュ」
アタマの言葉に、テルはほっと胸を撫で下ろす。
本音を言うと、今日、話をしておきたかったのだろう。
「テル君にとっては、貴重な連休だったんじゃないの?」
「……私も、小旅行気分を味わっています」
「あはは、それなら良かった」
久方ぶりに、アタマは穏やかな笑みを浮かべることができた。




