軋む音
「『罪悪ダンジョン』を作りたいとは思ったものの、この小説みたいに、簡単にはいかないわよね……」
ベッドに寝転がりながら、アタマは『罪悪ダンジョン』の小説を読んでいた。
一年前に、表紙に惹かれて購入したものだ。
突如、日本のとある山に出現したダンジョン。
入り口付近で採取できる鉱物には、不思議な力が宿っていた。
長く身につけていると、物を浮遊させたり、火をつけたり、水や風を操ったりできる『異能』とでもいうべきものが、持ち主にが宿るのだ。
そして、奥にある鉱物ほど、得られる力は強くなる。
入り口付近の鉱物では、僅かな力しか得られない。
物を浮かせると言っても、数センチが限界。
火は線香花火の火花程度、水は数滴、風はそよ風が限界だ。
だからこそ、政府は、ダンジョン奥にある鉱物を欲した。
だが、中は入り組んでおり、一歩進む度に自身の罪悪感が増してゆく。
それは、『子供の頃、セミやカマキリといった虫たちを虫かごの中に詰め込んで喧嘩をさせた』『友達がいじめられているのを、見て見ぬふりをした』『散歩を面倒臭がり、飼っていた犬をずっと繋いだままにしてしまった』など様々だ。
他人が聞いたら『そんなこと気にしてんのかよ』と思ってしまうことでも、本人にとっては、心にこびりついて離れない罪悪感。
普段は忘れているそれらが、『罪悪ダンジョン』に入った途端、火でもつけられたかのように燃え上がる。
殆どの者が、三十メートル前後で脱落してしまう。
頭を抱え、「ごめんなさい」とその場に蹲るのだ。
いかに心身を鍛え上げられた兵士であろうと、逃げるすべはない。
『自分、罪悪感とかない人間なんでww』と言う者もだ。
後者は、ただ、自身の心に気づいていないだけ。
『素質』のある者でも、百メートルほど進めればいい方だ。
手に入る鉱物の力は、まだ『弱い』。
だが、技術の粋を集めて作った機械は、五十メートル進んで壊れてしまった。
どれだけ『我こそは』と名乗りを上げる者たちを募っても、結果は同じ。
そんな中、『罪悪感ゼロ』と診断された主人公が現れた。
性格に難がある訳ではなく、極々普通の社会人だ。
だが、健康診断ついでに行われた『罪悪テスト』でゼロを叩き出してしまった。
『いや、結構、過去のことを悔いるタイプではあるんだけどな。それとも、そういったのと罪悪感はまた違うのか?』
釈然としない気持ちを抱えながら、主人公は、同じく『罪悪感ゼロ』と診断されたヒロインとともに、『罪悪ダンジョン』へと足を踏み入れる――。
「……うーん、お話の中だから、さくさくと話が進むんだろうけど、実際に、政府が動くような感じにしちゃうと、色々と面倒なことになるよね」
ぱらぱらとページをめくり、アタマは唇を尖らせた。
一番初めに思い浮かんだのは、近隣住民の反対運動だ。
どの国にも、『反省なんてしてますぇ~ん』『もっと殺しておけば良かったなぁ』『傑作だったわ。みっともなく泣き喚いて』と宣う者たちはいる。
遺族が望むのは、きっと『反省』や『後悔』だろう。
それが、ダンジョンに放り込んで、罪悪感が芽生えてくれるなら――。
「……絶対、世界の色んな場所から、そういった人たちが連れて来られる。でも、ダンジョンの周りに住んでいる人たちからすれば、怖い以外の何者でもない」
ダンジョンに放り込まれる前に、逃亡される恐れもある。
直ぐに捕まったらいいが、そうでなかったら……。
加えて、今は簡単に『過去』を調べられる時代だ。
そして、『悲しい過去』があると、多くの人は少なからず同情してしまう。
「それこそ、美男美女は庇う人が出てきそう。そういう人たちって、ファンクラブがあったり信者めいた人もいそうだし……」
『あの人は、好きでああいう性格になったわけじゃない。それなのに、過去を考慮せずにダンジョンに放り込むだなんて、人権侵害だ』
「……出てきちゃうよね、きっと。それも、一人や二人じゃなくて、何万人も。そうなると、ダンジョン前とかで暴動が起こりそうだし」
アタマは、家族でとある県に旅行に行った際に目撃した行進を思い出す。
同じようなことが、ダンジョンを作れば起こってしまうだろう。
加えて『明日は我が身』と思っている者たちが、どう出るか分からない。
それなりの力を持っていれば、山を爆破にかかるだろう。
鉱物は惜しいが、それ以上に罪悪感を増幅させられる方がマズい。
それに、入口付近の鉱物に使い道がない訳でもない。
「つせらきっあとか放り込んだら、どうなるんだろう。あと、親戚の正論パンチお兄さん。頭を抱えて、謝り散らすのかな」
(そういや、別れたんだっけ……)
お兄さんの妹から聞いた話を思い出し、アタマは苦笑する。
きっかけは、ほんの些細なことだった。
そして、お兄さんの性格と言動が原因だった。
天守閣を持つ城と、昔ながらの町並みが有名な場所に二人して旅行に行った際、城の前に置かれた説明板を見て、お兄さんの彼女は言った。
『ここに書かれている武将の奥さんである○○さんには、とある合戦で△△したって話が残っているらしいんだけど――』
『は?それは後世の創作だろ?お前、そんなことも知らねぇの?』
見下すような目とともに、お兄さんは彼女を鼻で嗤った。
彼女は『でも、これって後の世の創作みたいだね。でも、当時の武家の女の人の役割がよく分かる創作だよね』と続けたかったのだ。
だが、鼻で嗤われてしまった今、続けても言い訳にしかならない。
そして、旅行から帰ってきた後も、何度もそれを蒸し返された。
『私が、これは後世の創作みたいなんだけど、って前置きして話さなかったのは悪いと思う。でも、話を最後まで聞かないあっちだって悪いでしょ。……私は、あの人の話を遮ったことなんて、一度もなかったのに』
なんだかんだ性格の合った彼女と妹。
電話越しの彼女の声は、疲れ切っていた。
妹は思った『ああ、これ一つじゃないのだ』と。
機嫌が良いときでも、兄は無意識に嫌味を言うのだ。
機嫌が悪いときは、怒りを孕んだ声とともに嫌味を言うのだろう。
自然と『逃げてください』という言葉が出ていた。
『よく、結婚したら本性が出る、なんて話を聞くけど、結婚する前から片鱗が見えているなら、逃げるが勝ちでしょ?モラハラ正論パンチ兄貴に付き従う必要はないです。……結婚した後、ずっとそれが続くんですよ?』
妹は、脅しにも似た口調で彼女にそう言った。
そして、水面下で別れる決意は固まった――。
(まっ、お兄さんの性格を思うと『俺は悪くない』『それなら、ハッキリと抗議するべきだ』って言うんだろうな。だって『暴』の怖さを知らないんだもん。知ったところで『大人しくされるがままになる方が悪い』って言いそうだけど……)
「……『罪悪ダンジョン』にぶち込むべき存在って、こういう人よね。この間の有閑マダム(仮)さんだって、『なんで私がこんな目に』って思いながら息をしてそうだし。それか、この小説みたいにした方がいいのかな」
アタマは、本棚から取り出した小説の、ある建物に集められ、デスゲームをする羽目になった男女が『お前の罪を告白しろ。そしたら帰してやる』とゲームマスター的存在に言われるページを見る。
「……いや、実際にこれをやったら、みんな無自覚なもんだから、永遠に終わらないか。小説に出てくる人たちは、物語の都合で思い出したり、最終的に自分の罪に思い至ったりするけど、現実は……」
大きく溜息を吐き、アタマは小説を閉じた。




