↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/38

弱々しい音

 「痴漢であれDVであれ、被害者に冷たいときってありませんか?『声出せばいいだけ』『優しいときもあるって都合よく解釈しているから、自業自得』って」


 目の前に転がる男を見下ろしながら、アタマは許袁呂(こをろ)に言った。

 父と同い年くらいの、ぽちゃりとした見た目の男だ。


 (でも、なんでだろう。許袁呂さんのようにときめかない。……たぶん、どんよりとした目のせいだと思うけど)


 「中には、『そりゃあ、殴る方が悪いに決まっているけど』って前置きをする人もいますけど、正直、言えたらなんでもいいんだろうなって感じます」


 だが、自身の苛立ちを抑えられずに相手を殴るような者に突っかかると、自身の身が危ない。加えて、そういう人間は、あまり動じない。


 しかし、心がズタボロになっていれば話は別だ。傷口に塩を塗るように、嫌な言葉を並べ立てれば、直ぐに絶望顔を見せてくれる。


 そ(・)う(・)い(・)っ(・)た(・)顔(・)を見たいだけならば、相手が被害者であろうがどうでもいい。辛そうに、顔を歪めてくれれば――。


 「嫌な話ですよ。『自分の好き勝手に解釈して、反抗しない相手が悪い』って考える人が出てきそうで。……まっ、あくまで自論ですけどね」


 『称賛を求める承認欲求モンスター、怖すぎww』

 目の前の男が書き込んだコメントを、アタマは頭の中で反芻(はんすう)する。


 「あの、貴方がここに来てから、かれこれ十五分は経過した訳ですが、どうして何もしないんですか?もしかして、頭の中が真っ白で、何も考えられないとかですか?……私がクラスメイトの手を掴むまでの時間は、一分もなかったんですよ?『称賛を浴びたい』なんてこと、考える時間もなかった」


 「うっ、うるさいっ!そんなことを言うためだけに、俺を、変な力使って呼び出したのかよ?あ、あれくらいのコメントで、いちいちキレてんじゃねぇっ!」


 (ああ、いっそ清々しいな。……性格はあれだけど、穏やかな声質をしているんだから、それをフルに使えばいいのに。勿体ない)


 アタマは心中で溜息を吐くと、男の傍にしゃがみ込んだ。

 ぱちん、と許袁呂が指を鳴らし、二人の前に鏡を出現させる。


 「私のコメントだけだったら、ムカつきはするけど見逃していました。……けど、貴方、お母さんとお父さんを殴ろうとしていましたよね?」


 鏡の中には、沼に連れて来られる前の映像が映し出されている。

 男が母親を蹴り飛ばし、止めようとした父親に殴りかかっていた。


 「今頃、我が子が消えてどう思っているんでしょうね?心配?安堵?」

 ぺっとアタマに唾を吐き「んなこと、お前には関係ないだろ」と目を逸らす。

 

 口調のわりに、声はひどく弱々しい。

 アタマはハンカチで唾を拭うと、男が中学生だった頃の映像を見せる。


 「『誰でもよかった』と言いながら、とある公園で、自分よりも弱い存在ばかりを、何人もナイフで切りつけたことがありますよね?そんな過去をお持ちなのに、今は『法律は甘すぎる。子供だろうが関係ない。罪を償え。逃げ得を許すな』って書き込んでいますよね?自分は、その法に守られておきながら」


 「うるさい。うるさい!うるさい!!うるさいっ!!!」

 男の声は、全て花となって消えた。


 (情けない話だけど、やっぱり怒鳴り声は怖いのよね。体が竦む)

 アタマに向かい石を投げようとした男の腕を、くーが押さえる。


 「痛っ!!……っくしょう、貰いものの力でイキりやがってっ!!なんで、お前みたいなくそ女に、俺が説教されないといけねぇんだよ!?」


 「はあ、書き込んだコメント、もう忘れちゃった?」

 男は顔を赤に染め上げると、「うっせぇんだよ、メ〇ガキがっ!」と叫ぶ。


 しかし、アタマが包丁を構えると、「パパ!ママ!」と泣き始めた。

 アタマは「ババアとジジイだったくせに」と冷めた目で男を見下ろす。


 「お、俺だってなぁ、アイツらから勉強だ塾だって言われて育って、ストレス溜まってたんだよ!俺だって被害者だ!発散して何が悪いんだっ!!」


 (うーん、その『度合』を見ることは簡単にできるけど、悲しい過去があるからと言って、何しても許される訳じゃないしなぁ)


 ナイフで切りつけられた者の中には、今もトラウマを抱えて生活している者が多くいる。中には、顔に傷を負ったり、腕を上手く動かせなくなった者も。


 (でも、その人たちは『自分は被害者だ!だから、何をしてもいい!!』な精神で毎日を送ってはいないのよね……)


 「許袁呂さんとくーちゃんを見たから分かると思いますけど、あの世はあります。そして、天国と地獄もあります。どちらに行くかなんて、言わなくても分かりますよね?貴方が行くのは地獄です」


 アタマの言葉に、男はがたがたと震えだす。

 同情が湧かないわけではなかったが、アタマは続けた。


 「そして、ナイフで切りつけた人たちの人生を追体験させられます。おぎゃあと生まれて、酸いも甘いも経験して、ほかならぬ自分の手によって、絶望の淵に叩き落とされるんです。……事件から何年も月日が経って、事情を知らない人からはあ(・)れ(・)な目で見られ、温かい布団の中で、悪夢に苛まれるんです。そして、最後の最後に『○○さんの気持ちが分かったか?』と耳元で囁かれるんです」


 地獄の業火で燃やされるよりも、針の山に登らされるよりも、こちらの方がいいとアタマは思う。痛み一色に染まり、何も考えられなくなるよりは、と。


 勿論、これらは全てアタマが作り上げた嘘だ。

 だが、男には効果てきめんだったようで、青い顔が更に青くなる。


 (ああ、『目には目をなんて生ぬるい!それプラス何かが必要だ!!』って、ネットではあんなに声高に叫んでいたのに。結局は、『自分に手が届くことはない』『罰を受けることなんてない』っていう余裕がそうさせていたに過ぎないんだ)


 「い、嫌だ、嫌だ……っ!」

 暴れ出した男に、アタマは「どうしてですか?」と問う。


 「うるさいっ!!」

 「自分勝手」


 (……あれ?怒鳴り声を聞いても、体が強張っていない?)

 疑問符を浮かべながら、アタマは包丁を振り下ろした。


 ■

 

 「この方を、許袁呂さんに捧げます。……ふう、鉛丹(えんたん)さんのような横槍が入らなかった分、今日は早く終わりましたね」


 「ああ、また強くなった。礼を言う」

 許袁呂の穏やかな笑みを受け、アタマは複雑そうな顔をする。

 

 (自分勝手……か。私も、人のことは言えないよね。貰いものの力でイキっているのも事実だし。裁く権利も持っていない。許袁呂さんの『贄』の為と言い訳しているけど、結局は、私に付与された力が手放し難いってだけ)


 アタマは包丁を握り締め、「でも……」と呟く。

 こうしなければ、彼らは何の罰も受けることなく一生を終えていた。


 いや、止めなければ、更に被害者は増えていたに違いない。

 それでも殺さない(止めない)というのは、正しいことなのだろうか?


 考え込むアタマをよそに、くーは空へと舞い上がる。

 そして、男の両親の所へ飛んでいった。


 両親の記憶は書き換えられ、『息子は、口論の末に家を飛び出して、どこかに行ってしまった』という事になるだろう。


 (あのおばさん(有閑マダム(仮))と浮気相手にも、旦那さんに逆ギレして、暴力沙汰に発展することがないように、暗示をかけてもらった。……完璧に正しいとは言わないけど、間違っているとも思わない。何もしない方が、悲惨なことになっていた)


 「……やっぱり、『罪悪ダンジョン』のような存在が必要よ」

 先程放たれた言葉を振り払うように、アタマは何度も頭(かぶり)を振った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。