音を刈り取る
『もっと親の気持ちを考えろよ、偽善者』
『下手したら、死体が二つになっていたかもしれないのに……』
無事でよかった、という文字の中に混じった言葉。
初めは少なかったそれは、日を追うごとに増えていった。
考えろ、考えろ、もっと、もっと、もっと、もっと――。
中には、『助けるにしたって、もっと他に方法が』という言葉も。
(はあ、手を掴んでから十秒足らずの間で、何ができるって言うんだろう?それとも、書き込んでいる人たちは、周りの人よりも十倍速で動けるのかな)
『まあ、助けた生徒だって、こう言われるって分かってるでしょ?』
『そうだよ。自業自得!』
……擁護する言葉の力は弱く、直ぐに波に攫われてゆく。
アタマは小声で、「むかつく」と呟き眉を顰めた。
「開示請求をして謝罪されたって、『開示請求を要求されたから、仕方なく謝る』にしかならないんだろうなぁ。場合によっては逆ギレだ」
淀んだ眼で、アタマはパソコンを操作する。
目に飛び込んでくるのは、城跡の安全面に対する非難だ。
「……隅々にまで、お金を回せはしないんだろうけどね」
情け容赦のない言葉の列を見て、アタマは溜息を吐く。
『別の場所』では、ガイドに対する非難が集まっていた。
主に、生徒に放った言葉とその顛末についてだ。
『ガイドさん、息してる?ざまぁwww』
『なんでそんなこと言っちゃうかなぁ。頭使えよ』
『てか、少なくとも、二人は誰か、何かのために命を捨てられることが分かったわけじゃん?マウント取るつもりが、証明されちゃったねぇ~』
「あーあ、結局はこうなっちゃったかぁ……」
アタマの脳裏に、許袁呂から見せてもらった鏡の映像が蘇る。
■
「まあ、前日に『今の世代の本性、全部言うわっ!』『今の世代、○○です』って動画をロべチューブで見て、自分はどれにも当てはまっていなくてムカついてた、っていうのはある」
「ああ、『これが今の世代の全てだ』みたいなこと言っといて、『皆が皆、そうじゃない』って言葉を、要所要所に挟んでいて事にもイラついてた。そこに、あのガイドの言葉がきたから、……なんか、もういいや、ってなったんだよ」
「それに、あのまま解散していたら、アイツは悦に浸ったままだった。ロべチューブのサムネとタイトルだけ見て、知ったかぶりするような奴に、なんでこっちがここまで嫌な思いをしなきゃなんないの!?一矢報いたいって思うのは、そんなに変な事?別に、誰かと喋ったりして、騒いでいたわけでもないのに」
「本音を言わせてもらうと『やってやったぞ、ざまぁみろっ!!』としか思えない。……そ、そりゃあ、花畑さんには悪いことしたけど。でも、じゃあどうすれば良かったの?真面目に出席して、文句も何も言わず山登りして、真面目に話を聞いて、かけられる言葉がアレなんて、そんなバカな話があるかよ!」
■
鏡の中で、生徒は親にそう叫んでいた。
アタマは虚しい気持ちのまま、またパソコンを操作する。
『まっ、これぐらいの年齢の子って、良くも悪くも勢いがあるじゃん?ぷつん、と来ちゃったんだろうな。これで死んでたら、馬鹿みたいだったけど』
『それな。こんなゴミガイドのせいで死んだなんて、自分が親だったら恥ずかしくて、それだけで死にそう』
『……この生徒が言ってるロべチューバー、名前公表したらいいのに。生徒が死を考えることに、一石を投じた奴らなんだから』
『いや、死ぬ云々はこいつの勝手だろ?それに、信者に住所特定されたりしたら、せっかく助かった命が無駄になるし……』
「……ふう、仮に名前を言っていたりしても、ピー音で隠されそうだけどな。だって、『つせらきっあ』とかだったら、かなり発言力があるし、良くも悪くも目立つから、ネットの世界に必要不可欠な存在だろうし、『民草』の一人と天秤にかけたら、切り捨てられるのは……」
実際、すでに『つせらきっあに心を壊されたので死にます』と首を吊った者はいるのではなかろうか、とアタマは思っていた。
毒舌と辛口を売りにする、頭の切れるロべチューバ―だ。
救われる者もいれば、追い詰められる者もいるだろう。
周囲に影響力を及ぼす『強者』の言葉に、『弱者』は屈するしかない。
だが、屈した者も人間だ。
最期に一矢報いたいと、遺書の一つ残していても不思議ではない。
だが、つせらきっあの『強さ』が、それらをもみ消すほどであったなら――。
「……って、これは流石に失礼か。あまりにも妄想が過ぎる」
自身の思考回路に苦笑いを浮かべ、アタマはパソコンを閉じた。
■
「許袁呂さん、私、学校を退学することになりそうです」
「なぜだ?」
沼に来て、開口一番そう言ったアタマに、許袁呂は目を瞬かせた。
「……その、また学校に通い始めたのは良いんですけど、すごくクラスに居辛くて。先生も気を病んで入院しちゃったし、代理の人は腫れ物に触るみたいな扱いをしてくるし」
死者が出なかったことに一役買った生徒。
どうしても『恩』が生じてしまう。
「なんというかこう、『普通に接さなければならない』っていう空気が透けて見えているんです。それに、助けた子も退学するみたいで……」
「……なるほど。助けたのに災難だな」
「助けたから、でしょうか」
「だが、お前が手を掴まなければ、間違いなくアイツは死んでいた」
「許袁呂さんとくーちゃんのお陰です」
「しかし、手を掴んだのがお前じゃなかったら、くーは動かなかった」
アタマの胸内に、『理不尽』という言葉が降り積もる。
自分はただ、助けただけだ。
それなのに、見ているだけだった者たちは何も言われず、自分だけ……。
(ううん。少数ではあるけど、他の子たちを非難しているコメントもあった。けど、名前は書かれていない。私は書き込まれたのに……っ!)
アタマとて、別に、自分以外の誰かを非難してほしいわけではない。
だが、『なぜ』と思ってしまうのだ。
(助けたのに、『損』をした。……けど、あそこで飛び出さなかったら、胸のモヤモヤを引きずりながら生きて行かないといけなかった)
「はあ、余計なことをしてくれたなぁ。気持ちが分からないわけじゃないけど」
諦めにも似た表情を浮かべ、アタマは「ふふっ」と笑う。
許袁呂は、暫くの間黙り込んでいたが、急に二ヤリと口角を上げた。
丸みを帯びた頬が歪む様子に、アタマの胸はドキッと鳴った。
「鏡の力を使えば、ネットでお前を攻撃してきた奴が、今どこにいるか掴めるぞ?……そのうちの何人かは、俺の『贄』となれる範囲にいる」
「では、その人の家族構成とか普段の生活はどうかを教えてください。その『濃度』と『どうしようもなさ』と『コメントの内容』で決めたいと思います。……あっちが通り魔みたいに刺して逃げてゆくなら、私だってそうします」
きっと今頃は、もう私に向けた『正義』のことなんて、すっかり忘れているだろう、とアタマは思った。
(命を取られることはないと分かっているから、書き込めるんだよね)
アタマは「私怨まみれの『贄』になってしまいますね」と肩をすくめる。
「私怨があろうがなかろうが、俺に支障はない。……相手が悪かっただけだ」
許袁呂は鼻を鳴らすと、宙に鏡を出現させた。




