音が頭上から降り注ぐ
頭上から、大量の半透明の花が生まれては消えてゆく。
アタマはそれを見て、結婚式のフラワーシャワーみたいだな、と思った。
彼女の目の前には、同じクラスの生徒が倒れている。
死んでいる訳ではなく、気を失っているだけだ。
「くーちゃん、どうもありがとう」
アタマに笑いかけられたくーは、複雑そうな顔とともに頭の上に乗った。
(はあ、死ぬかと思った……)
こちらに駆け寄って来る教師たちを見つめ、アタマは先程の光景を思い出す。
■
青く澄み切った空の下。アタマたちは校外学習の一環で、学校からバスで一時間ほどの場所にある城跡に来ていた。
とはいえ、天守閣やそれらしい何かがある訳じゃない。
木々に埋もれそうな石垣の一部と石碑と説明板があるだけだ。
(仕方がないことなんだろうけど、山の上にあるから疲れたなぁ。結構な崖がある割には、手すりとか低いし、なによりボロボロ……)
地元のボランティアガイドの人たちの説明を聞きながら、アタマは「説明板と石碑は新しい感じだけど、色々と苦しいんだろうな」と思った。
ガイド曰く、城主は『沫夢 泡幻』という武将で、智将として名を馳せたが、家臣の裏切りに遭い、この城で果てたのだそうだ。
(まったくもって知らないなぁ。歴史の教科書にも小説にも出てこない人だし。その家臣との仲がどうだったか分からないけど、無念だっただろうな)
アタマは、半ば聞き流すように話を聞いていた。ぼんやりとしているうちに、ガイドの話は、裏切った家臣によって、泡幻が城を攻められた場面に入った。
「――とまあ、こんな感じでね、元家臣の○○率いる軍勢が、黄泉峠って場所で沫夢軍の一部を破って、三日後にこの城を包囲したんですよ。沫夢のほうもね、一生懸命対抗したんだけど、結局は力及ばずで。ああ、男の人だけじゃなくて、女の人も戦ったんですよ。それに、君らくらいの年齢の子たちもね。まあ、昔はもう大人だったわけだけど、刀や槍を手に取って、みんな命がけで戦ったわけ……」
今の子、そんなんできんでしょ?
最期のガイドの言葉に、周囲に嫌な気が満ちてゆくのが分かった。
他のガイドたちも、「うわぁ」と互いに顔を見合わせている。
だが、リーダー格のガイドなのだろう。それに、出た言葉は取り消せない。
加えて、当の本人がそれほど気にしている様子はない。
アタマは心中で、「ズルい言い方だな」と鼻を鳴らしていた。
確かにガイドの言う通り、命がけの戦どころか、喧嘩だってしたことがない。
だが、命をかけられるかどうかはまた別問題だ。しかし、今ここで「そんなことない」と言っても、「口ではいくらでも言える」と嗤われてしまうのがオチだ。
運よく(?)包丁や銃を持った人が現れて、それからガイドを命がけで守りでもしたら、多少なりと改めるのだろうが、そんなことが起こる筈もなく。
(……このガイドさん、どれだけ若く見積もっても五十は超えているよね。そう考えると、こういった物言いになっちゃうのは、仕方がないのかな)
正直、命がけの戦をした事がないのはそっちもだろ、とアタマは思う。
だが、『苦労マウント』を持ち出されると、軍配はあちらに上がってしまう。
『確かに、命がけの戦はしたことがないけど、こっちが君たちぐらいの年齢の頃は、今みたいにスマホもなければAIの恩恵もなくて――』
そう言われて、結局嫌な思いをするのはこちらだ。
諦めにも似た感情を抱きながら、アタマはガイドを見つめる。
(ストレス溜まってんだろうな。時代の価値観もあるだろうし。それで、つい言葉に出ちゃったんだきっと。……あれかな、ハラスメントに塗れた時代を耐え抜いて、ようやく自分たちの番が回ってきたと思ったら、今は○○保護法とかが幅を利かせているから、その世代が憎くて羨ましいんだろうな)
アタマの脳裏に、この間起こった幼稚園の虐待ニュースがよぎる。
五十代の先生が、園児を躾と称して押し入れに入れた事件。
『……今でこそ騒がれるけど、お母さんが子供の頃はこれが当たり前だったからねぇ。ああ、だからと言ってダメなことに変わりはないけど、どれだけ説明されようと、染みついちゃった感覚や価値観からは逃げられないのよ』
テレビとスマホを交互に見つめながら、アタマの母はそう言った。
アタマも、『分かる気がする』と煎餅片手に耳を傾けていた。
(あれと何も変わらない。私たちに出来る事は、『お気の毒に』と思いながらこの時間が過ぎるのを待つだけだ。幸い、書き込んでるっぽい子もいないし)
発言に物申したくないわけではないが、それだけで世間から袋叩きにあってしまうのも、また違うような気がした。
(こういう時は、くーちゃんをONにするのが吉だ)
アタマはそっと、くーの頭を撫でた。
その時、アタマから少し離れた所に座っていた生徒が、すっと立ち上がった。
ガイドが「おっ、やるか?」とでも言いたそうな笑みを浮かべる。
だが、その笑みはすぐに驚愕へと変わった。
生徒が、ボロボロの柵に向かって走り出したからだ。
軽々と役目をはたしていない柵を乗り越え、ガイドを睨みつける。
軽蔑をこれでもかと孕んだ冷めた瞳だった。
「そんなに言うなら、命なんて捨ててやるよっ!!」
「待って!」
座っていた位置のお陰か、アタマはどうにか生徒の手を掴むことに成功した。
だが、手を掴んだときには、体の半分以上が宙に投げ出されていた。
ランニングや筋トレで多少筋肉がついたとはいえ、これはどうしようもない。
そのまま二人して、切り立った崖から地面へと落下してゆく。
瞬時に体を大きくさせたくーが、二人を背に乗せる。
そして、ゆっくりとアタマたちを地面に下ろし、元の大きさに戻った。
「……はぁ~~~」
アタマは地面に座り込んだまま、思い切り息を吐き出した。
生徒を見ると、気を失ってしまっていた。
その事実に安堵するとともに、アタマはホッと胸を撫で下ろす。
(漫画とかでよくある、木がクッションになってってことにしておこうかな。それとも、目を瞑っていたから分かりません、にしておこうかな)
無傷な自分たちを見て、アタマは心中で腕を組んだ。
だが、駆け寄ってきた教師たちにより、考えを中断せざるを得なくなった。
■
なんてことをしたの!
うちの子を助けてくれて、本当にありがとうございます!
アタマに何かあったら、父さんと母さんはなぁっ!!
死人が出なくて良かったよ。
病院で検査をした後、アタマは両親や生徒の親から様々な言葉をかけられた。
感謝や叱責、本当に様々だ。
「大きな声じゃ言えないけど、他人の子なんてどうでもいいの」
「ああ、その通りだ。もし、アタマが死んでいたらと思うと……」
家に帰ったアタマを抱きしめながら、父と母は何度もそう言った。
アタマも軽率だったと感じていたため、素直に謝罪した。
飛び降りた生徒の両親とは、周囲の目もあることに加え、父と母が電話で済ませたがったこともあり、三回ほどしか会っていない
担任教師やガイドの人たちも同様だ。
アタマもアタマで、高校を休学し家に籠っている状態だった。
別に、落ちたときの恐怖がトラウマになり、という話ではない。
原因は、飛び降りた生徒と周囲の目、そしてネットの言葉だ。
「……ふう、何人か許袁呂さんの『贄』にできないかな」
パソコンの画面を見つめながら、アタマはぼそりと呟いた。




