本音
許袁呂の呟きに、アタマは「え?」と目を瞬かせた。
先程までの雰囲気とは打って変わって、厳しい表情をしている。
「さっきの奴のように、俺の『正体』を見破る奴が、今後出てこないとも限らん。それに、悔しい話だが、俺より上の存在だと太刀打ちできん」
許袁呂は背後を振り返り、祭りの明かりに照らされた本殿を見た。
彼にはきっと、この地の神が見えているのだろう。
「あ、あんな濃い方々が他にもいらっしゃるんですか?」
「あっちからすれば、お前もかなり濃いぞ?」
「えっ、ま、まあ、確かに……」
隣にいるのは神様なのだと、アタマは今更ながらに思い出した。
「ふう。……まっ、さっきの奴らはいい。周りに吹聴することもなければ、お前の家に押し掛けてくることもないだろうよ。だが、そうじゃない奴もいる」
許袁呂のかけた術を跳ね返し、かつ性格があれな神と人。
その手の存在は気が合いやすいからな、と許袁呂は苦笑いを浮かべる。
「家に押し掛けてくるのは勿論のこと、力で従わせてくるかもしれん。下手したら、お天道様の下を歩けなくなるような罪をでっちあげられたりするかもな。それくらい朝飯前にやってのけることができる者もいる」
アタマは、自身が身を置いている場所の重さを再確認した。
だが、だからと言って許袁呂と離れるつもりはなかった。
(私が心穏やかに日常を送れるようになったのは、許袁呂さんのお陰。それに対するお礼も、まだ返せていない。……それに、捧げるべき『贄』はまだ大勢いる)
「えっと、上手くできるかは分かりませんが、今後はもっと上手く立ち回りますね!サングラスで顔を隠したりとか……」
「それだけじゃどうにもならないな。なんと言えばいいか、こう、オーラのようなもので分かってしまうんだ」
「ああ、そういうものなんですか……」
「そうだ。だが、そもそもの話、出会うだなんて滅多にないがな」
「そ、そうですか」
「ああ、だから、そんな不安そうな顔をする必要はない」
許袁呂は肩をすくめると、「さっ、祭りの続きだ」と歩き出す。
彼の隣に並んだアタマは、ふと思った。
(きっと『上の存在』って、筋トレとかをして解決できるような相手じゃないんだろうな。もっと、『上位存在的』な何かなんだろう……)
滅多にないとはいえ、ついさっきその『滅多』が起こったばかりだ。
宝くじには当たらないが、嫌な事は良く当たる。
(もし、『ヤバい神様と人間』が現れたら、許袁呂さんだけでも……)
アタマは胸元で拳を握り締め、ぐっと唇を噛んだ。
■
「なんてことを考えてた日から、もう一週間か……」
雨が窓ガラスを叩く光景を眺めながら、アタマはぽつりと呟いた。
ぼんやりとスマホを取り出し、親戚のお姉さんと子供の写真を見る。
嫌味こそ言われなかったが、結局嫌な思いをした、と感じていた。
「同居……ねぇ」
アタマの脳裏に、親戚のお姉さんの言葉が蘇る。
■
「『同居なんてしたくない』って言うと、嫁姑問題がぱっと頭に思い浮かぶ人が多いだろうけど、孫が愛されるためにもやめた方がいいって、私は思うの」
祭りから帰った夜、親戚のお姉さんはアタマにそう言った。
アタマの記憶にあるよりも、大人びた顔で。
「そりゃあ、人にもよるわよ。当然だけど。……でも、同居はやめた方がいい。お爺ちゃんお婆ちゃん関係なく、性格が『きつい人』なら尚の事」
ひとつ屋根の下で毎日を過ごすとなると、家族であっても『遠慮』は生まれる。
だが、半年に一度くらいとなると、そこまで遠慮しなくていい。
「『おじいちゃーん、おばあちゃーん』って駆け寄って来る孫の方が可愛いわよね。久しぶりだから『特別感』だって生まれるし。お爺ちゃんお婆ちゃんもいい顔をする。『お小遣いちょうだーい!』『おもちゃ買って』って高いものをねだるのも、にこにこ笑顔で頷いてしまう」
だが、『機嫌が悪いときの祖父母』を知っているとそうはいかない。
怒りの線に触れないように、と自然と距離を取ってしまう。
なにせ、こちらもまだ『子供』なのだ。子供心に、ビクビクしてしまう。
だが、祖父母からしたら『陰気な子』に映ってしまう場合がある。
「私の兄なんか、かなり悲惨だったわよ。……やっぱり、昔の価値観がどうしても出ちゃうじゃない?『男の癖に、いつもオドオドしていて気に障る。それに引き換え○○は――』って、直接本人に言わないまでも、親戚同士の会話で漏らしたことがあった。半年に一回会う子たちだって、年がら年中『元気っ子』な訳じゃないのに、その日一日しか見ないから、すっごく元気ではきはきした子に見える」
アタマにも、覚えがあった。
久しぶりに会うのだから、とどうしても張り切ってしまうのだ。
「……私も、お婆ちゃんのねちっこいところが嫌いでね。中学の頃なんか特に距離を取っていたかな。そしたら、『前々からあの子のことが気に食わなかった』ってお母さんが怒られてて。……半年に一回来ること違って、お爺ちゃんやお婆ちゃんから買い物を頼まれたら行ったし、家から二キロほどの距離だったとはいえ、定期的にお墓の掃除にも行ったのに、それでもコレ」
半年に一回の子たちは、ほんのちょっと伸びた雑草を取って、お墓にぱんぱんと手を合わせたら褒められる。それなのに……。
「あっちは『現実』を知らないから、『そっちは毎日お爺ちゃんお婆ちゃんと会えていいなぁ。自分たちよりも、たくさんいろんな物を買ってもらってるんでしょ?』って言われる始末。……ね、馬鹿みたいでしょ?我慢して傷ついた方が嫌な思いして、美味しところは全部持って行かれるっ!そんなのおかしいよね?」
今まで溜めに溜めていた本音。
お酒が入っていた所為か、親戚のお姉さんは饒舌だった。
(お酒を飲んでも、一時的ですら逃げられない人もいるんだな……)
アタマの同情めいた視線に気づくことなく、親戚のお姉さんは話を続ける。
「一番最悪なのが、大人になって思い返して、ようやく気づくってとこ。はっきり言って手遅れよ。だって、その頃にはもう取り返しのつかないとこまできてんだもん」
(もしかして、お兄さんもそうだったのかな?一生懸命やってる孫を差し置いて、私が美味しいとこを取っていくように見えたから、だから、正論パンチっていう反撃に出たのかも。……もしそうなら、ちょっとは悪いなと思うけど、それでもやっぱり好きになれないな)
「アタマちゃん、気をつけなさいよ?」
考え込むアタマに向かい、親戚のお姉さんは鋭い口調で言った。
「アタマちゃんって、『お人好し』じゃなくて『押しに弱い子』じゃない?将来、恋人ができて結婚することになって、同居の話が出たら、何も考えずに二つ返事でOKしそうだから。同居に限った話じゃないけど、世の中、もっと深く考えなきゃダメよ?浅い事ばっか考えていると、いつか足元をすくわれるんだから」
(……はあ、私だって適当に考えばかりな訳じゃないのに、浅いのはどっちよ)
心中で舌を出したアタマに、親戚のお姉さんは「あと――」と続ける。
「この話、絶対SNSに書き込んだりしないでね?万が一にも『つせらきっあ』とかに見つかって、好き勝手言われたら溜まったもんじゃないから」
『子供をダシに責任から逃げているだけ』
『そっちだって悪いところはあったはず』
「……今までの人生を否定されたくなんてない。子供の時、あれでも必死だったんだから。それを、『経験』したことなさそうな『余裕の強者』に言われたくなんてない。『信者』が何言ってくるかも分かんないし。だから、ね。約束よ。アタマちゃん、昔っからうっかりしているところが――」
■
「わ、す、れ、よ、うっ!」
アタマは頬をぱんっと叩くと、腹筋をすべく床にマットを敷いた。




