音波
(自業自得と言えば……)
アタマはそっと目を伏せると、許袁呂に向かい口を開く。
「……中には、『高校生三人が結託して小学生の子を誘拐して、どこかに売り飛ばした後、自分たちも売り飛ばされた』なんて噂も飛び交って……」
「ははは、ピンからキリまで上げていけば、それこそ『どこかの宗教団体に攫われて、生贄として神に捧げられた』なんてのも出てきそうだな」
「うわぁ、ありそうですね。……でも、全部過去のことです。噂をばらまいた人も、自分の考えを信じ込んで行方不明になった人の家族を攻撃した人も、面白半分に囃し立てた人たちも、とっくの昔に『別の餌』に群がっている」
自分が相手に与えた心労など、すっからかんに忘れている。
された側は、今も苦しんでいるかもしれないのに、とアタマは唇を噛む。
「なんというか、死んだ後に制裁が加えられても、正直スッとしないですよね。だからと言って、『目には目を――』なんてできない話ですし」
家族を殺されたからと言って、相手の家族を殺し返しても、相手が家族にかける感情が釣り合っていなければ意味がない。家族がいない場合だってある。
腕を折られたから折り返すと言っても、人によって痛みの耐久性は違うのだから、本当に『やり返した』とは言えないだろう。
加えて、それで本当に『ごめんなさい!』となる者がどれだけいるか。
殆どは、『なんで自分がこんな目に!』となるのではないだろうか。
「……はあ、もやもやする話ですよね」
どうしようもないことですけど、とアタマは溜息を吐く。
「なら、そのもやもやを軸に、俺の力がマックスになった時の願いを考えて見たらどうだ?その頃には、お前のもやもやを吹き飛ばすほどの力を得ているだろうしな」
「……考えて見ます」
得意満面な顔で胸を叩く許袁呂に、アタマはそう言って微笑んだ。
鳥居を潜り、屋台が立ち並ぶエリアへと戻る。
行きと帰りでは、また雰囲気が違って見えた。
「そういや、金魚すくいがないんだな。スーパーボールや宝石すくいは見かけたが。……それと、カラーひよこもない」
「カラーひよこ?」
「……ああ、もう首を傾げられる時代なのか」
「えっと、代わりと言ってはなんですけど、金魚すくいは知ってます。実際、家の近くのお祭りで見たことがありますし。肌寒い時期だったんで、やりはしなかったですけど」
遠い目をした許袁呂に、アタマはわたわたと手を振った。
そして、話題を変えようと視線を巡らせる。
「あっ、ケバブ売ってますよケバブ!一緒に食べましょ――」
「あの、すみません」
許袁呂の手を引き歩き出したその時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、十四、五歳くらいの子供が立っていた。
烏の濡羽のような黒髪をルーズサイドテールにし、丸い眼鏡をかけている。紺色の長袖シャツとズボンも相まって、夜道で車に引かれやしないかと、アタマは不安を覚えた。
(……男の子でいいんだよね。すっごい中性的な声と顔だけど)
アタマはそう思いながら、目の前の少年を見つめる。
少年の視線は、アタマの隣に立つ許袁呂に注がれていた。
恐れ、畏れ、どちらともとれる視線だ。
「えっと、なんですか?」
アタマが問いかけると、少年は慌てた様子で口を開閉させる。
「……ほう、テンのときは隠していなかったが、隠している俺の『正体』を見破るとは、かなりの霊感の持ち主だな。で、何用だ?」
少年は、許袁呂の例えようもない圧を受けたじろいだ。すると、少年の後ろから「すいません」と快活な笑みを浮かべた少年が顔を出した。
「ボクら、中学でオカルト研究部に所属してるんスけど、マジの妖怪や幽霊、神様に出会ったことが無くて、思わず声をかけちゃったんスよ」
癖のある短い栗色の髪の毛を持った少年は、どこか慌てた様子で言った。
笑みを浮かべているが、一刻も早くアタマたちから離れたそうにしている。
(オ、オカルト研究部って、漫画家小説の中でしか見たことなかったけど、本当にあるんだ。わあ、なんか感動……!それに、冷静な部員と舎弟風口調の部員っていうのも初めてだ!)
気分を高揚させるアタマをよそに、許袁呂は眼光を鋭くさせる。
眼鏡をかけた少年が、ひゅっ、と息を呑んだ。
(……あー、眼鏡の子のほうは霊感が強いけど、栗色の髪の子はそうでもないのかな?許袁呂さんが人じゃないってことは、分かっている感じだけど)
「おーい、急に走り出してどうしたのだ?」
また別の声が聞こえ、アタマは目を瞬かせる。
(ず、ずん〇もんみたいな喋り方だ!ああでも、すっごい様になってる)
アタマは、十二歳くらいのおかっぱ頭の少女を見て、心中で拍手をした。
(わあ、朝顔柄の着物、めちゃくちゃ可愛いなぁ。それに、着られている感じが全くしない。着こなしているって感じ)
「おや、その方たちは知り合いかい?」
少女に続いて、黒地に赤い蝶の描かれた着物に身を包んだ青年が現れた。
彼は許袁呂と目が合うと、ハッとしたように後ずさる。
それは無礼じゃないの、とアタマは心の中で眉を顰めた。
「ああ、この方たちは、ボクらの……お父さんお母さんみたいなもんっスかね?色々と理由があって、四人でこの近くで暮らしているんスよ」
(濃い!嘘なのかどうかまでは分からないけど、設定が濃いよっ!……いや、話を逸らそうとしているのは分かるけどさぁ)
「驚かせてしまって申し訳ない。俺たちは、ここにいる妖怪と知り合いでね。祭りの挨拶をしに来たのさ。そしたら、本物の『神様』がいたものだから、驚いてしまって」
青年は柔和な笑みを浮かべると、アタマと許袁呂に謝罪した。
他の三人も、すっと頭を下げる。
(マズい。こんな濃い人たちに頭を下げられている状況、目立つに決まってる)
アタマは、そっと視線を左右に巡らせた。
案の定、物珍し気にこちらを見ている人たちを見つけた。
スマホを構えられたりしては事だ、とアタマは思った。
「そ、そうだったんですね。いやー、初めて声をかけられたんで、正直驚いちゃいました。えっと、すごいですね。その、霊感?」
(ああ、人と喋り慣れていない弊害が出てる。許袁呂さんがいるんだから、もっとスムーズに、さらりと受け流せるようなことが言えたらいいのに)
ぼくばくと五月蠅い心臓をおさえ、アタマは言葉を紡ぐ。
少女が、「そうなのだ!こいつは凄いのだぞ!」と眼鏡の少年を見上げる。
「じ、じゃあ、ボクたちはこれで。いきなり声をかけてしまって、本当にすみません。え、ええっと、お祭り楽しんでください!」
口元を引き攣らせながら、栗色の髪の少年は、眼鏡の少年の手を引いた。
残りの二人も、「それじゃあ」と後に続く。その時――。
「もしもの時は、この神社に来てくださ――」
不意に、アタマに耳打ちをしようとした眼鏡の少年の声が途絶えた。
ぐらりと傾いた体を、栗色の毛の少年と少女が抱える。
視線を鋭くした青年が「なにをした?」と低い声で許袁呂に問う。
「別に、ただ眠ってもらっただけさ。目覚めた頃には、俺たちに会ったことも忘れているだろうよ。……それとも、四人纏めて忘れさせようか?」
「……遠慮しておくよ。こちら側に非があるのだし」
青年はそう言うと、眼鏡の少年を背負って歩き出した。
「あ、あの、本当に眠らせただけなんですよね?殺したりとか……」
「そんなことをすれば、ここの『神』が黙っちゃいないさ」
アタマの問いに、許袁呂は肩をすくめる。
だが、数歩歩いたところで立ち止まり、顎に手を当てた。
「……厄介だな」




