聞きたくない音は……
「仕方がないことなんだろうが、スピーカーか……」
生け花に隠れるようにして置かれているスピーカーを見て、許袁呂は苦笑する。
スピーカーからは、雑音混じりの祭囃子が流れていた。
許袁呂は「まっ、花で隠す努力は認めよう」と肩をすくめる。
「お守りも、受験合格から家内安全まで幅広いな」
「……五穀豊穣の神様をお祀りしているんですけどね」
社務所に並ぶお守りを見て、アタマは微苦笑を浮かべた。
その後、「あの」と許袁呂に声をかける。
「今から本殿にお参りをして、って思ったんですけど、許袁呂さんはしない方がいいですよね?同じ、神様ですし……」
「前にも言っただろ?この地に神はいない。いるのは、神の代わりに人を見守ろうとするお人好しの妖怪だけだ」
「あ、そうでした」
アタマは目を瞬かせると、本殿へと視線を向けた。
(神様である許袁呂さんが忘れ去られて、妖怪が神として崇め奉られているなんて、なんというか、変な感じだな……)
そう思うと同時に、どんな妖怪なのか気になった。
そんなアタマをよそに、許袁呂は「行って来いよ」と顎をしゃくる。
「……この時点で、かなり驚かれているからな」
「へえ、分かるものなんですね」
本殿の茅葺屋根を見上げた許袁呂に、アタマは何度も相槌を打つ。
次いで、長らく思っていた疑問を口にした。
「あの、私がこのまま『贄』を捧げて続ければ、許袁呂さんの力は増すんですよね?その、力がマックスになっちゃったら、どうなるんですか?」
「どうもしない。様々なことができるようになるだけだ」
「祠を立派にしたり、信者を増やしたりとかは……?」
「…………何度か考えはしたが、もう、大勢の人間から崇め奉られるのはごめんだ。神を必要としない世だ、いずれはまた衰えてしまうだろうからな」
悲し気に目を伏せた許袁呂を前に、アタマはわたわたと手を振った。
そして、自身の胸にぐっと手を当てる。
「なら、力がマックスになったその時が、お別れのときなんですね」
「どうしてそうなる」
「だって、もう必要なくなったわけですし……」
しゅんと項垂れるアタマの頭を、許袁呂は優しく撫でた。
「大勢からは嫌だというだけだ。……それに、お前に与えた力と贄が、どう考えても釣り合っていないだろう?力が最大になった時は、望むものをくれてやる」
「望むもの……ですか?」
許袁呂の笑顔を見つめながら、アタマは途方に暮れる。
「ああ、『お返し』はいらない。俺からの礼だからな」
「え、えぇ……」
今のままで充分だ。下手に望めば、キリがなくなってしまう。
アタマの心中を知ってか知らずか、許袁呂はにっと微笑んだ。
「まあ、今言って直ぐは無理だ。時間はまだある。ゆっくり考えればいい」
「……はいっ!」
「ああ、贄の話だが、神や守る妖怪がいない場所の奴なら連れて来れるようになったぞ。……と、お前のお隣さんを贄にしたときに言い忘れていた」
「あっ、全然考えてなかったです。いい加減にしてが先行してて……」
許袁呂は、照れくさそうに頭を掻くアタマを見て、微苦笑を浮かべる。
「で、手を合わせに行かなくていいのか?」
「……やめておきます。その、なんとなく」
「そうか。だが、せっかく来たのにそれでいいのか?」
首を傾げる許袁呂に、アタマは「はい」と頷いた。
「じゃ、ぐるりと回って屋台が並んでいる所に戻るとするか」
「はいっ!」
「ねえ、あの行方不明事件って、どうなったんだっけ?」
アタマが大きく頷いたのと同時に、囁くような声が聞こえてきた。
見ると、前を歩くカップルが、小声で話をしていた。
とはいえ、通る声の持ち主だからか、小さな声でもはっきりと耳に届く。
「ああ、高校生三人と小学生一人がいなくなったやつか?」
「そう、それ!」
(……嫌なこと思い出したな)
許袁呂から視線を逸らし、アタマは溜息を吐き出す。
「行方不明事件?」
疑問符を浮かべる許袁呂に、「数年前にあったんです」と答える。
「皆、いなくなった場所はバラバラだったみたいなんですけど、同じ日に一気に四人じゃないですか?それで、かなり盛り上がって……」
加えて、高校生三人は同じ学校、同じクラス。
後に、家庭環境やいじめ疑惑が浮上したことも大きかった。
「それから、三人は『大蜘蛛と白蛇』っていう後祭町に伝わる昔話を題材にした劇に出ていて、小学生の子は白蛇火祭りのポスターを描いていたんです」
「絶対に言われるな『神隠し』だと」
肩をすくめた許袁呂に、アタマはこくりと頷いた。
「その手のロべチューバ―の人たちがやって来たり、ガラの悪い人たちが神社にお参りに来たり、暫くの間、大変だったそうです」
「ははは、面白半分の者が大半だろうからな。……しかし、先生も大変だな。三人とも同じクラスで、いじめ疑惑が出てきたんだろう?」
「……はい。ただ、先生もお祭りの日に事故で頭を強く打っちゃったみたいで、記憶喪失になってしまったんです。それで、ご実家で暮らしていたみたいなんですけど、ある日、橋の上から川に飛び込んで」
記憶が戻り、現状を知って己の将来を悲観したからなのか、戻らないことに悲観したからなのか、それは分からない。
分かっているのは、川に飛び込み死んだ教師の遺体は、『誰か』に写真に撮られ、今もネットの海を漂っているということだけだ。
「ふう、その手の奴は、形を変えて存在するな」
「え、でも、昔はスマホとか無かったですよね?」
「それはないが、だからと言って『そういった性根』の奴がいないことにはならないだろう?それに、時代が変わったからと言って、がらりと価値観を変えられる者はおるまいよ」
どこか投げやりな様子で、許袁呂はそう言った。
次いで、「大変といえば親もだな」と夜空を見上げた。
「仕方がないことなのかもしれませんけど、すごく疑われていました。殺したんじゃないかって。……妊娠中のお母さんを付け回す人もいたらしくって、『あれで流産させたら、それこそ人殺しよね』『心労が溜まるだろうし、逃げようとして転んだりしたら大事よ?』『なんで、取り締まれないのかしら』ってネットニュースを見ながらお母さんがぼやいていたのを覚えています」
「取り締まる側とやらかす側の数が釣り合っていないだけだと思うがな。地獄絵図で見る地獄だってそうだろう?逃げる亡者と追い立てる鬼の数が合っていない」
「そう考えると、まあまあブラックですね」
「行ったことがないからハッキリとは言えんが、多少は改善されているだろう」
「神様でも、地獄に行ったりできないんですか?」
思いがけない言葉に、アタマは目を瞬かせる。
「ああ、少なくとも俺はな。地獄や天国を行き来できるのは、もっと『上位』の連中だ。俺が行けるのは、黄泉路が精々だ」
「そこまで行けても――」
「あの世の入口で弾き返される。妖怪もそうだな」
許袁呂は「スムーズに行けるのは幽霊だけだ。時たま、黄泉路から別の世界に迷い込んでしまう時もあるがな」と続けた。
「まあ、そうなっても殆どが無事に黄泉路に返してもらえるな。地獄か天国か、行き先を自分で決められないことの方が厄介だ。自業自得ではあるが」
「自業自得……」
同じように夜空を見上げ、アタマはぽつりと呟いた。




