祭りの音
「わあ、すっごい『THE・祭り』って感じの格好ですね!」
「ははっ、誉め言葉として受け取っておこう」
祭り当日。黒と赤の市松模様の着物を身に纏った許袁呂は、弾んだ声を上げるアタマに向かい苦笑いを浮かべた。
アタマは、そっと背後を振り返る。
視線の先には、親戚のお姉さんの家。
先程まで、皆で祭りに向かう話をしていたのだが、突然現れた許袁呂がパチンッと指を鳴らすと、アタマの母が「アタマだけ、先にお祭りに行きなさい」と言ったのだ。
アタマの父も親戚のお姉さん夫婦も、その言葉に同意した。
許袁呂の力に、アタマは何度目か分からない拍手を送った――。
「さて、哭縁神社とやらまで案内を頼む」
「了解しました!」
アタマは大きく頷くと、許袁呂と並んで歩き始めた。
閑静な住宅街を抜け、そこそこ車の通りが多い交差点へと出る。
横断歩道を渡り暫く行くと、鳥居が見えてきた。
長い参道の左右には、様々な屋台が軒を連ねている。
「この辺り、普段は駐車場として使われているみたいですよ。祭りのときだけ、歩行者天国みたいになるようです」
「……まっ、何かに使っていかないと、生き残れないだろうからな」
アスファルトの道を歩きながら、許袁呂はぽつりと呟いた。
「あー、この神社も、盛り上がるのはお正月とお祭りの日だけって、さっきお姉さんが言っていました。……ここだけの話じゃないですけど」
「クリスマスツリーと似たようなものだな。使う日以外は、物置に入れられて放置されるが、日が近づくと思い出したように引っ張り出される」
許袁呂は「まっ、それでも『盛り上がる日』があるだけマシなのかもしれんがな」と続けると、興味深そうに屋台を見回した。
「廃れないものから新しいものまで沢山あるな。……ほら」
りんご飴を差し出され、アタマは「え?」と目を瞬かせる。
「祭りと言えば『食』だろう?」
「あ、ありがとうございます!」
(わ、わあ……。こんな風に男の人から何かを貰うなんて初めてだな。いや、人じゃなくて神様だけど)
店の明かりに照らされたりんご飴は、宝石のように煌めいていた。
許袁呂に促され、アタマはりんご飴を一口齧る。
「すっごく美味しいです!……思えば、こうして屋台で物を買って食べるっていうのも、久しぶりかもしれません」
「友達と祭りに行ったりはしないのか?」
「……友達と言える友達がいなくて」
「すまん」
やたらと真剣な声音で言われ、アタマは「ううっ」と項垂れた。
「あっ、許袁呂さんは何が食べたいですか?」
「別に、『お返し』は必要ないぞ」
「で、ですが、それはどうにも心苦しいです!」
ぐいっと顔を近づけられ、許袁呂は「それなら――」と周囲を見回す。
「焼きそばを買ってもらうとするか。…………ん?」
何かに気づいた許袁呂に、アタマは「どうしたんですか?」と首を傾げる。
「なんだか、同じ色のリボンをつけた若い女が多い気がすると思ってな」
「ああ、それはきっと、この哭縁神社が映画の舞台になったからですよ」
アタマはスマホを取り出すと、「これです」と許袁呂に画面を見せた。画面には、『アルカロイド家の一族の終焉』という映画のポスターが映っていた。
「今日、お姉さんに言われて初めて知ったんですけど、二年くらい前に、ここで映画の撮影があったらしくって。それで、主演が……ええと、何とかっていうアイドルの人みたいで、今でも時折、ファンの人たちが訪れているみたいですよ」
「ほう。それとリボンはどう関係があるんだ?」
「映画の中で、主人公がつけているみたいです。恋人の形見みたいで」
「なるほどな。……『神』だけじゃやってられんか」
「すみません。今なにか仰いましたか?」
「……いいや、何も」
許袁呂は首を横に振ると、アタマを見てニヤリと笑った。
「そのアイドルとやらの姿になろうか?本人に変化するわけではないが、今風のイケメン『今業平』と並んで歩いてみたくはないか?」
「え、なんでですか?」
首を傾げるアタマに、許袁呂はガクッと拍子抜けしたような顔をした。
「いや、お前が以前読んでいた本に出てくる連中も、こんな感じの容姿の奴らばかりだったから、てっきり、この手のタイプが好きなのかと思ってな。戯れに化けて見ようかと」
「……確かに、カッコいいなとは思いますけど……」
自分にとってはそれだけだ、とアタマは思う。
「昨今は、清潔感とやらも必須なんだろう?確か、どこかの高校が舞台のデスゲーム小説で、ヒロインが言っていたな」
(なんか、今日の許袁呂さん、やけに絡んでくるな。……あれかな、お祭りの空気に酔って舞い上がっているのかな?)
アタマはそう思いながら、「清潔感……」と呟いた。
「確かに、清潔感はあった方がいいと思います。なんというかこう、例えるなら、放置されたカップ麺に虫が湧いていても気にしない人はちょっとってなります。……ただ、恋人に限った話じゃなくて、家族でも嫌だなってなりますね」
くしゃみをするときは手で口を覆ってほしい。
鼻をかんだティッシュを机の上に置かないでほしい。
喫煙は構わないが、たばこのポイ捨てをするような人は嫌だ。
自分よりも下の世代を見下す態度を取らないでほしい。
SNSに誰かの悪口を書き込んだりしないでほしい。
悪いことをしたら、ちゃんと謝ってほしい。
親戚のお兄さんのような正論パンチ系&冷笑系は嫌だ。
暴力を振るわない、暴言を吐かない。
相手が自分の好みと合わないものを持っていても、それを過度に貶めるような発言はしないでほしい。
思いついた『好み』を、アタマは次々と上げてゆく。
時折、りんご飴を齧る音が、祭りの空気に溶けていった。
「まあまあハードルが低い話を聞いたような気がするな」
「でも、言っておかないと『言わなかったんだからOK』になりそうで」
「なんというか、『恋人』の条件というよりは『関わりたくない奴の特徴』だな。……それも、頭の中に明確な人物が浮かんでいる」
「……そうかもしれません。じゃなくて、そうです」
アタマの脳裏には、今まで『贄』にした者たちの顔が浮かんでいた。
「……あはは。こんなことが言えるほど、私は人間ができてないですけど」
自身の傲慢さに辟易しつつ、アタマは頬を掻く。
「色々と飛び越えている気はするがな。……で、どうなんだ?」
「さっきの業平さんの話ですか?」
アタマは、スマホの画面に視線を落とす。
象牙色よりも白い歯を見せて笑うアイドルが映っている。
(……カッコいいとは言ったけど、細い。やっぱり、許袁呂さんのようにぽっちゃりとした人の方が、私は好きだな。一緒にいて、ホッとするし)
「変化なんてしないでください」
アタマがそう言うと、許袁呂は「そうか」と微笑んだ。
ぽちゃりとした頬を見て、アタマは顔を赤らめる。
そのまま二人して、本殿へと向かい歩いてゆく。
「……うわぁ、お祭りとはいえ、人が多いですね」
アタマは、人でごった返している空間を見て、ひくひくと頬を引き攣らせた。
(小さい神社だからって舐めてかかっていたけど、あの時の私を殴りたい)
離れてしまわないように、アタマは許袁呂と手を繋いだ。




