音象徴
「なら、俺も一緒に後祭町に行こうか?」
次の日。あっさりと言ってのけた許袁呂に、アタマは目を瞬かせた。
「えっ、でも、日帰りとはいえ、ここからかなりの距離がありますよ」
「確かに、少し前の俺なら無理だっただろうな」
許袁呂は「だが、今は違う。お前が捧げてくれた『贄』のお陰で、かなりの距離を移動できるようになった。勿論、実体化できる時間もな」と続けた。
「そ、そう……ですか?」
アタマは、贄を沈めたばかりの沼に視線を向ける。
捧げたのは、アタマが許袁呂と出会うきっかけを作った老人とその妻。
怯えた表情を思い出し、自然と溜息が零れる。
(間接的にとはいえ、火勿君の親戚のお姉さんが死ぬことに、一役買ったかもしれないのに……)
わざとぶつかったあげく、二人揃って糾弾していた。
アタマの中で、映像で見た彼らと顔と先程の顔が重なった。
■
老夫婦に再会したのは、駅のエスカレーターだった。
後ろからいきなりぶつかられ、「端に寄れっ!」と怒鳴られた。
くーをOFFにしていたことを後悔しつつ、アタマは端に寄った。
エスカレーターは二列に並んで乗るものなのに、と思いながら。
どちらかに重さが偏ると、故障の原因になる可能性がある。
だが、目の前の人物にとっては、『壊れる方が悪い』のだ。
すれ違いざま、かちり、と目が合った。
だが、老人がアタマに気づいた様子はない。
舌打ちとともに、嘲笑めいた視線が注がれる。
正しくない若者を正してやった、という目。
それを見ていた『アタマと同じ人たち』は、老夫婦が通れるように、そっと端による。足を骨折しているであろう人もいたが、どうにか体をよじっていた。
「やぁね。最近の子は常識知らずで……」
夫の味方をする妻、似たもの夫婦……と言えば聞こえはいいが。
(……あれと同じだ。修学旅行に行ったとき。怒鳴り声を聞きたくないから、私や周りの子は静かにしていたのに、一部の騒がしい人たちのせいで「お前ら、いい加減にしろっ!」って先生に『お前ら』って纏めて怒られたときの。……真面目にやる方が馬鹿を見る。けど、騒がしい方に回ることもできない。ある意味、一番損なポジション)
ぷつ、とアタマの中で何かが切れた。
■
「あの、贄を捧げた私が言うのもなんですけど、許袁呂さん、お腹とか痛くなったりしてないですか?それか、精神面に問題がでたりとか……」
「特にはないな。お前が持って来た『贄』がどうであれ、死んだらみんな肉の塊だ。……ああでも、恐怖に染まっていた方が、美味いと言えば美味いな」
「それなら、良かったです」
ホッと胸を撫で下ろすアタマを、許袁呂は面白そうに見つめていた。
アタマは、そんな許袁呂に気づくことなく、大きな溜息を吐く。
許袁呂は「どうした?辛気臭い溜息を吐いて」と首を傾げる。
「……いえ、ランニングとか筋トレとかをして、多少は筋肉がつきましたけど、贄を沼に持ってくるのは、くーちゃんに任せてしまっていますし、贄の首を切り落とすのだって、許袁呂さんの力がないとできません」
自身の頼りない手首に視線を落とし、アタマは眉を顰めた。
許袁呂の力のお陰で、汚れももうない。
「……なんというかこう、料理の材料だけ見つけて、購入するのも作るのも他の人にやってもらったのに、最後に塩をちょっとだけ振って『私が作りました!』って言っているような気がしてしまって……」
「はっはっはっ、料理ときたか。……だが、お前が気に病むことはない。今のスタイルで大丈夫だ。もし文句があるなら、もっと前に言っている」
ぽちゃっとした顔に穏やかな笑みを浮かべ、許袁呂は言った。
アタマは頬を赤らめると「……本当に?」と不安気な目を向ける。
「ああ、俺は実体化できるようになったとはいえ、贄をこの手で殺すことは出来んからな。だから、いわば『巫女』ともいえる存在が必要なんだ」
先程とは打って変わり、真剣な表情。
アタマは、「すみません、神様を疑ってしまって」と頭を下げた。
「気にするな。気になってしまうのは仕方がない」
ぽんぽんと頭を撫でられ、安堵の息を吐く。
「……さて、俺も後祭町に行くかどうかの話だが、どうする?ちょっと力を使えば、夜の祭りにも付き合える。『親戚のお姉さん』とやらの相手は、親に任せておけるぞ?」
「凄く魅力的な提案です。よろしくお願いします!」
「即答か。丸くなった云々と言っていた気がするが……」
「希望的観測を述べたまでです」
「なるほど。悲しいことだ、色んな意味で」
「だって、そう簡単に性格なんて変わりっこないって、ここ数ヶ月で嫌と言うほど分かりましたもん。きつい人は、どこまで行ってもきつい人です」
アタマは「偏見であることは自覚しています」と目を伏せる。
許袁呂は「質が悪いな」と肩をすくめた。
「後祭町と言うと、白蛇火祭りが思い浮かぶが、あれは夏だったな」
「え、ご存じなんですか?」
「一応はな。……まっ、『土地を守る神同士』ではあるから、他の神や妖怪を経由して、なんだかんだ情報が入って来るんだ。とはいえ、最新の情報は数十年前だけどな」
今から六百年ほど昔、今の後祭の地に巨大な蜘蛛の化け物が現れた。
田畑を荒らし、生贄を要求し、村人はほとほと困り果てていた。
それを、どこからともなく現れた巨大な白蛇が退治した。
その白蛇を祀った神社が、後祭白蛇神社。
毎年、大蜘蛛を退治してくれた白蛇に感謝をし祭りを行っている。
簡潔に説明をした許袁呂に、アタマは目を瞬かせた。
「へえ、神様にも、そういう横のつながりがあるんですね」
アタマは、許袁呂の話に何度も頷いた。
「仰る通り、今度行くのは白蛇火祭りではありません。白蛇神社からちょっと離れた所にある、また別の神社です」
神社の名前を聞いた許袁呂は「悲しいものだな」と笑う。
どちらの神社にも、神はいないのに、と。
「えっ、いらっしゃらないんですか?」
「ああ、俺はそう聞いている」
白蛇は大蜘蛛によって受けた傷がもとで、人間界に行けなくなった。
アタマたちが向かう神社の神は、百年ほど前に消滅している。
「だが、お前が向かう神社の方は、神と仲が良かった人間好きの妖怪が代わりをやっているようだがな。ご苦労なことだ」
「へ、へえ、そんなことになっちゃってるんですね」
周りには黙っていよう、とアタマは心中で頷いた。
「そうだそうだ。黙っているのが吉だ。祈るものや縋るものがあるからこそ、立っていられる存在もいるんだからな。……まっ、『強者』はそれを、鼻で嗤うが」
許袁呂の言葉を聞き、アタマの脳裏に親戚のお兄さんが浮かぶ。
正論パンチを繰り出し、悦に浸るお兄さん。
(あの人だって、正しさだけで息ができている訳じゃないのに……)
贄に出来たらよかったのにな、という思いを、アタマはどうにか嚙み殺す。
「当日は、よろしくな」
許袁呂の言葉にハッと我に返る。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!……えっと、何時ごろに家に来られますか?お父さんとお母さんにも、説明しておかないと」
「その必要はない。俺の本来の姿は鳥だからな。後祭町までひとっ飛びだ」
得意げな笑みを浮かべ、許袁呂は自身の胸をドンッと叩いた。
「シャインモールのときのように、適当な服を見繕っておく」
「わ、分かりました。楽しみにしています!」
アタマは納得の意を示すと、勢いよく頭を下げた。




