↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

モスキート音

 「てっきり三十過ぎてると思ったのに、二十代の人だったんだ。……それだけ、苦労したってことだよね。老け方が自然じゃなかったもん」


 生まれついてではなく、心労に心労が重なって老けた顔。

 アタマは「そういえば、すごい猫背だったな」とくーの頭を撫でる。


 「私も、気をつけないと……」

 思い切り肩を逸らし、背筋をピンと伸ばす。


 「…………やっぱ、あの人の態度が一番の問題だよね。『彼岸花事件』って言われるまで、すっかり忘れていた感じだったし。なにより――」


 アタマはスマホを取り出すと、『彼岸花事件』と検索をかけた。

 すぐに『押っっっさぁえろよっ!!』という文字が出てくる。


 スカートを頭からかぶった写真とともに、大量のコラ画像が作られていた。

 雑なものから、やたらとクオリティの高いものまで様々だ。


 (変な感じに裏返った所為で、すっかりネットの玩具になっちゃったなぁ。とはいえ「押さえろよっ!!」ってちゃんと言えていたとしても、現状が変わることはなかっただろうけど……)


 『押さえろなんて言える立場かよ』

 『これって、自分の人生が終わることを恐れてのことだよね?』


 『光の速さでスカートかぶったもんな。判断が早すぎだろ』

 『袋の中身ぶちまけてなw』


 『結局は自分の為、反省も更生もしていない』

 『こんな奴がのうのうと日々を送って、真面目な人が損をするなんて』


 「まあ、そう言われちゃうよね……」

 ぼんやりとスマホを眺めながら、アタマはぽつりと呟く。


 瞬く間に住所は特定され、学生時代の写真がネットに載せられ、夫の職場にも電話がかかってきているらしい。


 加えて、『こいつの子供も、いずれやらかしそうな顔してるよな』『蛙の子は蛙ってヤツ?』とまだ幼い子供にまで被害が及んでいる。


 当然、『子供に罪はないだろ』『そういう書き込みをするのもイジメじゃないの?』という者も現れ、日夜ネットでは論争が続いている。


 子供は、父方の誰(・)か(・)が預かっているらしい。

 そこまで調べるんだ、とアタマは驚いてしまった。

 

 (やっぱ、『逃げ得なんて許さない』って思っている人が多いのかな。あと、若者の更生がどうのこうのに疑問を持っている人……)


 「あそこで土下座でもしていれば、何かが変わったのかもしれないのに。……なんて、言ってもどうしようもないか。けど、一緒にいた友達の人は気の毒だな」


 大学時代に出来た友達で、友人の『悪行』を全く知らなかったのだそうだ。

 だが、その言い分を信じない者は出てきてしまう。


 ついには、『白砂(はくさ)さんをいじめた仲間の一人』とデマを流される始末。

 開示請求をするにしても、ハッキリ言ってキリがない。


 加えて、そ(・)れ(・)をしたところで、勢いが弱まるとは思えない。

 それに、ネットに流れた顔も情報も消えはしないのだ。


 針のむしろのような日々の中で、精神はどんどん削られてゆく。

 結局は会社を辞め、現在は家に籠っているらしい。


 「……これって、正しいことではないよね。それとも、友達ができたら、その人の名前って検索しておかないといけないのかな」


 『なんで気づかなかったの?普通分かるでしょ?』

 『絶対知っててつるんでたんだよ!』


 流れてくるコメントを見て、アタマはぞっとした。

 エスパーじゃないんだから、と。


 おばさんに対する非難の声も多い。

 肝心な時には力にならなかったくせに、と。


 『いるよなぁ、こういうオバサン。まっ、親戚とはいえ《他人》だし、不幸は蜜の味なんだろうけど、啜りに行った相手が不味かったよな』

 

 『特定されて、人生詰むっしょ』

 アタマは「本当になっちゃたもんな」と僅かにぼかしの入った写真を見る。


 (気の毒とはいえ、住所まで特定は…………いや、何とも言えないな)

 それ以上にアタマが気になるのは、刃物を振り回していたあの人だ。


 同情の声は多いが、非難の声も多い。


 『騒ぎを起こすって言っても、アンタを見て逃げようとして転んだ人がいたとして、その人が頭打って死んでたりしたらどうするつもりだったん?』


 『気持ちは分からなくもないけど、ちょっとは考えようよ』

 『それに、束縛って言っても、一人になれる時間はあった訳じゃん』

 

 『だよね。その時に助けを求めたらよかったのに、私だったらそうする』

 『↑それが考えられないくらい追い詰められてたんだよ。馬鹿かお前』


 『はあ?私のこと何も知らない癖に、そんなこと言わないでいただけます?私は、感情的にならずに客観的意見から物申しただけですけど?』


 『煽りがめちゃくちゃ効いてて笑える』

 『効いてねーよボケ』


 『というか、後半は殆ど嫉妬じゃね?結婚も子供も、お前が手に入れる努力を怠ったってだけの話だろ?他責すんなよ』


 『そこまで他責とは思わないけど、ちょっと難癖が過ぎる部分はあるかなぁ。あと、絶望的に想像力が足りてない。件の公園、ヤバい連中が押しかけて来てるらしいし』


 『それは、そいつらの民度に問題があるだろ』

 『あの県って、全体的にヤバいよな。前にもすごい事件があったし……』


 『全員がそうみたいな言い方すんなよ。最近の若者はっていう奴と同じじゃん』

 『いや、同じではない――』


 「……あー、やめやめっ!」

 目が痛くなってきた、とアタマはベッドに寝転がる。


 頬にすり寄ってきたくーを撫で、彼岸花事件があった公園を思う。

 たいへん不謹慎な話だが、『心霊スポット』として名が挙がるようになった。


 連日連夜、心霊ロべチューバ―やガラの悪い人たちで賑わっているらしい。

 騒音が酷く、近隣住民からかなり苦情がきているそうだ。


 「……ロべチューバ―の人とか、すっごい炎上して逃亡する人まで出てきたのに、それでも行く人が後を絶たないなんて……」


 (これが、あの人の望んだことなのかな。……人を殺していないとはいえ、結構な罪にはなる。そうまでして、結果はこ(・)れ(・))


 『ブーム』が過ぎ去れば、直ぐに忘れ去られてしまうだろう。

 様々な場所に、傷跡を残したまま。


 (あの人にも、許袁呂(こをろ)さんの力が与えられていれば、また違ったのかな?嫌な音が、綺麗な花に変わっていれば……)


 「考えたって、全部終わったことだけどさ……」

 アタマが「ふう」と溜息を吐いたとき、一階から母の声が聞こえてきた。


 「今度、ツキヨちゃんの所に行くでしょ?それでね、『夜、一緒にお祭りに行こうよ!』ってさっきメールが来たんだけど……」


 (ああー、そうだったぁ。すっかり忘れてた)

 うんざりとした顔のまま、アタマは二階から「いいよ」と答えた。


 (あー、やだやだ。会いたくない)

 ツキヨちゃんというのは、アタマの親戚のお姉さんの名だ。


 十ほど年が離れており、まだアタマが幼い頃、『アタマちゃんって、すごく足が遅いけど、それってわざとやってる?』と親に隠れて嗤ってきた。


 それ以外にも、会う度に何かと難癖をつけて嗤ってきたお姉さん。

 歪みに歪んだ笑みを思い出し、アタマは頭を抱える。


 (……私が親に言うようなタイプだったら、なんにも言わなかったくせに。ああ、思い出すだけで腹が立ってきた)

 

 そんなお姉さんも、今は一児の母だ。

 今年で二歳だったかな、とアタマは溜息を吐く。


 『こいつの子供も、いずれやらかしそうな顔してるよな』

 ネットの言葉を思い出し、アタマはブンブンと首を横に振る。


 (それはない!……たぶん。お姉さんも、子供を産んでちょっとは性格が丸くなっていると思うし、うん、きっと大丈夫)


 心の中を『やだ』で占められながら、アタマは何度も頷いた。

 同時に、頭痛薬の用意をしておかないと、とメモを取り出す。


 (短時間なら大丈夫なんだけど、長時間車に乗ると、絶対に頭が痛くなるんだよね。……お姉さんたちが住んでいる後祭(あとまつり)町まで、結構な距離があるし)


 移動している時を想像してしまい、アタマはまた溜息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。