音を叩きつける
「一つ屋根の下にいて、気がつかないもんなの?」
二番目の姉が殺されてから数日後。
すれ違いざまにそう言われた一番上の姉は、更に精神を病みました。
そして、悩んで悔いて悩んで悔いて、……首を括って死にました。
残されたのは、末っ子の私だけ。
「アンタはいなくならないで!アンタはいなくならないでっ!!」
小学生だった私は、母の言葉に逆らう術を持ってはいませんでした。
いえ、逆らおうとも思わなかった。……思えなかった。
壊れ切った母を前に、私も父も、何もできなかった。
一番上の姉は、服飾デザイナーになるのが夢でした。
二番目の姉は、お金を貯めて海外に行ってみたい、とよく言っていました。
それは、全部なくなりました。
アイツらのせいで。
何故か、被害者である私たちの家にも、電話はかかってきました。
郵便受けに、手紙が入れられていることも……。
『気づかなかったの?』『黙認していたんじゃないのか?』『家族としてどうなの?』『子供が可哀想』『親なら気づくべき。私なら絶対分かる』……って。
私に残されたのは、母の異常なまでの束縛。
当然、彼氏ができるはずもなく、……友達もできなくて。
連絡が五分でも遅れると、半狂乱になった母から電話がかかってくるんです。
気持ちが分かるとはいえ、苦しかった。中学、高校は特に。
けど、それが『当たり前』になってくると、何も感じなくなりました。
考えることを、どこかで放棄していたのかもしれません。
在宅ワークをしながら、虚ろな目をした母の面倒を見る日々。
父も協力してくれていたのですが、……三年前に亡くなって。
最期の最期まで、私のことを案じてくれていました。
けど、父の言葉に応えることはできなかった。
姉が殺されてから数年経って、母は一日の大半をぼんやりとして過ごしていましたが、時たま叫び声をあげて壁に頭を叩きつけたりしていました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」と言って。
そんな母を受け止める私も、とっくに壊れていたのかもしれません。
然るべき場所に助けを求める……そんなことも考えられないくらいには。
そんな母も、半年前に亡くなりました。
すると、やたらとソワソワした顔の親戚のおばさんがやって来て、私にこう言ったんです。「お孫さんさえいれば、救われたかもしれないのにねぇ」って。
「あっ、誤解しないでね?貴方には貴方の考えがあるんだろうから、そこを責めはしないわよ?でも今、子供って少ないじゃない?あっ、『つせらきっあ』さんて知ってる?あの人の動画やコメントを見て見るといいわ!……ああ、そりゃね、貴方の気持ちが分からないってわけじゃないの。お相手がいないって、楽な時もあるもの。でもね、やっぱり、人として――」
そんな時間が、どこにあったというのでしょう?
こっちの事情も知らない癖に、勝手なこと言いやがってっ!
別に、配慮が欲しいわけじゃない。
けど、どうしてここまで言われなければならないのでしょう?
私、何か悪いことしましたか?
それとも、私の頭が悪いからダメなんですか?
私は、おばさんのように頭が良くないから、上手く立ち回れなかった。
でも、立ち回れないなりに、一生懸命やってきたつもりです。
安全圏にいる頭のいい強者であるおばさんに、心底殺意が芽生えました。
野次馬根性丸出しで、言うだけ言って去って行くおばさん。
ああ、名前は『○○』って言います。
あの人は、私に言ったことなんて、忘れていると思います。
いや、覚えていても「当然」「良いこと言った。私!」と思っているかも。
そこまで考えて、「なんで?」と思いました。
だって、私たちって『被害者』ですよね?
そんなことを考えながら、母から解放された身を持て余していました。
十年以上続いた束縛。染みつき過ぎて、取れはしない。
気がつけば、スマホに連絡が入っていないか確認してしまう。
ふとした時に母の幻聴が聞こえ、家中を当てもなく歩き回ってしまう。
薬を飲んでも、気分転換にどこかに行っても変わらない。
どこまで行っても、追いかけてくる。
時間が、余裕ができたことによって、また別の何かに縛られる毎日。
そんなときでした、私が姉を殺した女に出会ったのは。
公園で、五歳くらいの子供の手を引いて歩いていました。
とても楽しそうに、『優しいママ』の顔をして。
私とすれ違っても、あっちが気づくことはありませんでした。
調べに調べて、アイツがとあるブティックで働いていることを知りました。
何度も通って常連になって、それでもアイツは気づかなかった。
私の顔を見て、思い出すことなんて何一つなかった。
顔は、知っているはずなのに。
苗字を教えても、眉ひとつ動かさない。
そりゃあ、珍しい苗字ではないですよ?よくある苗字です。
けど、アイツにとっては特別な苗字のはずじゃないですか。
忘れられない、忘れてはいけない苗字のはずじゃないですかっ!
それなのに……っ!!
馬鹿みたいだって思いました。
私たちの時間は止まったまま終わってしまったのに、アイツは進んでいる。
自分の犯した罪を忘れて、笑顔で日々を過ごしている。
普通に結婚して、子供の手を引いて、家族で海外旅行もして――。
許せなかった。
子供に罪はないと分かっていても、……許せなかった。
私が声高に叫べば、あの子とお父さんがどうなるか、簡単に予想ができた。
あの頃と比べると、スマホの普及率は格段に上がりましたから。
けど、耐えれば耐えるほど、憎しみは膨れ上がっていった。
もう、自分では抑えが効かない程に。
どうして?
なんでだよ!?
こんな理不尽なことが、許されていいのか!?
ぐるぐるぐるぐるぐる……毎日毎日、考えるのはそればかり。
そして、先日ブティックに行ったとき、「今度、友達とシャインモールに買い物に行くんだ~」と話しているアイツを見て、なにかがプツンと切れたんです。
けど、心はひどく冷静でした。
この場でアイツを殴っても、なんにもならないと思いました。
もっと人の多いところ……それこそ、シャインモールで騒動を起こして、アイツの悪行をぶちまけてしまおうと思いました。
風化なんてさせてやるものか。
忘れさせてなんてやるものか、って。
……はい、そうです。騒ぎを起こすのが目的だったんです。
だって、殺して罰を受けるのは、私じゃないですか?
殺した人数は同じでも、お姉ちゃんを殺したあいつは軽くって、私は重い。
殺した時の年齢が、違うってだけで。
しかも、襲われたからとか、揉み合っているうちに、とかじゃなくて、『ちょっと揶揄っただけ』なんて理由の殺しよりも重い刑を科せられる。
そんなのおかしいでしょう?
それに、死んだらそれまでじゃないですか。
アイツには、私たちが味わった以上の苦しみを味わってもらわないと。
だって、お姉ちゃんだけじゃなく、私たち家族全員の人生を狂わせたんですよ?
あんなことが無ければ、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも死ななかった。
死んで終わりにさせたくなかった。生きて苦しんでほしい。
……私、何か間違っていますか?
■
「うわぁ……」
記事を読み終えたアタマは、何とも言えない気持ちで天井を仰いだ。




