罪の音は消えない
「……うわぁ」
ネットに描かれている内容に、アタマは思わず眉を顰めた。
『彼岸花事件』
約十五年前、とある県で起こった『いじめ』について書かれていた。
○○県で、アタマと同じ十七歳の白砂という少女が、数人のクラスメイトからいじめを受け、……殺された。
いじめの内容は、■■■■や■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■。
白砂さんが亡くなった場所は、彼岸花の名所として名高い公園。
だが、彼岸花の季節以外は、あまり人が訪れない場所でもあった。
公園に連れて行かれた白砂さんは、少し高い所から「飛べよ」と命令され、躊躇っていると、主犯格の少女に背中を突き飛ばされ、打ち所が悪くてそのまま。白砂さんをいじめていた者たちは全員捕まったが――。
そこから先はお察しの通りだ、という言葉が、記事の最後に書かれていた。
どこまでが本当で、どこまでが嘘かは分からない。
(けど、あの人の反応を見るに、本当のことなんだろうな……)
アタマが顔を上げると同時に、嫌な金切り声が響き渡った。
「何してんだよっ!!さっさと口を押っっっさぁえろよっ!!」
慌てていたからか、混乱していたからか、女の声が歪に裏返る。
……ははっ。
誰かの笑い声が、嫌に大きく店内に響いた。
次いで、別の誰かの「『押っっっさぁえろよっ!!』……だって」という声。
ぷっ。
くすくす……。
静かな笑いが、伝染してゆく。
アタマはその様子を、何とも言えない気持ちで見つめていた。
そうこうしているうちに、三人ともどこかへ連れて行かれてしまった。
言わずもがな、ナイフを持っていた側は警察へ行くのだろう。
(……きっと、あの人は、白砂さんに縁がある人なんだろうな。姉妹とか従妹とか友達とか。……ああでも、ネットか何かで事件を知って、義憤に駆られてってパターンもあるかな)
テレビを見ているような気持だった。
まるで現実感が湧いてこない。
「はあ、興が削がれたな。……お開きにするか?それか、他の所に行くかだ。このままシャインモール内にいると、厄介なことになる」
許袁呂の声に、僅かながらの焦りを感じた。
アタマは首を傾げつつも、「他の所に行きましょう」と言った。
■
シャインモールを後にしたアタマたちは、近くにある緑地公園へと向かった。
コンビニで買った茶を飲み、アタマは「ふう」と息を吐き出す。
「……あの、思わず『他の所に行きましょう』と言ってしまいましたが、許袁呂さんはそれでよかったんですか?なんなら、今すぐ沼に帰――」
「いや、あのモール内から出れたら、それでいい。……あの女の恨みに引き寄せられた連中が、チラホラと集まって来ていたからな」
「連中?……私には何も見えなかったですよ」
「テンのような奴なら、見えたかもな」
許袁呂はそう言うと、ベンチにどかっと腰を下ろした。
隣に座るよう促され、アタマも「失礼します」と腰を下ろす。
葉を茂らせている木が日除けとなっており、日光が直射で当たらない。
暫くして、許袁呂は「勘違いするなよ」と呟いた。
「恨みに引き寄せられた連中……疫病神とでもしておこうか。そいつらに敵わないというわけじゃないからな。迂闊に倒すと、あの手の連中を餌にしている奴の恨みを買って、面倒なことになるからだ」
「『うちのシマでなにしとんじゃわれ』ってやつですか?」
「……まあ、それでいい」
許袁呂は「懐かしい感覚だ。ずっと沼に籠っていたから、すっかり忘れていた」と頬杖を突く。
「ちなみに、この辺りの誰かを適当に選んで『贄』にすることは出来ん。俺のような神は、『担当地区』があるからな」
「分かりました」
頷きながらも、アタマは心中で溜息を吐いた。
(さっきの人とか、いいんじゃないかなって思ったのに……)
押っっっさぁえろよっ!!という金切り声が、耳の奥で反響する。
(あの人は、罪を償ってなんかない。反省なんて、更生なんてしていない。……そう考えると、やっぱりムカつく)
同時に、「どうなるんだろう」と思った。
恐らくは、別の方向に『正義』が暴走してゆくだろう、と。
その時、ふわりと前髪が揺れた。
顔を上げると、一人の青年と目が合った。
年は二十代前半といったところだろう。
肩口で切りそろえられた焦げ茶色の髪と朱色の瞳が印象的だ。
白い長袖シャツに紺色のズボンを穿いている。
アタマと目が合った青年は、にこりと微笑んだ。
「こんにちは」
穏やかな声音に、アタマは「こ、こんにちは」と返す。
「俺の名は鉛丹。お見知りおきを……とは言わないけど、よろしくね」
「は、はい」
「久しいな、鉛丹」
戸惑いながらも頷くアタマを横目に、許袁呂は右手を上げた。
「一応、五穀豊穣を司っている神だ」
「一応は余計だよ、と言いたいけど、……まあ、そうだね」
鉛丹は、「……この公園も、少し前までは田畑だったのに」と肩をすくめる。
公園だけじゃなく、多くの田畑がアスファルトに飲み込まれていった。
「そんなんだから、この辺りは、五穀豊穣を祈る人間も少なくてね……」
なんとなく責められているような気持になり、アタマはそっと下を向く。
アタマ自身、五穀豊穣に祈りを捧げたことがないからだ。
適当に神社や寺へ行き、適当に拝んで帰る。……ただ、それだけ。
「で、何の用だ?」
アタマの思いを知ってか知らずか、許袁呂は鉛丹に問いかける。
「酷いなぁ、身知った顔がいたから挨拶をしに来ただけだよ。それに、この公園全体が俺の庭みたいなものだからね」
曰く、緑地公園の中心から少し行った場所に、地元の小学生に向けた田植え体験用の田んぼがあるらしく、その傍に祠(家)があるのだそうだ。
「はは、まだ『生き残っている方』なんじゃねぇの?」
「まあ……ね。残っているだけマシなのかもしれない」
鉛丹は「ああ、君に釘を刺しに来たって目的もあったんだ」と続けた。
朱色の目が、許袁呂とアタマを映す。
「さっきのシャインモールでの事件。あそこに向かおうとしていた疫病神たちは、俺の『餌』だからね。勝手に倒されたら困ると思って……」
鉛丹は目を細めると、手に持っていた黒い靄を頬張った。
ぐしゃぐしゃ、ぶちぶち、と嫌な音が耳に届く。
(あ、あの手の連中の一人が、早速、目の前に……。というか、くーちゃんをONにしていた筈なのに、音が花にならない。神様が放つ音だから?)
アタマが疑問符を並べている間に、鉛丹は靄を飲み込んだ。
ごくっ、と嚥下する音が、やたらと大きく耳に届いた。
(でも、疫病神を食べているってことは、人間にとっていいことをされているんだよね?……食べ方が、ちょっと物々しいってだけで)
「はあ、あの人間たちが地元の者じゃなくて良かったよ。これ以上、疫病神たちがやって来ると、当分の間、三食全てがそれになっていたから」
「よく言うぜ。それはそれでいいとか思っているくせに」
「不味くはないからね。だが、取らなくていい食事をするのは面倒だ」
鉛丹は肩をすくめると、クルリと踵を返した。
かちり、と視線がアタマとかち合う。
「……仲良くやるんだよ」
「え?」
どういう意味か問おうと、アタマは口を開こうとした、
だが、瞬きの間に鉛丹は姿を消していた。




