大音声
「神様のお気に召す家具って、どんなのですか?」
「人それぞれという言葉があるように、神もそれぞれだ」
アタマと許袁呂は、他愛もない会話をしながらシャインモールを歩く。
が、これといったモノはまだ見つかっていない。
「まっ、よく分からんが、こういう場所に来たら買い物を楽しむのが醍醐味なんだろう?気に入るものが無ければ無いでいい」
(そ、そういうものなのかな……)
心中で首を傾げたアタマに向かい、許袁呂は口を開いた。
「お前はどうなんだ?見たいものや行きたい店はないのか?お前くらいの年頃の娘なら、化粧品や装飾品、服なんかに興味がありそうなものだが……」
「そりゃあ、人並みにあるとは思いますけど、正直よく分かりません……」
「自分のことなのにか?」
「えと、その、母が買ってくれた服と親戚のお姉さんが譲ってくれた服で、これまでうまく回っていたので、考えたことが無かったです」
アタマは「学校は制服ですし……」と許袁呂から視線を逸らす。
許袁呂は嗤うことはなく「なるほどな」と頷いた。
「なら、あの店にでも入ってみるか?」
アタマは許袁呂が指さした店を見て、眉間に皺を寄せた。
服にもズボンにも可愛らしいフリルがついた服。店内は淡いピンクや水色で染められ、身なりに気を遣っている者たちで賑わっている。
「あ、ああいう『可愛い系』の店はちょっと……」
「……そうだな。疎い俺でもさすがに分かる」
白地に水色の縞模様の入ったシャツに紺の長ズボン。
そして、茶色のショルダーバッグ。
化粧っ気はなく、髪も前髪の端を百均の髪留めで留めているだけ。
それも、何の変哲もない三角形の黒い髪留めだ。
「や、やっぱり、みすぼらしいでしょうか?」
「服自体はそうでもないが……」
許袁呂は、アタマの頭のてっぺんから爪先までをじっと見つめる。
そして、「ふう」と溜息を吐いた。
「お前、磨けば光る顔をしているのに、いっつも鬱屈としたというか、おどおどした顔をしているだろ?それと服の明るい色が合っていない」
ズバッと言われ、アタマは「お、仰る通りです」と涙目になる。
同時に、『磨けば光る』と言われて嬉しくもあった。
(……はっ!ロマンス詐欺の一歩目って、こんな感じなのかな?気をつけないと……って、許袁呂さんお世辞で言ったってだけだよね)
自分から詐欺れるものは何もない、とアタマは思い直す。
アタマの心中を察したのか、許袁呂は渋い顔をした。
「あのなぁ、俺が今ここで嘘を言っても、何の得にもならないだろ?……それに、俺はそんなことに世辞は使わん。今言ったことは全部本当だ」
「あ、ありがとうございます……っ!」
「鬱屈、おどおどもな」
「は、はい」
「ははは、『贄』を捧げる時は、あんなに生き生きとしているのに……」
「そ、そうですか?」
「ああ、……立ち話もなんだ。あの店にでも入って話そうじゃないか」
許袁呂の視線の先には、和風を基調とした喫茶店があった。
大正ロマンを彷彿とさせる内装に、アタマは「ひえっ」と声を上げる。
「抹茶や緑茶は苦手か?クリームソーダやホットミルクもあるみたいだぞ」
「い、いえ、そうではなくてですね。その、非常に入りづらいです」
格好云々ではなく、精神的な問題だった。
あまりにも乙女チックすぎて、どうにも気後れしてしまう。
店内に流れる空気を、ちゃんと享受できるのだろうか。
いや、フードコートで餃子でも食べる方が気分的に落ち着く、と思った。
「そうか。……だがな、新しい風も大事だぞ?」
許袁呂に手を引かれ、アタマはおっかなびっくり店の中に足を踏み入れる。
窓際の席に通され、テーブルの上のメニューを開く。
悩んだ末に、『抹茶とぜんざいのセット』を注文することにした。
■
「で、さっきの話だが、『贄』を捧げるときの生き生きとした顔を、日常生活でもできるようになったらいい、と俺は思う。口元の笑みが特にいいからな」
「……うう、それだけ聞くと、殺しを楽しんでいる人みたいですね」
「どう思おうが、それはお前の勝手だ。だが、笑顔が素敵なのは確かだ」
「よ、喜んでいいのか悪いのか……」
複雑な思いを抱えながら、アタマは運ばれてきたぜんざいを頬張った。
脳裏に死体が浮かぶのに、ぜんざいも抹茶も美味しかった。
アタマは「はあ~、複雑」と心中で項垂れる。
「……まあ、話を振った俺が言うのもなんだが、あんまり深刻になるな。『儀式』の時だけじゃなく、日常生活でもおどおどをなくせばいいだけなんだから」
「それが結構難しいです」
「一気にやろうと考えるからだ。できる範囲で治していけ」
「……はい!」
アタマが大きく頷いたその時――。
「あああぁぁああぁぁぁぁあああああああああっ!!」
店の外から、獣の咆哮のような声が聞こえてきた。
アタマは驚いて肩を跳ね上げ、許袁呂とともに外を見る。
店から少し離れてところにある広場(時々、なにかしらのイベントが開催されている場所)で、ナイフを手にした女が暴れていた。
年は三十代前半といったところだろう。
アタマと同じく化粧っ気はなく、血走った眼だけがやたら赤い。
女は髪を振り乱し、肩で息をしながらナイフを振り回している。
叫び声と怒号と、スマホのシャッター音が響く。
「こ、許袁呂さん、逃げましょう!店の中も安全じゃないかも――」
「いや、その必要はない。あいつが狙っているのは一点のみだ」
許袁呂は頬杖を突くと、面白い芝居でも見るかのように目を細めた。
あまりにも落ち着いた様子に、アタマは浮かせかけていた腰を戻す。
よく見ると、女の目の前には二人の女が立っていた。
どちらも、女と同じ三十代前半だ。
二人とも、恐ろしさで体が動かないのか、それとも、まだ『危険』という信号が脳に届いていないのか、呆けた顔のまま固まっていた。
「彼岸花事件っ!!!」
突如、女は二人にナイフを構えると、あらん限りの声で叫んだ。
「彼岸花事件っ!!彼岸花事件っ!!」
いきなりのことに、周囲のざわめきがぴたりと止まった。
「忘れたとは言わせないっ!!彼岸花事件っ!!彼岸花事件っ!!」
二人のうち一人の顔が、見る見る青く染まってゆく。
そして、いきなり買い物袋の中身をぶちまけたかと思うと、袋から乱暴に引っ張り出したスカートで顔を覆った。
もう一人は、友人であろう女の行動に、ただただ困惑している。
アタマはというと、「あっ」と大きな声を上げていた。
「あれ、さっきの服屋さんで売っていたヤツですよね」
「そこかよ」
許袁呂は苦笑いを浮かべると、ぐいっと抹茶を飲み干した。
アタマは再度、視線を外へと向ける。
すでに、女は警備員に取り押さえられていた。
だが、相も変わらず「彼岸花事件っ!!!」と叫び続けている。
恐怖に染まっていた周囲も落ち着きを取り戻し、「彼岸花事件?」とスマホで検索をかけ始めていた。
「……えっ、マジで?」
「本当だったらヤバくない?」
「だよね。取り押さえるのって、むしろあっちの方なんじゃ……」
ひそひそと、店内が驚きの声で満たされてゆく。
外の者たちも、検索をかける者、拡散する者、動画や写真を撮る者の三つに別れつつあった。非難めいた視線が、スカートで顔を覆ったままの女に注がれる。
アタマも野次馬根性には勝てず、「彼岸花事件……」とスマホで検索をかけた。




