本気の声音
「結局、成果なし……かぁ」
図書館に行った日のことを思い出し、アタマは大きな溜息を吐いた。
「そんなもんだろ。俺よりもいい場所に陣取っている道祖伸でさえ載っていないんだから。……ああでも、コアな写真集に掲載される可能性はあるか」
許袁呂は鼻を鳴らすと、注文したカレーを食べ始めた。
初めて食べる、と言っていたわりには、違和感なくスプーンを動かしている。
来ている服も『今風』で、見事に周囲に溶け込んでいた。
アタマも、注文した親子丼に箸をつける。
彼らが今いる場所は、『シャインモール』という大型商業施設内のフードコートだ。アタマの家から、電車で三十分ほどの距離にある。
「話は変わりますが、許袁呂さんが家に来たときは本当に驚きました。宝くじで一億当たったって、あんなに驚きませんよ」
「はははっ、神が家に来るなんて、そうそうないことだぞ?一億当選よりもよっぽどすごい。……疫病神や貧乏神は別としてな」
「そ、そうですけど、お母さんに変な誤解をされちゃいましたよ。『あらぁ~』なんて、いつもよりも数段高い声出してて……」
「彼氏がやって来たとでも思ったかな?……それ以上の存在かもしれんな」
「えっと、キュンとなったほうがいいですか?」
(こういうことを言われたら、前に読んだ小説とかでは『キュン』なるものが主人公の胸を襲っていたんだけど、いざ自分が言われると『無』だな。いや、流石に『無』ではないか。『さいですか』くらい?でも、この表現は失礼だよね)
「おいおい、思考の海に入り込むな」
「……あっ、す、すみません」
アタマが頭を下げると、許袁呂は「別に『キュン』となる必要はない。俺だって、そういう意味で言ったわけではないからな」と水を飲み干す。
「感謝しているよ。お前が居なかったら、俺はここにいない」
「え、ええ、あ、ありがとうございます」
唐突な感謝の言葉に、アタマは目を白黒とさせる。
許袁呂はふっと微笑むと、新たな注文をしに店へと向かった。
(あの店員さんも、目の前にいるのが神様だって知ったら、ビックリするだろうな。そういえば、お金とかはどうしてるんだろう?……考えない方がいいか)
アタマはそう思い直し、戻って来た許袁呂を見る。
そして、思い出したかのように「あっ」と声を上げた。
「電車に乗ったときから言おう言おうと思っていたんですけど、許袁呂さん、転んで大怪我したりしないように気をつけてくださいね。国民健康保険とか、適応されなさそうですし。身分証明書とかも、お持ちじゃなさそうですし……」
「『俺を何だと思っているんだ』という思いと『面白い奴だな』という思いが一度にやって来た。初めての経験だぞ」
思いがけない言葉に、許袁呂はぱちぱちと眼を瞬かせた。
次いで、「……分かった」と微笑んだ。
「さて、食べ終えたらモール内を――」
「えっ、お前んとこは、親に謝るときに謝罪文とか書かされとったん?」
潜められているがよく通る声に、アタマと許袁呂はそっと目を向ける。
声は、少し離れた席の大学生四人組から聞こえてきていた。
「あー、中学上がるまでの話しな。一応、小学校高学年くらいの時に疑問には思ってた。でも、本能的に周りに聞くのは不味いんじゃね、ってなっててさ」
「やっぱ、親が中学教師だから?」
「偏見の極み!てかそれ、今だったら虐待じゃね?」
「そ、そうなのかなぁ。……俺ん中ではそれが『普通』だったからさ。作文最低五枚は書いて、『すみません』って謝りながら親に提出。作文は、三日後くらいに燃えるゴミ」
「親、証拠隠滅してんじゃん。そんな悪いことしたん?」
「『クソじじい』『クソばばあ』って言ったとか?」
「いや、テストの点が八十五以下だったり、うっかり手を滑らして、コップを倒してテーブル濡らした時とか……」
「ひゃー、厳し」
「それはありえんて」
「……ああもう、この際だから言うわ。ぶっちゃけ、教え子に対するストレスがこっちに来てた。微妙にガラの悪い学校行っとったから。生徒がやらかした万引きとか家出とか、PTAなんかの圧とか、マジで色々。けど、それ指摘して『やめて』って言ったら、絶対逆ギレんじゃん?だから『いい子』するしかなかったんだけど、どこが地雷か分からんくって」
「うっわ、ないわ」
「俺もバカやってた側だから、なんも言えねー」
「ああ、今も時々届く『明けましておめでとうございます!昔は悪やってましたが、今は二児のパパ・ママやってまーす!』とか言う年賀状見ると、正直殺したくなる。『お前らや君らのパパ、ママがそうやっていられんのは、こっちの犠牲があるからなんだけど?』って言いながら、頭蹴り飛ばしたくなる」
本気のまじり始めた声音。
友人たちの顔が、若干引き攣った。
「なーんて、冗談。聞いてくれてサンキューな」
「んだよ、ビビらせんなよっ!」
「おい、そろそろ行っとかなヤバくね」
「いやいや、映画予告長すぎて怠いじゃん?」
「けど、ポップコーン買うだろ?」
「あ、そっか」
その言葉を合図に、四人はフードコートを出て行った。
アタマは、知らずのうちに入っていた緊張を解く。
「さっきの奴、きっかけがあればテンのようになりそうだな。……テンも、走るタイムが遅い時は反省文を書かされたと言っていたから、案外、気が合うかもしれん」
「なんというか、『精神的だから目立ちにくい虐待』って感じですね。さっきの人は、書いた作文は三日くらいで燃やされるって言っていたし」
「やらかす奴って言うのは、身内にはあれでも『外』には意外と気を遣えるもんさ。それは『近隣住民』であったり『親類縁者』であったりと様々だがな。ほら、ニュースなんかでも、『普通の人だった』『こんな事件を起こすなんて信じられない』といった言葉はよく聞くだろ?」
「そう……ですね」
アタマが頷くと同時に、料理完成のアラームが鳴る。
「あ、取ってきます」
「いや、俺が注文したんだから、俺が取りに行く」
許袁呂はすっと立ち上がると、店へと向かって行った。
残された頭は、テーブルの上で羽を休めているくーの頭を撫でる。
「くーちゃんには、つまらないよね……」
くーは、「そんなことはない」と言いたげな顔をした。
「ありがと――」
視界の端に、スミレの花が浮かんで消えた。
見ると、中学生くらいの少女二人が、こちらを見て嗤っている。
そこで漸く、アタマはくーの存在を思い出した。
くーは、自分と許袁呂にしか見えないのだ、と。
アタマと目が合った少女たちは「くすくす」と顔を見合わせている。
羞恥よりも、怖気が走った。
スマホに何か撮られてはいやしないか、と不安になる。
「ああ、撮ってはいなかったぞ。あと、書き込みもな」
戻って来た許袁呂の言葉に、アタマはホッと胸を撫で下ろす。
「まっ、今回のことはお前にも非がある」
「仰る通りです」
しゅんと項垂れるアタマの頭を、許袁呂はぽんぽんと撫でた。
そして、『餃子定食・ごはん大盛り』を食べ始める。
「うむ、焼いた魚や果物もいいが、こうした濃い味付けの物も良いな!」
「それは良かったです。ところで、これからどうします?」
「どうしますもなにも、買い物に決まっているだろ?祠の中にある異空間を近代的にしたいんだ。まずは、家具からだな」
「了解しました!」
アタマは大きく頷きながら、先程の大学生のことを思った。




