雑音を嗜む
(あぁぁああ、許袁呂さん、本当にありがとうございます!)
夕食の席で、アタマは心の中で感謝の言葉を何度も述べた。
理由は、テレビから流れている歌番組にある。両親とともに見る歌番組とバラエティー番組、それは、アタマにとって苦痛を伴うものだったからだ。
と、この文だけでは誤解を生んでしまうが、アタマと両親の仲は良い。
世間一般の『普通』よりも、数段上だ。
だが、歌番組とバラエティー番組は別だった。
アタマの両親は二人とも、所謂『冷笑系』なのだ。
『こういうことを言うのもアレだが、今のアイドルはみんな顔が同じに見えるな。お世辞にも歌が上手いとは思えないし。なんというか、好きになれないなぁ。俺が学生の頃に流行ったアイドルは、もっと――』
『本当よねぇ。男の子もみんなヒョロッとしていて、どうして、私と同年代のおば様方が、きゃーきゃー言うのか分からないわ。もっとこう、一本芯が通っているような人じゃないと。メイクもコテコテで――』
歌番組や年末に行われる黒墨歌合戦を見ると、途端に口が悪くなる。
アタマは、それが嫌いだった。
『最近のバラエティー番組はあんまり面白くないなぁ。色んな所に気を回さないといけないのは分かるけど、それにしたって――』
『そうよねぇ。どうして、一部の騒ぐ人の意見だけが取り入れられて、大多数は無視されるのかしら?迷惑な話よ。だいたい――』
チャンネルをバラエティー番組に変えると、途端に口が悪くなる。
アタマは、それも嫌いだった。
一度、『そんなこと言うけどさ。昔だって――』と反抗したとき、嫌な顔をされ、言いくるめられた思い出があるからだ。
互いに文句を言い合い、許容し合えたのなら、また違ったのかもしれない。
だが、アタマの文句は許容されなかった。
故に、今では曖昧な笑みを浮かべて、相槌を打つことに力を注いでいる。
不思議と、慣れるということはない。
これ以上何か言って、また否定されたら、『存在価値がない』と判を押されてしまったような気持になる。それが、たまらなく怖い。
それに、両親だって人間だ。共働きで疲れているのに、家でガス抜きもできないなんてことをさせてはいけない。
(ニュースでやっている虐待なんてされたことないし、スマホも持たせてもらえているし、ここまで育ててもらったんだから、テレビの一つや二つで文句言うのなんて烏滸がましいよね。一時間耐えれば、いつもの家族に戻るんだし。でも――)
それでも、少しだけしんどかった。
だが、今は違う、とアタマは心の中で言い聞かせ、みそ汁を啜る。
テレビの中では、アタマもよく知るアイドルが、爽やかな笑みで歌を歌っている。その周りを、半透明の菊や向日葵が舞う。
「…………、……。…………」
「………………。……、……」
両親の口が動く度、百合、菊、薔薇、水仙、と花が咲き乱れる。
歌や食器の音は聞こえてくるのに、だ。
と、その時。
アタマの母が「あら、いけない」としゃがみ込んだ。
視線を床に向けると、コップの破片が散乱していた。
アタマの父が「大丈夫か?」と破片を拾い集める。
母は指を切ってしまったらしく、アタマは急いで救急箱を取りに行った。
指に絆創膏を巻く母を見つめながら、心中で「すごい」と呟く。
(こういうのもアリなんだ。確かに、いきなり大きな音がしたら、…………人並み以上に、肩がビクッてなっちゃうけど。ああ、本当にすごい)
アタマは興奮冷めやらぬ気持ちのまま、自分の部屋へと戻った。
暫くすると、カーテン越しに車のヘッドライトの明かりが見えた。
(お隣さんが帰ってきた。……けど)
山茶花、藤、ガーベラ、マリーゴールド、桃の花が咲き乱れる。
しかも、勉強机の周りには現れず、邪魔にならない場所にばかり。
元から邪魔にならない存在が、輪をかけて邪魔にならない。
最高じゃないか!
至れり尽くせりだ、とアタマは百回目の礼を言った。
しかし、その後すぐに罪悪感に襲われた。
得体の知れないドロドロとした何かが、胸の中で渦を巻く。
(……私以外にも、こういった悩みを持っている人はいるはずだよね)
自分だけが『ズル』をしているような気持になり、アタマは低く呻る。
(い、いやいやいやいやいやっ!!待て待て待て待て!!そんなの考え出してたらキリがないって!!宝くじに当たったようなもんって考えれば……)
「そうだよ。それで、いいんだから。……今の今まで、ずっと我慢してきたんだし、ちょっとくらい『褒め』を貰っても、罰は当たらないよ」
世の中を渡って行くには、運だって大事!!
自身に何度も言い聞かせ、アタマは勉強を再開させた。
■
日曜日。
アタマは豆大福の入った袋を持って、許袁呂の元へと向かった。
「こ、を、ろ、さーん!こんにちはー!!」
普段の声が小さい分、一度の大声で息が乱れてしまう。
「神に対して『さん』か……」
呆れたような声音とともに、アタマの目の前に許袁呂が現れた。
沼の中央にある浮島に建つ祠の上に、どっかと腰を下ろしている。
アタマはさっと顔色を青くすると「申し訳ございません」と頭を下げた。
「いや、構わない。好きに呼べ」
許袁呂は小さく首を横に振ると、ふっと口角を上げた。
丸みのある頬が形を変える様子に、アタマは奇怪な声を出す。
たったそれだけの動作に、どうしようもなく心を奪われた。
(許袁呂さん、醸し出す雰囲気や喋り方はクールだけど、ぽっちゃりした顔に浮かぶ微笑には、たまらなく抱擁感が宿っていらっしゃる!!)
あまりにもタイプ過ぎる、と考えたところで、アタマは頭を振る。
許袁呂さんは神様、それを忘れてはならない、と。
「あ、あの、お礼が遅れてしまって、大変申し訳ございません。え、ええっと、私がよく行く老舗の和菓子屋さんの名物の豆大福ですっ!」
緊張で声が裏返ったまま、豆大福の入った袋を差し出す。
許袁呂は眼を瞬かせると、「それだけか?」と言った。
「え?……あっ、ちょっと待ってください」
財布を取り出そうとしたアタマを、許袁呂は「違う違う」と止める。
「さらなる願いはないのか、と聞いている」
「これ以上を望むなんて罰が当たります!!」
「……そういう人間に限って、あっという間に貰うのが当たり前になるもんだ」
許袁呂は、いつかを懐かしむように目を細めると鼻を鳴らした。
「だからこそ望みません!私、どちらかというとそのタイプだと思うので」
「先に防壁を作っておくと?」
「そうです!」
「胸を張って言うことか。……いや、もうそれでいい」
諦めたように肩をすくめると、許袁呂は豆大福を頬張った。
そして、「美味いな」と笑みを零す。
「お口に合って良かったです!必要とあらば、お小遣いが続く範囲で持ってきます!!豆大福以外にも、わらび餅や三食団子も美味しいんですよ!」
「お前に何のメリットもないのにか?」
唐突の横文字に面食らいながらも、アタマは大きく頷いた。
「私は、その、お会いできるだけで眼福と言いますか……」
「はぁ?よく分からんな」
許袁呂は、「分かるのは、お前がおかしな奴ということだけだ」と呟く。
次いで、自身の髪の毛を抜き取り、「ふぅ」と息を吹きかけた。
ぽんっ、という音とともに、髪の毛は丸い何かに姿を変える。
野球ボールほどの、黒くぽちゃっとした何か。
「……小鳥、ですか?」
つぶらな瞳と目が合い、アタマは首を傾げながら許袁呂に尋ねた。




