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優しい音が消えた・上

 「えっ、殺したって、実の母親だよね?」

 「……花畑(はなばたけ)さんは『つせらきっあ』ってロべチューバ―知ってる?」


 テンは、アタマの質問に答えずに微笑んだ。

 アタマは『つせらきっあ』と言う名を聞いて、微かに眉を顰めた。


 「ええっと、辛口・毒舌・正論パンチで有名な人だよね。ロべチューブのサムネだったり、ネットニュースに時たま載っているのは知ってるよ」


 ただ、アタマにとってはそれだけだった。眼光鋭くこちらを睨みつけているサムネや写真が、どうしても好きになれなかったのだ。


 (あと、『つせらきっあ、××番組で○○を完膚なきまでに言い負かす!』とか『今の世代よ、現実を教えてやる!!』とかいう文字が……ね)


 「そうそう。歯に衣着せぬ物言いがウケて、一定の『信者』がいる人。……こいつも、その信者の一人だった」


 テンはそう言うと、目の前に転がっているものを踏みつけた。

 蛙が潰れたような声とともに、開いた口から血に濡れた歯が見えた。


 「正直、つせらきっあ自体はどうでもいいんだ。あっちは、どれだけ『辛口・毒舌』を謳っていようと、ちゃんと線引きしてるじゃん?ばしっと言ってもらえて、救われた人だっているし」


 「線引き?」

 「うん。言うべき相手を見誤ってないっていうの?」


 「ま、まあ、うっかり変なこと言っちゃうと、自分の首を絞めかねないし」

 「そう、あっちは、ちゃんと分(・)か(・)っ(・)て(・)いるんだ」


 テンはもう一度、転がっているものを踏みつけた。

 また、「ぐげぇっ」という声が辺りに響く。


 「でも、こいつは違う。正論だったらどこまでも相手を追い詰めてもいい、と勘違いをした。そして、一番被害を受けたのが、母親であるお姉さんだった」


 パートを終えて帰って来た母親(お姉さん)が「ふう、疲れた」と言えば、「職場まで電動自転車だろ?店も冷房効いてるし、それで疲れるとか」と嗤う。


 レストランに行って、お姉さんが「美味しいね」と笑えば、「食事を提供する場所なんだから、美味しくて当然でしょ?いちいち反応するなんて」と言う。


 好き嫌いを注意されれば、「『世の中、食べたくても食べられない人がいる』って言うなら、そっちが持って行ってやりゃいいじゃん」と睨む。


 ほんの少し声を荒げれば、「ほらぁ、言い返せないからってそうやって怒鳴る。毒親以外の何者でもないよね」と鼻で嗤う。


 昔好きだった映画がリメイクされて喜べば「はっ、こんな綺麗事だらけの映画のどこがいいわけ?こういうのは、お涙頂戴に作られてんの。それで感動できるんなんて、本当、お綺麗な世界で生きてきたんだね」と冷笑する。


 洗濯物を干してと頼んだら「は?昔の人は洗濯板で洗ってたんでしょ?でも、今は違うじゃん。めっちゃ楽して余裕があるんだから、そっちが干すべきでしょ?こっちは勉強で忙しいから」とスマホをいじりながら言う。


 「待って待って待って」

 アタマは思わず、テンの言葉を遮った。


 「つせらきっあさんって、そんな感じなの?というか、正論って言うのそれ?」

 「いいや。もっと理路整然としてる。……こいつは、それっぽくしただけ」


 動画を見て、自分が強くなったと勘違いをしただけの子供。

 テンは「仕方ない部分はあるんだけど」と目の前の肉塊を見下ろす。


 「つせらきっあにハマったのが小4くらいの時で、子供って影響されやすいじゃん?加えて、……言っちゃあ悪いけど、お姉さんは弁がたつ方じゃなかった。べつに、支離滅裂ってわけじゃなくて、言われたことを整理するのに、ちょっと時間がかかるって感じ」


 きつい言い方だったり、矢継ぎ早に言われてしまうと、頭が真っ白になるタイプ。落ち着いて考えれば、ちゃんとした答えが出せるのに。


 「……なんか、分かるな」

 自身のことを言われているような気がして、アタマは目を伏せる。


 「ただ、子供(こっち)はそんなことお構いなしで捲し立てる。ようやく答えを導き出した時には、もう別の言葉が飛び出している。……仕事で疲れて帰って来て、実の子からはこれだ。お姉さん、ちょっと鬱なところもあったみたいだし。でも、そんなことは知ったことか、とこいつは他人の武器でお姉さんを刺しまくった」


 「お父さんは?」

 「仕事で海外。……心配をかけたら駄目だ、と相談もできなかった」


 「パ、パート仲間とかは……」

 「子育てマウントがあるのに?」


 「そ、そっか。鬱で病院に行ったとしても、『元凶』が家にいるんだもんね。それに、すぐ『毒親』とか『親ガチャ』って言われるなら、慎重にもなるよ」


 「だろ?下手に叱って外にまで被害が、ってなったら最悪だし。なにより、『はしかみたいなもの』『自分だって、子供の頃、漫画に影響されたことがある』って言い聞かせてしまった。『いつかは終わってくれるだろうから』って。けど、その思いを、こいつは『言い返してこない。勝った』と思い込んだ」


 テンは「そして、ますます増長した」と呟くと、転がっている肉塊の頭を蹴り飛ばした。かふっ、と紙風船を潰した時のような音が口から洩れる。


 「なあ、小4とはいえ、相手が疲れているとか、悲しんでいるとかは分かっただろ?何とも思わなかったのかよ?つせらきっあだって、『相手を思いやることを忘れてはいけない』『考えてから発言すること』って動画内でよく言ってただろ?めちゃくちゃ影響されていたくせに、どうしてそこは真似ようと思わなかった?結局、お前は『信者』でも何でもないんだよ。ただ、暴言吐いて気持ちよくなりたかっただけ」


 別段、『信者』として何かを成し遂げたかったわけではない。

 ただ、『つせらきっあ』を言い訳に、自分の嗜虐心を満たしたに過ぎない。


 「不思議だよな。お父さんは子煩悩で愛妻家、お母さんも夫と子供を何よりも愛していた、その二つが合わさってできたのがこ(・)れ(・)だなんて」


 仕事の疲れ、子供の毒舌、一つ一つは小さな雫だった。

 だが、いつしかそれは、溢れんばかりに溜まっていた。


 「まだ、余裕のある心で辛口や毒舌を聞いていたなら、はいはい、って聞き流せていたのかもしれない。けど、さっきも話したように、お姉さんは……」


 テンは「なあ、お前の母親は、お前に毒舌を吐き返したか?お前に怒鳴り散らしたか?余裕がある奴には何言ってもいいのか?」と肉塊の髪を掴む。


 「だったら、雨風をしのげる場所にいて、勉学も受けることができて、水にも食料にも困っていない奴らは全員、辛いと思ったり、悲しんだり、悩んだりしたらいけないのか?そうなると、お前だって例外じゃないぞ?」


 髪を掴んだまま、テンは祠に座っている許袁呂(こをろ)を見た。

 すると、先程の鏡が姿を現した。


 「いいのか?」

 「お願いします」


 許袁呂が「よし」と頷くと、鏡に映像が流れ出す。

 映ったのは、どこかの家のお洒落なリビングだった。


 テンが言っていた『お姉さん』らしき人が、ソファーに腰かけている。

 顔立ちは穏やかだが、目はどこか虚ろだ。


 どうして、あの子はあんな風になっちゃったんだろう。

 何がいけなかったんだろう?

 

 いつ終わってくれるんだろう?

 言い返せない私が悪いのかな?……そう、わたしがわるいんだ。


 そんな言葉が聞こえてくるようだった。

 暫くして、『お姉さん』は手の甲を噛み、静かに嗚咽を漏らし始めた。


 アタマは思わず、くーの頭を撫でた。

 目の前に、美しい花が現れては消えてゆく。


 「知らなかっただろ?お姉さんが……母親がこうやって泣いているの。病院に行った方が良いのに、お前のことで頭が占領されて、その選択肢すら取れなくて、どうしていいのかも分からなくて、袋小路でずっと迷っていたんだ」


 テンは「お前今、『そんなに泣くくらいなら、病院に行って診てもらえば良かったじゃん』って思っただろ?」と肉塊の頭を持ち上げた。


 「苦しい時ってな、そういう判断ができなくなるもんなんだよ」



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