無邪気な音
「ビクついていたわりに、吐いたりはしなかったな」
人の姿に戻った許袁呂は、岩に腰を下ろしたアタマにそう言った。
「……なんと言いますか、肉が千切れたり骨が砕けたりする音は花になりますし、その、ライオンが獲物を喰らう映像を見ているような気分で……」
うつ伏せだったこともあり、二人の顔は良く見えなかった。
それも影響している、とアタマは許袁呂に言った。
「そうか。……まっ、予行練習とは言ったが、お前は連れてくるだけでいい。後はくーに殺らせる。それと、俺の能力で足がつかないようにもしてやる」
許袁呂の提案は、アタマにとって都合のいいものばかりだった。
自分は、ただ『贄』を連れてくるだけでいい。
話術に自信はないが、そこは練習するしかないだろう。
連れてきた後は、「捧げます」とだけ言えばいい。
悲鳴も恨み言も、肉や骨の潰れる音も、みんな花になってくれる。
後は、誰に何を聞かれても、知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。
いや、足がつかないのならば、それすら心配しなくていい。
自分の『罪悪感』や『精神力』を鍛えれば、それで――。
(……でも、それって本当にいいのかな?)
アタマの脳裏をよぎるのは、半年ほど前に読んだ小説だ。
主人公がクラスメイトの一人に校舎裏へと呼び出され、イジメっ子たちから酷い目に遭わされるシーンがあった。
(今の私は、その『主人公を校舎裏に呼び出したクラスメイト』だ。これから酷い目に遭うのが分かっているのに呼び出して、自分は無視を決め込む存在。「私は呼び出しただけ、貴方が酷い目に遭うだなんて知らなかった」と言い訳して、結局、何のお咎めもなくそのまま放置されて終わったキャラクター……)
あの時、アタマが一番苛立ったのは、イジメっ子でも裏で加担していた親友でもなく、『主人公を校舎裏に呼び出したクラスメイト』だった。
制裁を受けていれば、また評価は違ったのかもしれない。
けど、いつの間にかフェードアウトしてしまっていた。
(火勿君が『贄』になるって分かっているのに、私は、自分の手を汚すことなく「捧げます」と言うだけ。そんなのっておかしいよね。……関わったからには、するべきことをしないと。でも――)
思い悩むアタマの肩に、くーがちょこんと乗っかった。
主人を慰めるように、ぽっちゃりをした体を頬に擦り付ける。
「……ありがとう。ごめんね。こんなウダウダ悩む飼い主で」
優しく頭を撫で、顔を上げたアタマは「あれ?」と首を傾げた。
テンの両親の死体を持って来た鳥が、いつの間にか消えていたのだ。
許袁呂を見ると、彼は「テンの所に行ったぞ」と骨の欠片を噛み砕く。
「ということは、また人間の死体が増えるんですか?」
「……いんや。かろうじて生きているな。今のところ」
千里眼でも持っているのか、許袁呂は目を細めてニヤリと笑った。
次いで、「この近くに住んでいたのが運のつきか」と肩をすくめる。
(わー、嫌な予感しかしない)
アタマはそう思いながらも、許袁呂に向かって疑問を口にした。
「えっと、さっき死体を食されていましたけど、捧げものとして殺された訳じゃない人間って、なにか効果はあるものなんですか?」
「おお、なかなかにえげつないことを言うようになったな。正直なところ、あまりない。だが、お前が『捧げます』と言ってくれたから、こうして『怪事件』を作れるようにはなった。長時間実体化したり広範囲を移動できるようになるのは、まだまだ先の話だけどな」
「千里の道も一歩、とは言いますが、先は長いですね」
「まるで、千里の道を共に歩いてくれるような言い草だな」
「はい。さっきの一件で、覚悟は決まりました」
即答したアタマに、許袁呂は驚いたように眼を瞬かせた。
「……ただ、幾つか問題がありまして」
「なんだ?言ってみろ」
「『贄』を殺すとき、許袁呂さんやくーちゃんに任せるのは、なんだか酷く卑怯な気がして。でも、私の力では、人を殺すことができるかどうか。反撃されて返り討ち、って可能性の方が大きくて……」
できれば一瞬で殺したい、とアタマは語る。
許袁呂が「仏心か?」と問うと、静かに首を横に振った。
「やっぱり、供物も贄も綺麗な方が良いじゃないですか。……ですが、さっきもお話ししたように、私は弱い。歴史小説に出てくる剣豪のように、一太刀で相手の命を奪うだなんてことできません。抵抗されて、傷だらけにしてしまいます」
誰だって、ご飯やみそ汁、肉が一つの皿の上でぐちゃぐちゃに混ぜ合わされた生姜焼き定食を出されるより、綺麗に然るべき皿に乗っているものを出された方が良いはずだ、とアタマは言う。
「違いない」
許袁呂は何度も頷き、納得の意を示した。
「で、どうする?夕方まで時間があるぞ」
「そう……ですね。家にお金を取りに帰って、なんかいい物を買ってきます」
「いい物?」
「いや、その、火勿君の最後の晩餐的なものを……」
「お前、虫も殺さぬような顔で残酷なことを言うな。嫌いじゃないぜ」
許袁呂に一礼し、アタマは沼を後にした。
■
「とはいえ、火勿君の好きな食べ物って知らないな。……あたりまえか。火勿君どころか、極々偶に喋るクラスメイトの好きなものも知らないし」
バス停を幾つか超えた先にある『シャインモール』と言う大型商業施設で、アタマは途方に暮れていた。
「そもそも、最後の晩餐を欲しているのかすら知らない」
いつもの老舗の和菓子屋にするか、と椅子から腰を浮かす。
休日とうだるような暑さが重なって、モール内は人が多かった。
誰も彼もが、涼を求めているのだ。
「……許袁呂さんは、暑くないのかな?いつも着物を着こんでいるけど」
そんなことを考えながら、アタマはフードコートへと足を踏み入れる。
昼がまだだったと思い、ラーメンを食べることにした。
メンマを咀嚼しながら、「私って変だな」と思う。
(よく、殺人現場とかを見てしまったら、ショックでご飯が食べられなくなるなんて話を聞くけど、私は今こうしてラーメンを食べている。ついさっき、血濡れの死体を見てきたところなのに。……いや、さっきだけじゃない。ラワタちゃんの時だって、あんなショッキングな映像を見たのに、普通に布団に入って寝た。ちょっと、目が冴えはしたけど、それだけ)
「……変を通り越して、ヤバいな気がする」
チャーシューを咀嚼し、ごくっ、と飲み込む。
(でも、それ以上に感情が動かない。勿論、ビックリはしたし本能的な怖さはあったけど。なんて言ったらいいんだろう。生きている人間の方が怖い……とでも言えばいいのかな。よく分かんないや)
ずずっとスープを飲み干し、返却口に持って行く。
ラーメンで熱くなった体に、モール内の冷たさが心地いい。
「さっ、戻るとするか」
ぐっと両手を握り締め、アタマは何に対してか分からない気合を入れた。
■
「……あの、火勿君、この人は?」
アタマは、テンの前に転がっている人物を指さした。
沼に到着した三十分後に、テンの使いである鳥が運んできたものだ。
年の頃は、アタマたちよりも二、三歳は下だろう。
中性的な顔は血にまみれているのに加え、かなり汚れていた。
服も中性的であるため、男か女かは分からない。
「俺の親戚のお姉さんの子供」
笑顔でそう話すテンに、アタマは「そうなんだ」と頷いた。
「お姉さんって言っても、かなり年が離れていて、子供の頃はよく遊んでもらったんだ。……照れくさいけど、今思えば『初恋』だったのかな。優しくて、面倒見が良くて、おっとりとしていて、子供……こいつが生まれた時、旦那さんと二人して、すっごい嬉しそうな顔をしていた」
テンは、懐かしむように目を細めた。
しかし、直ぐに顔に影が差した。
「……こいつは、そんなお姉さんを殺したんだ」




