↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/37

雑音を消す・下

 「あの人は、『お父さんの言う通りにしてbot』だった……」

 テンは、庇われなかった悲しさを宿した目をアタマに向ける。


 「まあ、気持ちは分からないでもないけどね。誰だって怒鳴り声は怖いし、暴力は振るわれたくない。力の差がありすぎたってのもある」


 「そ、それを言われちゃうと、何とも言えないな……」

 アタマは自身の弱々しい手を見つめ、テンの母親の立場を想像した。


 「私の立場だから、『離婚したら良かったのに』とか『訴えたらいいのに』って言えるけど、実際は色々と難しいんだよね。親戚の目とかお金のこととか、お互いの気持ちだってあるだろうし……」


 親権とか、とは聞けずアタマは言葉を濁す。

 テンは何度も相槌を打つと、「まぁね」と肩をすくめた。


 「穏やかな時は本当に穏やかだったから、切り捨て難かったのかもしれない。……恋愛なんてしたことないから、よく分からないけど」


 (そうなんだ。私が知らないだけでいると思っていたのに。……でも、今の話を聞いたら、恋とか愛にキラキラしたものを見出せないか)


 「……うん。花畑(はなばたけ)さんが考えている通りだよ。あの二人を見ていると、どれだけ愛し合って結婚しても、結局はああなるんだって胸の中を冷たい風が吹き抜けて行ってね。正直、怖くて嫌だったんだ。虚しくてさ」


 ぎりっと拳を握り締め、テンは痛みに耐えるような顔をする。

 そして、「さっきの話だけど――」と口を開いた。


 父から「走るのが遅い!」と怒られていても、さっと目を逸らす。

 そのくせ、体育の授業でタイム測定があった日は、恐る恐る尋ねてくる。


 どうだった、と。

 無言で紙を差し出しても気にすることはなく、食い入るように数字を見る。


 そして、「よかった。これでお父さんの機嫌は普(・)通(・)ね」か「……ねえ、どうしてお父さんの言う通りにしてくれないの?」のどちらかが返ってきた。


 「……良いタイムが出た時だって、喜んではくれなかった。ホッと胸を撫で下ろすだけ。でも、それって『喜ぶ』じゃないよな」


 加えてテンを悩ませていたのは、父の『怪我マウント』だった。

 父が高校生の頃、交通事故で大怪我をしたという話。


 「俺が風邪で寝込んだときとか、目に菌が入って病院に行ったときとかに『大事が無くてよかった。まっ、俺が高校生の時にした怪我と比べたら――』って小学生の子供に言うんだ。母さんは『お父さんなりの励ましなの。不器用な人だけど、本当は凄く心配しているのよ』って言っていたけど、しんどい時に言われると、どうしても好意的に受け取ることができなくてさ」


 「うん、こう言ったらあれだけど、ムカつく話だね」

 怒りを滲ませるアタマに、テンは「やっぱ変わっているね」と苦笑した。


 「……ただ、そうやって怒ってくれてちょっと嬉しい。その、俺が望んでいたのって、それだったからさ。理不尽を怒ってほしかったんだ」


 悲しげに微笑むテンを見て、アタマはハッとした。

 少し話をしただけで、彼が両親を殺したことを忘れそうになっていたからだ。


 「何度もごめん。話を戻すけど、そんな感じで鬱屈とした毎日が続いてたんだけど、さっきテレビでスポーツの映像が流れて、その時――」


 野球かサッカーでもよかったかもな。


 「……って、父さんが笑いながら言ったんだ。あれだけ『高い陸上用の靴買ってやったのに』とか『お前がやりたいって言いだしたんだろ』とか言っていたくせに、急に頭の中の歴史を書き換えたんだ。……それに、ぷつん、と後頭部の後ろ辺りから音が聞こえて、気づいたら刺してた」


 「はあ!?」や「ふざけんな!」と思う気持ちすらなく、無表情のまま包丁を手に取り、何の躊躇いもなく父の背中めがけて突き刺した。


 同時に、テンの脳裏をある記憶がよぎった。

 体調が悪く、いつもより走る速度が遅かった時の記憶だ。


 顔を伏せるテンに向かい、父は「男だろ!ビクつくなっ!!」と怒った。

 子供の体調不良に、気づくことなく。


 俺に怒られたからむくれている、そう解釈して――。

 何度も包丁を振り下ろしながら、テンは「今思うと……」と心中で呟いた。


 (父さんが怒鳴ることを止められなかったように、俺も、怯えることを止められなかった。……ははは、すごい顔だな。あと、血の臭いに噎せ返りそうだ)


 父が完全に息絶えた直後、母が買い物から帰って来た。

 いつも父が飲んでいる種類の茶が冷蔵庫になくて、買いに行っていたのだ。


 ドサッと買い物袋を落とし、呆けたように口を開いて固まっている。

 そうだろうな、とテンは思った。


 誰だって、こんな状況を見たら固まってしまうだろう、と。

 散らばったペットボトルが、日の光を反射して煌めいている。


 (でも、ここまで来たらもう止められない……さようなら)

 漸く状況を理解した母が悲鳴を上げるより早く、テンは包丁を振り上げた。


 「――とまあ、ざくっとした流れはこんな感じ」

 説明を終えたテンは「それにしても暑い」と鞄からペットボトルを取り出す。


 包丁と一緒に入れていたからか、白いキャップに血が付着していた。

 アタマの耳に、蝉の声が戻ってくる。


 「……不思議と、後悔はしていないんだ。いつかはこうなると思っていたから」

 「……そっか」


 面白そうに二人を見ていた許袁呂(こをろ)は、「もっと気の利いたことを言ってやれ。今からこいつを捧げないといけないんだぞ」とアタマを見た。


 「捧げるってことは、火勿(かぶつ)君を殺すってことですよね?」

 「そうなるな。……どうする?こんな感じだぞ?」


 許袁呂の視線を受け、テンは「そりゃあそうだよね」と笑う。

 全てが異常な世界に、アタマは頭がくらりとした。


 「こうなるんじゃないかとは思っていたよ」

 「ご、ごめん」


 「花畑さんが謝る必要ないって。誰だってそうなるよ。……ただ、半日以内に答えが欲しい。引き延ばしをし過ぎると、それこそ鈍る」


 テンは、ペットボトルに入っていた茶を一気に飲み干すと「でも、こっちの方が良かったかもしれない」と立ち上がる。


 「そうか。……準備が終わったぞ!受け取りな!!」

 許袁呂はそう言うと、ぽっちゃりとした手を天に向けた。


 「実は、二日ほど前にこいつから供物を受け取っていてな。それなりに強いモノが作れるようになったんだ!人間でないのが残念だが」


 アタマに説明を終えると同時に、許袁呂は手を降ろす。

 二人の目の前に、くーの何倍もデカい鳥が現れた。


 「わあ、すごい!昔の写真かなにかで見た、薬局の前とかに置いてある乗り物くらいの大きさだ!百円入れたら動くやつ!」


 「あのなぁ、もっと良い例えはないのか?」

 「す、すみません」


 アタマは許袁呂に頭を下げた後、テンに向き直った。

 何度も口を開閉し、視線を泳がせる。


 「……あー、供物のことでしょ?小動物とだけ言っておくよ。正直、罪悪感としては小動物(あっち)の方が上かな。何もされてないし」


 さらりと言ってのけるテンに、アタマは唾を飲み込む。

 箍が外れた人間を目の当たりにし、自然と体が震えた。


 「じゃあ、俺ちょっと行くところができたから、夕方またここに来てよ。それまでに、覚悟を決めておいてほしい。勝手な頼みであることは百も承知だけど」


 テンはそう言うと、足早に去って行った。

 同時に、くーの上位互換のような存在も消える。


 「あ、あれ、消えちゃいましたけど」

 「ああ、まあ見てろ」


 許袁呂が言い終わらないうちに、鳥は戻って来た。

 そして、アタマの目の前にテンの両親の死体を置いた。


 「……っ」

 「おっと」


 後ずさり沼に落ちそうになったアタマの背を、許袁呂は難なく支える。 

 程よい柔らかさとぬくもりに、アタマは「ふう」と息を吐く。


 「予行練習だ。この二人を俺に捧げてくれ」

 「…………さっ、捧げ、ます」


 アタマが手を合わせると同時に、許袁呂は本来の姿に戻った。

 そして、美味そうに死肉を喰らいだした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。