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錬金術師の助手は余計なお世話が止まらない  作者: 螺旋


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9/10

顧問

 三日後の朝、ギルドの使いが書面を届けに来た。


 封蝋にギルドの紋章が押された正式な書簡。中を開くと、「技術顧問委嘱状」と書かれた羊皮紙が一枚。ノエル・ヴァイスをレーゲン支部の技術顧問に委嘱する。期間は一年。報酬は月額金貨二枚。署名欄にハーゲンの名前と、支部の印。


 金貨二枚。悪くない額だ。悪くないが、それは金額に見合う仕事を求められるということでもある。


「ご主人様。委嘱状の写しを記録してもよろしいでしょうか」


「……好きにしろ」


「ありがとうございます。なお、委嘱状の内容に基づき、工房の肩書を更新させていただきます」


「肩書?」


「応対スペースの張り紙を『ご依頼受付中——錬金術師ギルド技術顧問・ヴァイス工房』に変更いたします」


「するな」


「既に完了しております」


 ノエルは応対スペースに出た。壁の張り紙が新しくなっていた。丁寧な自動筆記の文字で、確かに「錬金術師ギルド技術顧問」の一行が追加されている。


「いつ書いた」


「委嘱状をお受け取りになった直後です。所要時間は十四秒でした」


 十四秒。早すぎる。文面を考える時間を含めたら、委嘱状が届く前から用意していたとしか思えない。


「シフ。これを見た来客がどう反応するか、分かっているのか」


「はい。工房への信頼度が向上し、相談件数の増加が見込まれます」


「それが問題だと言っている」


「ご主人様。信頼度の向上は、依頼の質の向上にも繋がります。現在は雨漏りや猫探しの相談も含まれておりますが、ギルド顧問の肩書が付くことで、より技術的な案件に依頼層が絞られる可能性があります」


 ……それは、一理ある。


 雨漏りは錬金術の範疇ではない。猫も違う。技術的な案件に絞られるなら、シフの対応負荷も減り、ノエルに火の粉が飛ぶ頻度も——


 いや、違う。肩書が付けば、来る依頼は増える。いくら質が上がっても、量が増えれば同じことだ。


「ご主人様。本日最初のお客様がお見えです」


 扉が開いた。入ってきたのは、見覚えのある鍛冶師だった。あの温度計の男だ。修理品を受け取りに来たのだろう。


「先生、おはようございます! あ、張り紙が——」


 男の目が壁に止まった。


「ギルドの技術顧問! 先生、とうとうギルドに認められたんですなあ!」


 とうとう、という言い方が引っかかる。まるで以前から当然そうなると思われていたような口ぶりだ。


「いやあ、仲間にも伝えないと。『あのヴァイス先生がギルドの顧問だ』って——」


「あまり広めないでいただけると」


「先生は相変わらず謙虚ですなあ」


 謙虚ではない。本心だ。だが本心を言えば言うほど謙虚に聞こえるという構造は、もう嫌というほど理解している。


 鍛冶師が修理品を受け取って帰っていった。扉が閉まる前に、通りで誰かに話しかける声が聞こえた。「ヴァイス先生がギルドの——」。扉が閉まって、その先は聞こえなくなった。


 聞こえなくてよかった。


 二人目の来客。三人目。四人目。全員が張り紙を見て反応した。「おめでとうございます」が三回。「やっぱり」が一回。


 やっぱり。どういう意味だ。


「ご主人様。午前の来客対応が完了いたしました。本日の新規は六件です」


「昨日は?」


「四件です」


 増えている。初日から増えている。


「なお、六件のうち二件は『ギルド顧問に相談したい』と明言されておりました」


「それは——ギルドを通すべき案件じゃないのか」


「ご指摘の通りです。しかしお客様は『直接来た方が早い』とおっしゃっておりました」


 ギルドの顧問になった結果、ギルドを通さずに直接来る人間が増える。本末転倒だ。


「シフ。ギルド顧問宛の案件は、ギルドの窓口に回せ。工房で直接受けるな」


「かしこまりました。ギルド案件の受付をお断りし、支部窓口をご案内する旨を対応方針に追加いたします」


 それでいい。線を引かなければ、工房がギルドの出張所になる。


 ノエルは奥の作業机に戻った。仮説五番。二層構造の干渉波形。外層の配合比を四対一・五から四対一・二に変えたときの——


「ご主人様。ハーゲン支部長からの伝言がございます」


「……何だ」


「南街区の排水路について、来週の五の日に現場視察を予定しております。先生のご同行をお願いしたい、とのことです」


 来週。現場視察。同行。


「月に一度と言ったはずだ」


「ハーゲン支部長は『正式な顧問業務は来月から。今回は事前の現場確認という位置づけ』とおっしゃっておりました」


 事前の現場確認は顧問業務ではないのか。その理屈が通るなら、毎月の業務の「事前確認」で毎週来ることになる。


「ご主人様。ご返答はいかがいたしましょうか」


 断る理由を探した。五の日。仮説五番の検証は、予定通りなら四の日までに試作に入れる。五の日は試作の評価日だ。ずらせるか。ずらせなくはない。


「……午前中だけなら」


「かしこまりました。『午前中のみ同行可能』とお伝えいたします。なお、現場視察に際して、南街区の排水路に関連する蔵書データを事前にまとめておきましょうか」


「頼む」


 言ってから気づいた。結局、シフの知識に頼っている。ハーゲンの前で見せた「知識の使い方」は、そのまま続いている。


 ペンを持ち直した。二層構造。配合比。干渉波形。


 研究に戻る。来客が何件来ようと、ギルドから何を頼まれようと、ペンを止めない。それだけがノエルに残された、自分の時間だ。


 午後。シフが来客対応をしている声を背中に聞きながら、ノエルは羊皮紙にスケッチを描き続けた。四対一・二の配合比。外層の刻印線を内層より〇・三ミリ太くする。干渉波形のシミュレーション結果を計算し、数値を並べ、比較し——


「ご主人様」


「……何だ」


「本日の来客の中に、水源地の近くにお住まいの農家の方がおられました。最近、井戸水の味が変わったとおっしゃっていました」


 ペンが止まった。


「……変わった?」


「苦い味がする、と。舌がぴりぴりする、とも。今までこんなことはなかったそうです」


 苦味。舌の痺れ。井戸水に。突然。


 南街区の排水路。鍛冶区画の魔導合金の廃液。地下水脈。


 ——繋がるか?


「シフ。その農家の方の井戸の位置は」


「町の北東、水源地の近くです。南街区からは離れておりますが、地下水脈は未調査のため、関連は不明です」


 関連は不明。だが、排水路の廃液が地下水脈を通じて井戸水に混入しているとすれば——


 ノエルは仮説五番のスケッチの上に、新しいメモを重ねた。水源地。地下水脈。魔導合金の廃液。


「……面白いな」


 口から出た言葉に、自分で驚いた。面白い、と言ってしまった。これは研究ではない。町の問題だ。顧問の仕事だ。


 だが、原因の分からない現象の構造を推測するのは——研究と同じだ。


「ご主人様。その情報は来週の現場視察に関連する可能性がございます。ハーゲン支部長にお伝えしますか」


「……ああ。伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 ノエルはスケッチに目を戻した。仮説五番と、水源地の問題が、机の上で隣り合っている。


 研究がしたいだけだ。それは変わらない。


 ただ——町の問題の中に、研究と同じ匂いがすることは、認めざるを得なかった。

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