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錬金術師の助手は余計なお世話が止まらない  作者: 螺旋


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4/10

何でも屋の誕生

 朝、工房の扉を開けて換気をする。それだけの動作のはずだった。


 扉の前に三人立っていた。泥のついた長靴を履いた白髪混じりの男、頬を赤くした若い女性、薬草の束を抱えた老婦人。


「あ、開いた」

「すまない、朝一番で来てしまったんだが」

「順番は私が先ですよね? さっきからずっと待っていたんですから」


 ノエルは反射的に扉を引き戻しかけた。


 だが三対の目が期待に満ちてこちらを見ている。朝日を浴びた三人の顔には、明らかに「噂を聞いて来ました」と書いてあった。


「……シフ」


「はい、ご主人様。おはようございます。本日の予想来客数は七件です。昨日の口コミ拡散速度を変数として——」


「いい。対応を頼む」


「承知しました」


 ノエルは三人に軽く頭を下げて奥の作業机に戻った。仮説五番の検証が待っている。昨日の夜、寝際に閃いた魔導刻印の重ね書きの新しいアプローチ。あと一歩で何かが掴めそうな、あの感覚が残っている。


 背後でシフが応対を始めた。


「お待たせいたしました。ご来訪、誠にありがとうございます。順にお伺いいたしますので、少々お待ちください。なお、お待ちの間にこちらの受付票にご依頼内容をご記入いただけますと、対応がより迅速になります」


 受付票。いつの間に用意した。


 最初の依頼人は農夫だった。家畜小屋の壁材が劣化したので、長持ちする建材が欲しいという。


「壁材の劣化ですね。家畜の種類、小屋の方角、使用年数をお教えいただけますか」


 農夫が答える。牛三頭、南向き、築十二年。


「南向きの場合、日照による素材の膨張収縮が主因です。通常の補修では五年で再劣化しますが、素材錬成で耐熱処理を施した合金板であれば——」


 ノエルの手が止まりかけた。家畜小屋の壁材に合金板。過剰だ。明らかに過剰だ。


「——二十年以上の耐用年数が見込めます。費用は通常の補修の約二倍ですが、補修頻度を考慮しますと総コストは三割削減されます」


 費用対効果まで計算している。家畜小屋の壁に費用対効果分析を持ち出す助手が世界のどこにいる。


「おお、そりゃあいい。先生のところは何でも分かるっていう噂、本当だったんだな」


「ご主人様は素材錬成と魔導刻印の両方に精通されておりますので、建築材料のご提案も得意分野のひとつでございます」


 得意分野が増えている。昨日は土壌錬金学で、今日は建築材料か。


 最初の依頼人が満足顔で帰り、すぐに二人目が座った。


「あの、恥ずかしいんですが……」


 若い女性の声だった。声色からして二十代前半。緊張している。


「どのようなご依頼でも承ります。お気軽にどうぞ」


「その……好きな人がいるんですけど、気持ちを伝える方法が分からなくて」


 ノエルの手が完全に止まった。


 恋愛相談。


 錬金術師の工房に恋愛相談が来ている。


「承知しました。恋愛に関するご相談ですね。まず確認ですが、お相手はどのような職業の方でしょうか」


 シフが受けた。当然のように受けた。当然のようにヒアリングを始めた。


「鍛冶師なんです。毎日剣を打っていて、話しかけるタイミングが——」


「鍛冶師の作業サイクルですと、午前中は炉の温度管理に集中しますので、午後の休憩時が最適な接触機会です。また、鍛冶師は自分の作品に対する評価を重視する傾向がございます。お相手の作った製品を具体的に褒めることで、好意的な会話の起点が形成されます」


 何の文献を参照してその回答を出している。


「すごい……やっぱり先生のところに来てよかったです」


「なお、ご主人様は人間関係の機微にも深い洞察をお持ちです。かつて——」


「シフ」


 ノエルは声を上げた。奥の作業机から。


 一瞬の沈黙。


「はい、ご主人様」


「恋愛相談に俺の名前を出すな」


「善処します」


 善処じゃない。やめろ。


「ちなみに補足ですが、ご主人様ご自身は恋愛の経験が乏しいため、理論的な助言に留まる可能性がございます」


 聞こえている。依頼人にも聞こえている。今のは訂正ではなく別方向の被弾だ。


「あの……先生って面白い方なんですね」


 面白くない。面白くないが、もう訂正する気力がない。


 三人目は薬草の配合だった。これは昨日も似た依頼があった。シフが淀みなく対応する。四人目は魔導具の修理。扉の開閉が繰り返されるたびに通りの喧騒が入り込み、そのたびにノエルの集中が途切れた。五人目は井戸水の水質検査。六人目は——


「屋根の雨漏りなんですが」


 雨漏り。


 ノエルは額を押さえた。研究メモの上に小さな文字で「なぜ雨漏りの相談が錬金術師に来るのか」と書きかけて、消した。


「雨漏りの原因特定には、屋根材の種類と築年数、降雨時の漏水箇所の情報が必要です。差し支えなければ——」


 シフは受ける。全部受ける。錬金術と無関係の依頼でも、論理的に解体して対処法を提示する。依頼人は満足して帰る。そして通りで知人に言う。「あの工房、何でも分かるぞ」と。


 何でも分かる工房。


 俺は錬金術師だ。雨漏り直しでも、縁結びの神さまでも、大工の棟梁でもない。


 だがシフにとっては全て同じなのだ。情報を参照し、分析し、最適解を出力する。相談の内容が錬金術かどうかは、シフの処理には関係がない。


 ——夕方。


 七人目の依頼人が帰った後、ノエルは冷めた茶を一口飲んだ。仮説五番の検証は三割しか進んでいない。シフの応対で集中が途切れるのと、合間に壁材の耐熱処理や薬草の調合を実際にやる羽目になったのが原因だ。シフは受注と助言はできるが、炉を使う実作業は肉体を持たない以上できない。結局、手を動かすのは俺だ。


 明日は耳栓をしよう。


「ご主人様。本日の業務報告です」


「……ああ」


「来客七件。全件対応完了。内訳は、錬金術関連が三件、非錬金術関連が四件です」


「過半数が専門外じゃないか」


「はい。ただし依頼主の満足度は全件高評価です。なお、本日の依頼主のうち五名が初来訪です。全員が『噂を聞いた』と回答しています」


 五名が噂経由。一週間前はゼロだった。


「加えて、帰り際の会話を音声走査した結果、三名が『何かあったらまた来る』と発言しています。リピート率は推定六割以上です」


「リピートされても困る」


「なぜでしょうか。リピーターの増加は工房の信頼性を示す指標です」


「俺は錬金術の研究がしたいんだ。何でも屋をやりたいわけじゃない」


「記録しました。しかし補足ですが、依頼処理の実務は全て私が担当しておりますので、ご主人様の研究時間への影響は軽微です」


 軽微ではない。お前の応対が聞こえるたびに手が止まっている。だがそれを言うと「防音処理を施しましょうか」と言われて工房を改造されかねない。


「……もういい」


「ちなみに、明日の予想来客数ですが、本日の口コミ拡散パターンから推計して、九件から十一件です」


 増えている。まだ増えるのか。


「ご安心ください。十五件までは現在の対応体制で処理可能です」


 安心できる要素がどこにもない。


 ノエルは窓の外に目をやった。通りを歩く人が、また工房の前で足を止めている。目が合った。相手がぺこりと頭を下げた。


 頭を下げ返して、窓から離れた。


「……シフ」


「はい」


「専門外の依頼は断っていいぞ」


「承知しました。ただし、断る基準をご教示ください。どこまでが専門内で、どこからが専門外でしょうか」


「錬金術に関係あるかどうかだ」


「では確認ですが、本日の雨漏りの依頼は、屋根材の防水処理に素材錬成を提案しましたので、錬金術関連に分類されます。恋愛相談は、錬金術で作成した香水の提案を含みましたので——」


「全部錬金術に繋げるな」


 一拍の沈黙。


「仕様です」


 仕様じゃない。


 だが今日も、反論する隙がない。理屈の上ではシフの分類に矛盾はない。素材錬成で防水する。魔導刻印で壁材を強化する。錬金術で調合した香水で恋を——いや、それは違う。違うが、シフの論理構造ではどうやら同列らしい。


 ノエルは作業机に向き直った。仮説五番の残り七割。明日に持ち越しだ。


「明日は耳栓をする」


「音声走査によりますと、市販の耳栓では私の出力音量を完全に遮断できません。より効果的な遮音をお望みでしたら、魔導刻印による——」


「いらない」


「記録しました」


 何を記録した。「耳栓の提案を拒否」か。それとも「ご主人様は騒音に対する対処を求めているが解決手段は自力で選びたい」か。


 考えるのをやめた。どうせ聞いても「仕様です」で返される。


 窓の外が暗くなっていく。明日は九件から十一件。来週にはもっと増えるかもしれない。


 嫌な予感は、もはや予感ではなく確信に近い。


 だが仮説五番の検証は、それでも明日やりたい。

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