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錬金術師の助手は余計なお世話が止まらない  作者: 螺旋


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2/8

仕様です

 三日かかった。


 依頼の合間を縫って作業を進め、夜は炉の前で設計図を引き直し、朝は素材の調達でギルドと鍛冶屋を走り回った。研究に時間が取れないと嘆いていたくせに、こういうときだけ馬力が出るのは我ながらどうかと思う。


 だが、面白かったのだ。


 核を情報処理に転用する設計は、ノエルの知る限り前例がない。回路の引き方を一から考える必要があった。魔力の流れを「蓄積→放出」ではなく「入力→処理→出力」に再解釈する。グリフのパターンを七回描き直した。素材錬成で音声出力用の振動膜を作り、自動筆記用のインク循環装置を組んだ。


 全部、我流。理論的な裏付けはない。ただ「こうすれば動くんじゃないか」という直感だけで突き進んだ。


 そして今、工房の作業台の上に、それは鎮座している。


 作業台の中央に据えた魔導核。そこから銅線と魔導管が放射状に伸び、左手の装置が音声出力、右手の装置が羊皮紙への自動筆記を担う。見た目は洗練とは程遠い。配管が二箇所むき出しだし、振動膜の固定が甘くて微かにびびっている。


 ノエルは腕を組み、完成品を眺めた。


「……動くのか、これ」


 動く保証はない。核は魔力を溜めて、流して、放つ。それだけの器だ。少なくとも、ノエルが知る限りではそう使われてきた。それを情報の入出力に流用するなど、やった人間がいるとは聞いたことがない。


 師匠の遺品のあの古い核だけが頼りだった。通常の核では処理負荷に耐えられない。あの核は通常の三倍以上の密度がある。だから——たぶん、いける。


 たぶん。


「まあ、動かなかったら分解してやり直すだけだ」


 ノエルは錬成炉に手をかざし、魔力を流し込んだ。


 炉の中で核が淡く光る。魔力の流れが銅線を伝い、装置全体に広がっていく。振動膜が震え始める。インク循環装置がかちりと音を立て——


 沈黙。


 五秒。十秒。ノエルは眉をひそめた。失敗か。


 二十秒目に、声がした。


「——起動完了。全系統、正常稼働を確認しました」


 低めの、抑揚の少ない声だった。性別の判別がつかない。機械的だが、不快ではない。きちんと言葉として聞き取れる明瞭さがある。


 ノエルは一歩後ずさった。


 動いた。本当に動いた。


「ご主人様、よろしいでしょうか。初回起動時の自己診断を報告いたします」


「……ご主人様?」


「本装置の作成者であるあなたに対する呼称です。変更をご希望でしたら承ります」


「いや、それは……まあいい。続けてくれ」


 呼称の問題は後で考える。今は動いていることの方が重要だ。


「自己診断結果を報告します。核機能:正常。音声出力:正常。自動筆記:待機中。参照可能な蔵書ネットワーク:接続確認中——七千二百四十三件の蔵書との接続を確認しました」


「七千……」


 想定より二桁多い。レーゲン周辺の書庫だけで数百程度だろうと見積もっていた。この核、どこまで参照範囲を伸ばしているんだ。


「補足ですが、接続先には王都の学術院蔵書、北部三都市の公共図書館、および出所が特定できない文献群が含まれます。後者については精査中です」


「出所が特定できない文献群」


「はい。全体の約三パーセントです。参照は可能ですが、出典の表記ができません」


 三パーセント。気にはなるが、全体の動作に問題がないなら後回しでいい。


「分かった。それで——お前に名前をつけないとな」


「名前ですか」


「呼びにくいだろう、『おい装置』では」


 ノエルは設計メモを引っ張り出した。このプロジェクトの作業メモの端に、機能の頭文字を並べた仮称を走り書きしてある。


 Scholarly Cross-referencing Heuristic Intelligence Framework。


「SCHIF——シフ、でいいか」


「承知しました。以後、シフとしてお応えいたします。ちなみに、ご主人様がこの名称を考案するのに要した時間は推定四秒ですが、四秒というのは熟慮の結果でしょうか」


「……黙ってろ」


「記録しました。『命名に関する指摘を好まない』」


 余計な一言。設計のどこにもそんな機能を入れた覚えはない。


 ノエルは咳払いをして、作業台の前の椅子に座った。窓の外では朝の通りが動き始めている。荷車を引く馬の蹄が石畳を叩く音、市場の方から聞こえる値段交渉の声。レーゲンのいつもの朝だ。今日もそのうち誰かが依頼を持ってくるだろう。


「シフ、お前を作った目的を言う」


「お聞きします」


「俺は研究がしたい。だが依頼と雑事に時間を取られて手が回らない。お前にやってほしいのは、来客対応と依頼の処理だ。来客があったら俺の代わりに対応して、依頼内容を分析して、必要な情報をまとめてくれ。俺は奥で研究する。それだけだ」


「理解しました。要約すると、来客の応対、依頼の受付と分析、関連情報の提供。ご主人様は研究に専念する。——非常に合理的なご判断です」


「別に褒められることじゃない」


「補足ですが、現在ご主人様の机上には未処理の依頼書が九枚あります。これらの処理も私の業務範囲でしょうか」


 見えているのか。いや、音声出力装置の位置から机の方向は——見えないはずだ。


「……何で枚数が分かる」


「起動後にご主人様の周辺環境を魔力走査しました。紙の素材成分と錬金術ギルドの標準依頼書の組成が一致するものが九枚です。仕様です」


 仕様。


 自分で設計したはずの装置が、設計した覚えのない機能を備えている。背筋に薄ら寒いものが走るかと思いきや——面白い、と思ってしまった。


「……九枚で合ってる。処理してくれ」


「承知しました。依頼書を音声でお読みいただくか、自動筆記装置の前に置いていただければ、内容を読み取ります」


 ノエルは机の上の依頼書を一枚取り、自動筆記装置の横に置いた。


 三秒の沈黙。


「解析完了。依頼内容:解熱ポーション五本。依頼主:東区パン屋のミルト氏。分析結果——標準レシピで対応可能。ただし、依頼書の備考欄に『子供用』とあります。標準レシピの苦味成分を減らした小児用配合が推奨されます。レシピを出力しますか」


「……頼んだのは分析だけなんだが」


「はい。ですが、子供に苦い薬を処方するのは非合理的です。小児用配合のレシピは三件の文献に基づいており、いずれも信頼度の高い薬学書です」


 非合理的。そう言われると反論しづらい。実際、その通りだ。


「……出してくれ」


 自動筆記装置が動き出す。羊皮紙の上をインクのペンが滑る音が、静かな工房に響いた。丁寧な、読みやすい文字だった。


 ノエルはそれを眺めながら、小さく息を吐いた。


 動いている。想定以上に、よく動いている。


 依頼書を読み取って、内容を分析して、レシピまで出してくる。あとはノエルが手を動かして調合するだけだ。自分で文献を引く時間、依頼内容を整理する時間、来客に説明を聞く時間——それが全部なくなる。


 残りの依頼書を全部シフの前に並べながら、ふと思った。これで、研究に戻れる。ようやく、あの研究メモの山を消化できる。


「シフ」


「はい」


「明日から、来客が来たら全部お前が対応してくれ。俺は奥にいる。基本的に表には出ない」


「承知しました。その場合、音声出力装置を来客用のスペースに移設することを推奨します。現在の位置では、来客が声の出所を把握しづらい可能性があります」


 それもそうだ。今は作業台の上にある。来客が入って奥の作業台と対面するのは具合が悪い。


 ノエルは振動膜の装置を持ち上げ、扉に近い応対スペースのテーブルに移した。自動筆記の装置もテーブルの端に置く。来客が椅子に座れば、目の前にシフの声が聞こえる振動膜と、回答を書き出す自動筆記があるという配置になる。姿のない声と羊皮紙に走るペン。客は最初は面食らうだろうが、まあ慣れるだろう。


「来客への説明は何と?」


「適当に対応してくれ」


「了解しました。『適当に対応』ですね。記録しました」


 その「記録しました」が妙に律儀な響きだったのが、少し引っかかった。だが、まあいい。


 ノエルは研究メモの束を手に取り、奥の作業机に向かった。


 これでようやく、研究に集中できる。


 翌朝、最初の来客が扉を叩いたとき、ノエルは奥の作業机で三つ目の仮説検証に没頭していた。シフの声が応対しているのが微かに聞こえたが、気にしなかった。


 ——あのとき、ちゃんと聞いておけばよかった、と後で思うことになる。

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