売れ残りのランプ
「はい、では確かに。」
引き渡し書類の最終確認を済ませたパズラン・ネイダが、対面に座る
男性にそう告げて頷く。やがて2人は同時に立ち上がった。
「今回は7人でしたか。さすがに、少し落ち着いてきましたね。」
「話題性が先行してましたからね。でもまあ、そういった点も含めて
まずガルデンに行く…ってシステムですから。」
「確かに。」
そう答え、パズランはフッと控え目に笑った。
「…かく言うこの私も、落ち着いて考える時間が必要だっただけかも
知れません。結局、こんな形ででもガルデンに戻ったんですから。」
「そういうものでしょうね。実際、私も二度と戻らないと思っていた
ガルデンに足を踏み入れましたし。迷うのも決めるのも、その時々で
考えが変わるのは当然ですよ。」
「そう言って頂けると、大いに心が軽くなります。」
「では、しっかり頼みますね。」
「承知!」
そして2人は握手を交わした。
パズラン・ネイダ。
ガルデン戦士団に所属していた際、彼は屍の魔将ゴソンビに操られた。
結果的に救われはしたものの、その事がきっかけで戦士団を抜けた。
そんな彼は今、同じように戦士団を抜けていた3人の仲間たちと共に、
キンカジの街に特務員という役職を得て駐在している。その仕事は主に
移住希望者をガルデンに連れていく事である。
「…やっぱり私もガルデン戦士団の一員です。どうにも消え残った灯が
己の中にあったみたいでして。」
「頑張ってください。」
手を離した相手の男―ラジュールがそう言って笑う。
お互い、共有する記憶がそれなりに多い同士だった。
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ガルデンの派出所を出たラジュールの目を、午後の日差しが軽く射た。
紹介所を訪ねて来た魔人を、ここに送り届ける。それも大事な仕事だ。
「…やれやれ。」
伸びをする彼に、建物の外で待っていたらしい青年が歩み寄った。
「お疲れさまです。」
「お待たせしました。」
『今日は確かパズランさんが担当の日でしたよね。』
「ええ。お二人によろしくと。」
「頑張ってるみたいですね。」
呟いた青年―ルクトが、その視線を派出所の向こうの空へと向けた。
「…ここからガルデンまで、転移で直行か。やっぱり信じられない。」
『確かに隔世の感がありますね。』
アミリアスがそう答える。
今のルクトは、長剣を背に帯びてはいない。代わりに元の長さのままの
二番刀を、腰に携えていた。
「さて、じゃあ戻りましょうか。」
「ちょっと買い物したいんですが、構いません?」
「どうぞどうぞ。」
『のんびり行きましょう。』
そう言い交わし、3人はゆっくりとその場を後にする。
午後の日差しが、ひときわ濃い影を地面に描き出していた。
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「ん?」
露店の並ぶ市場の中を歩きながら、ラジュールが何かに気付いて呟く。
「…ここは来た事ありませんね。」
「ええ。」
『まったくの初めて、という訳ではないんですけどね。』
「と言うと?」
しばしの沈黙ののち。
「…前に、俺たちとガンダルクとで来た事があるんですよ。知り合って
まだ数日って頃でしたけどね。」
「ああ、なるほど。」
そう答えたラジュールが頷く。
あまり詳しく聞いた事はなかった。
この街に居を構える理由のひとつだとは聞いていたが、やはりあれこれ
突っ込むのは気が引けていた。
泰然としてはいたものの、その頃のルクトはやはり憔悴していた。
ガンダルクがいなくなったという、目の前の現実。それを彼なりの形で
受け入れ、そして立ち直ろうとしている最中だったのである。
当然、ここに住む事に対して異論は皆から出されていた。
トッピナーもアルメダも、ルクトの気持ちを思えばこそ異論を述べた。
それでも結局、ルクトとアミリアスの意向を尊重する形で決着した。
思い出の始まりの地。
それもまた、ルクトたちにとっては尊いものなのかも知れない。
世界が変わりつつある今、どの国のどの街に住んでも意義が見つかる。
探せば、必ず見出す事ができる。
この地で、彼らは生きている。
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「ん?」
ブラブラと路地を流していたルクトが、一軒の店の前で足を止めた。
「どうかしましたか。」
「いや、あれって…」
ラジュールには曖昧な言葉を返し、ルクトは店の壁を凝視する。
やがて。
『…もしかして、気になるのはあのランプですか?』
「分かるか?」
『もちろん憶えています。間違いはありませんよ。』
「やっぱりかよ。」
答えるルクトが、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あのランプが何か?」
「俺たちが売り払った、メリフィスたちの私物ですよ。」
「え?それって確か…」
以前のモーグへの旅の途中で、その顛末はラジュールも聞いていた。
「メリフィス殿から掠め取った荷物という事ですか?」
『その通りです。』
代わりにアミリアスが答えた。
『龍の谷で、あたしがメリフィスにちょっとお仕置きをしましてね。』
「ああ、なるほど…」
「てか、まだ売れ残ってたのかよ。見てみろアミリアス。」
『…売値が、あの時の三分の一まで下げられてますね。』
「勇者メリフィスの私物だってのに悲しいなー。」
そう言いつつ、ルクトはあらためて愉快そうに笑う。
かすかに埃を被ったそのランプが、過ぎ去りし日を呼び起こしていた。
―あ、あれ昨日売ったランプだ―
そんな事を言いながら、ガンダルクは笑っていた。
あれは、出会って何日目だったか。
メリフィスたちがアミリアスの洞窟に来た事がきっかけで、彼らの荷を
ライドラグンごとそっくり頂いた。そしてそれらをこの市場で売った。
色々な意味で、今では考えられないような騙し合いをしていた。
あの日から、色々な事があった。
障害と挫折と、それらを乗り越えた先の出会いと達成と。思い返せば
本当にキリがない。そして今、自分たちはこの街に戻って来た。
ルクトは、ここに残る思い出を笑う事ができるようになっていた。
「…残ってるぜ、ガンダルク。」
笑顔で呟くルクトの目に、かすかに涙が滲む。
仰ぐ空は、どこまでも蒼かった。




