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  作者: 梶島
『Fairy Tale』
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11/19

恋人×妖艶

そうして、あたし達の『悪夢への介入』にオーレも付いてくることとなった。

扉に入る前に、その先が悪夢かどうかはバクが判断する。

残念ながらあたしにはそこまでの気配が読めないからだ。


そしてその悪夢の中身もまさに十人十色。

犬に追いかけられるだとか、お気に入りのぬいぐるみが壊れたとかの可愛らしいものから、世界が終わってしまう夢や、怪物が延々と暴れる夢などさまざまなのだ。

ただ夢を見ている主だけが面倒な思いをする悪夢ならば楽だからいい、と以前バクがちらりと言っていた事がある。

はじめはそんな酷い事を、と思ったが……確かに、そうなのだった。


そして悪夢の深層部には、必ず『核』がある。

あたしたちの目的はそれ。

悪夢の奥深くでふらふらと『漂っている』核を捕まえて自らに取り込むことで、それはあたし達の動力源となり、そして悪夢の世界そのものと、主の記憶は抹消される。


質のいい核を得ることができれば、そのエネルギーは長くもつ。

しかし、質の悪い核では大したエネルギーにならない。

あたし達がどう思うかよりも主が嫌がる気持ちによって『核』の質は変わる。

そのことについて、バクはカロリーに例えて説明してくれたことがあった。


夢の主が嫌だと思えば思うほどそれは高いカロリーを持った悪夢になるし、そうでないならカロリーは低くなる……といったようなものだ。

三人でぞろぞろと入った悪夢は……どうやら、わりと現実的なものみたいだった。


「学校、かな」


バクが呟く。

確かに彼が言うように、目の前に見えるのは大きな校舎で……あたし達がいるのは、校門らしい。

しかし空は低く、灰色の雲が厚く覆っており、さらにはばちばち音をたてる勢いで激しく雨が降り注いでいた。

心なしか、雷鳴のうなりのようなものも聞こえる。

なるほど悪夢らしいシチュエーションだ。


「とりあえず核は……校舎の中みたいだ。行こう」

「傘はいいのかい?」


オーレがおどけた調子でシックな傘を広げるが、バクはそれに見向きもせずに吐き捨てた。


「夢の中の雨が幻想だってことくらい知ってるんでしょ、どうせ」

「ちょっとしたジョークさ。それに自分が介入したら仕事の邪魔になるだろうし、おとなしくしてるよ」


けらけら笑って、オーレは傘を閉じる。


――夢の中の海も、雨も、あたし達を濡らす事はできない。

濡れようと思えばできるのだが、大事なのは『意識』。

これが水である、これが雨であるという意識さえ持たなければ、それからの影響は受けないのだ。

これは夢に外部から侵入する者なら等しく言えることなのかもしれない。

バクが『どうせ』と添えたのはそういうことだろう。


ちなみにあたしはそれを頭では分かっていても、目の前であまりにもリアルな光景が繰り広げられてしまうとそのまま巻き込まれてしまうことが多い。

夢の中に現れる怪物や恐竜だって、怖いと思わなければ干渉されずに済むのだ。

でもやっぱり……目の前に途方もなく大きな怪物がいたら、怖いという感情が沸くのは普通だと思う。

そういう時はいつも、バクがため息をつきつつもなんだかんだでフォローしてくれるのだった。

……いい加減しっかりしなきゃ。


そうこうぐるぐる考えながらも歩いて、あたし達は校舎のすぐそば――昇降口までたどり着く。


「誰もいないね。嫌な空気だ」

「ま、悪夢なわけだし、明るい雰囲気なんて『延々とからかわれる夢』とかそれくらい」


じっとりと湿った空気で満たされた下駄箱に足を踏み入れたオーレが呟いて、バクはそれに淡々と応じた。

オーレが言うように、誰もいないし人の気配もない。

雨に濡らされた校舎と空気は重く水分を含み、息が詰まりそうだった。

おそらくこれもそう思わなければいい話なんだけれど……。

薄暗いせいで、どうも気が滅入ってくる。


「上かな。二階か三階くらい……で、方向はどっちかわかる? 右か、左か」


階段の手前で立ち止まったバクはそう言って、あたしをちらと見た。

こうして、バクはたまにあたしのことをテストする。

まだ彼ほどはっきりと核の位置は掴めないのだが……なんとなくなら、あたしにもわかる。

バクが高性能レーダーなら、あたしはコンパスってとこだけど。

神経を集中して、この校舎内に漂う『核』の気配を探った。


「えっと……階段上がって、左かな」

「はい正解。よくできました。……結構微妙なラインなのに」


露骨に褒めることはしないけれど、これはバクなりにあたしを認めて褒めてくれたに等しい。

……ちょっとずつ、足を引っ張らないように成長しなきゃ。


まず現実に戻る為に頑張るとか言う以前に、一人である程度のことはできるようにならなきゃだめだ。

バクが非協力的な態度を崩さない以上、頼れないわけだし。

彼を説得して意識を変えようとするのは、それと同時進行でいいだろう。


「『核』かぁ、自分には馴染みがないから見たことがないなぁ」

「そっか、オーレの仕事って……えっと、具体的にどんなもんなの?」


階段を昇りながら、オーレの話に耳を傾ける。

楽しい夢にするか、つまらない夢にするか……って、実はかなり大がかりなことしてない?


「夢に入って、いい子かどうかまず判断する。それは君たちが『悪夢かどうか』を嗅ぎ分けるのと同じだと思うよ」

「嫌な表現しないでほしいんだけど。犬じゃあるまいし」


そしてバクも一応ちゃっかり聞いていたらしく、突っ込みを入れてきた。

 

「ははは、ごめんごめん。で、入ってみて……いい子ならこっちの傘を、悪い子ならこっち。普通の子には適当。そうして夢にちょっと味付けをするんだ」


いい子には子供用の傘を、悪い子には無地の傘。

やっぱりあたしが想像していた通り、その二種類の傘を使い分けていくようだ。


「……三階」


そうして二階まで上がったところで、バクは歩みを緩めずに一言だけ呟く。

バクが予想した二階か三階……というのは、どうやらもう一つ上だったらしい。

あたしにもなんとなく、もうちょっと上かなという気がした。

バクみたいに一階にいる時点でなんとなくの『距離』を測るようなことはまだできないけれど……。

ちょっとずつ近付いて方向を捉えていけば、あたしひとりでもなんとか核に辿りつけないこともない。


と、そうして三階に上がったところで、なにか男女が言い争うような声が聞こえてくる。

それはあたしが最初に示したとおり、階段を昇ってすぐ『左側』にある教室。

バクが『微妙なライン』と言ったのはこういうこと。

そしてどうやら……夢の主も、核も、同じ教室の中だ。


「……面倒だな。修羅場なんか目の前で見たくないよ」

「ま、ちゃちゃっと核だけ呼んで食べちゃえばいいじゃん」


苦い顔をするバクを置いて、あたしは開け放たれたままの教室のドアに近付いた。

言い争ってるからといって、別に自分が巻き込まれるわけでもないんだしね。

ちょっと中を覗き込んでみると……なるほど、中に居たのは高校生カップルって感じ。

あたしの同級生よりちょっと大人っぽい気がするから、たぶん中学生ではないだろう。


「だから何でっ、そんなこと言うんだよ!?」

「何度も同じこと言ってるでしょ? もう新しい彼氏できたから。あんたつまんないし、もういい加減別れてよ」


……また随分勝手なこと言ってるなぁ。

これは男の子のほうが夢の主かも。

でも、そんなに悲劇的な悪夢じゃなくてよかった。


それより、核は……というと。


「なんだか、嫌なことを思い出すな……」


あたしの後ろで、バクがぽつりと呟く。

教室の中をひらひらと舞っていたのは……真っ黒な、蝶だったから。


「おや、バクも痴情のもつれで苦労した経験が?」


冷やかすようにおどけるオーレを無視して、バクはあたしのすぐ傍まで来て手を伸ばす。

別にバクが嫌なことを思い出すと言った理由は、目の前の痴話喧嘩が理由じゃない。

かつてバクが食べようとした『あたしの核』も蝶だったからだ。


『貘』には、悪夢の核を引き寄せる力がある。

別にあたしが引き寄せてもよかったんだけど、今回はバクが核を食べる順番だからバクがやったってだけ。

ふわり、ひらりと教室を漂っていた蝶は、吸い寄せられるようにバクの手に近付いた。


――その、瞬間。


ぱんっ――!


軽い音が響く。


「あちゃー、痛そう」


オーレがそう言うのとほぼ同時に女の子が走りだして、あたし達が居るのとは別の出口から出ていった。

さっきの音は要するに、ビンタってやつ。

痴話喧嘩のオチがビンタってありがちなんだかなんなんだか。


その間にも、バクは『核』を自分に取り込み続けていた。

黒い蝶はバクの胸元にふわふわと浮かんだままで淡い光を放っている。


「……よっぽどあの女子に思い入れでもあったみたい」

「ってことは、質の良い核だったんだ?」


あたしの質問には頷いて答えた。

あの男の子にとって、あの女の子にフられるのは相当『嫌』だったみたい。

こっちからしたら別に被害も不快感も大したことないし、それで質のいい核をくれるっていうのなら楽な夢だったなぁ。

それにこうして核を奪ってしまえば、悪夢の記憶は残らない。

彼は明日の朝、悪夢のせいで嫌な寝起きを迎えなくて済むはずだ。


と、そこに。

かつん、かつん――と、ヒールが床を叩くような音が聞こえてきた。

それは廊下の向こうからこちらに向かってきており、あたしもオーレもすぐにそちらに目をやる。


足音の主。

それはさっきの女子ではなく――長い茶髪を靡かせ、少し露出度の高い格好をした、スタイルのいい女性。


現代的な服装に身を包み、蠱惑(こわく)的な雰囲気を纏った彼女の中で、ただ――血のように真っ赤な瞳だけが、非現実的な輝きを煌々と灯しながらあたしたちを見ていた。

――人間じゃない!


戦慄が背を走るのと、夢の世界が崩壊を始めるのは同時。

バクが、核を取り込みきったんだ。


そしていつも悪夢の核を食べた後と同じように、周囲は白い光に包まれて霞み――そして、扉が元々あった所あたりへとやや乱暴に放り出される。

……かと思いきや、オーレがあたしの体を支えてくれていた。

いつもならどうにか着地、って感じだったんだけど……今日はオーレに抱えられながらふわりと地面に足を着ける。

360°真っ黒でどこに地面があるかもよく分からないから、距離感が難しいんだよね……。


「おっと、レディと一緒なのにサポートしてあげないとは紳士失格だよ」

「い、いや、別に……そこまで世話焼いて貰わなくてもいいよ」

「……俺は紳士でもないしそっちも別にレディじゃない」


つっけんどんに言ったバクはあたしのこともオーレのことも見ていない。

その視線の先には……さっきの夢が崩れる直前に見た、女性がいた。


さっき夢の中の廊下で見た時と同じ。

夢の世界と共に消滅せずに、こうして夢の狭間にいるということは……あたし達と同じような存在ということになる。

オーレだけじゃなくて、まだいたんだ……それに、この短期間で二人も会うだなんて。

驚いてぽかんとしたあたしに対し、茶髪の彼女は不満げに眉根を寄せていた。

 

「……はあ、なるほど。『貘』に『オーレ・ルゲイエ』。……よくも邪魔してくれたわね」

「邪魔? ……言っている意味がよくわからないな」


不快感をもろにむき出しにした視線をあたし達に向けながら吐き捨てた彼女に対し、バクは淡々とした口調で切り返す。

……それより、なんで。

なんで、この人は……あたし達が『貘』で、しかも『オーレ・ルゲイエ』のことまで知ってるの?


「狙っていた夢を目の前で掠め取られて壊されたんだから、いい気がするわけないじゃない」


どうやら横取りされたと思ってるみたいだ。

敵意も不快感も不満も全てをごちゃ混ぜにしたような言葉と視線がぐさぐさと刺さってくる。


でも……夢の主にも核にも、あたし達のほうが先に接触したはず。

それを『目の前で掠め取られた』なんて、言いがかりも甚だしい。


「これだから貘はタチが悪いのよ。いちいち夢の世界を壊して回る……迷惑ったらありゃしないんだから」

「あ、あの……そう言われても、あたし達のほうが先にあの夢の中に居たと思うんですけど……?」


あたしは言われたい放題になったままなのが耐えられなくて口を挟む。

バクもあたしを止めなかったし、正論のはず。

ところが女性は今まで全力で浮かべていたと思われたマイナスの感情をさらに色濃く強く見せると、オーバーに抑揚をつけた声で馬鹿にするようにこう言った。


「先? 先に入ってたくらいで偉そうなこと言わないでくれる? 貘風情が」

「んなっ……!?」

「……さっきから色々言っているようだけど、君は何者なんだい? 正体の分からない相手にそう色々言われては、言われたほうも納得がいかないというもの」


かちんときたあたしが反論を被せるよりも前に、オーレが落ち付いた声で女性へと意見を述べた。

毅然とした態度で、決してへりくだった態度ではない。


……さすが、長い年月を生きてきただけのことはあるなぁ。

バクは彼のことを信用していないようだけれど、なかなかに頼もしく感じられる。

ところがこの女は、それを平然と逆撫でした。


「はぁ、そんなことも分からないの……ま、仕方ないわよね? 私が何者かすら分からない程度の下級の妖精なんでしょうし」


呆れきった声でそう言いながら腕を組むと、長い茶髪をふわりと揺らし……次の瞬間には、その背中から一対の翼が生えていた。

それは蝙蝠の羽を大きくしたようなもので、まるで……。


「な、悪魔……?」


思わず口をついて出た言葉。

しまった、と思い慌てたあたしに対し、その女性はにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「私はただの妖精や妖怪風情とは違うもの。現実で人間としての生活を送りつつ、夢の中では悪魔『サキュバス』として人間を惑わす……あなた達より、優れているの」


――まさか。

失礼なことを言ってしまって怒られるのかと思ったのに……本当に、悪魔だったなんて。


「現実と、夢の世界の両方で……?」


珍しくバクが焦ったような声を出す。

……そうだ。

この女のムカつく態度で聞き逃すところだったけど……!


「あ、あなたは……現実とここを行き来してるの!?」


――これはもしかしたら、あたしが求めていた『希望』に対する『答え』かもしれない。

態度はムカつくけれど、この女があたし達より少しランクの高い存在らしいってことは認めよう。

それならば、きっと色々知っているはず……!


しかし、彼女の口から語られたのは、希望でも、その答えでもなかった。


「その二重の暮らしを両立できるだけの素養があったのよ、私には。肉体を捨てて夢の世界だけに留まらなくては存在もできないあんた達とは、違うの」


肉体を、捨てる?

それって、まさか……。

あたしが息を飲んだのを見て、満足げに女は笑う。

それからまるで小さな子供に言い聞かせるかのような口調で、繰り返すのだった。


「言ってる意味、解る? いちいち死んでからじゃないとこの世界にいられないあんた達とは、違うの。力の総量が、格が、違うのよ」


そして再び突きつけられたのは、咽そうなほどに『死』の匂いが染みついた――絶望だった。

これだけに飽き足らず、女は続ける。


「まだわからない? あんた達なんて、夢を食い荒らすただの亡霊に過ぎないって言ってるの」


昔誰かが言っていた気がする。

本当に辛いことがあったときには涙も出ないものだ、って。

あたしはただ茫然とすることしかできなかった。


そして女は笑う。

けらけらと笑う。

それはお笑い芸人のコントで笑うとか、楽しいことがあったから笑うとか、そんな笑いじゃない。


もっと下品で、汚くて――例えば道路に猫を放り投げて、それが車に轢かれたのを見て笑う、心の無い少年のような。


「あっははは! 傑作! なによその間抜け面。さっきまでの威勢はどうしたの? 何度でも言ってあげましょうか、あんた達はもう死んでるの!」


その次の瞬間、あたしの視界はぐらついた。

別に倒れたわけでも崩おれたわけでもない。


「……しっかりして!」


そこは、一面青だった。

体がふわりと揺らぐそれはきっと海で。

そう気付くまで時間がかかったから、息をするのは苦しくない。


透き通る青い水に浮かんで、あたしの肩を掴むのは――バク。

彼があたしをあの女の言葉から守る為に、近くの適当な夢に飛び込んだのだと気がつくまでしばらくかかった。


「亜紀!」


今までにないくらい真剣で、そして必死な顔で、バクはあたしを揺さぶる。

色んな気持ちと、考えと、理解が同時にあたしの頭の中でせめぎ合うように沸きだしてきて、体の震えが止まらなかった。


「信じるな、あいつの言う事なんてどこまで本当か分からない!」

 

水の中で揺らいで、いつも目深に被っていたフードは外れた。

長くて癖の強い前髪もふわりと浮いて、金色の双眸が真っ直ぐにあたしの目を見つめる。


「バク、あたし……!」

「だから嫌だって言ったんだよ!」


今までに聞いたこともないような、怒鳴り声。

それに思わず、肩がびくりと跳ねた。


――怒ってる。

ねちねち言ってくるとか、呆れるとか、そんなもんじゃない。

バクがこんな声を出すなんて……!


「希望を支えにする奴は、いつだってそれを砕く言葉にはやけに素直になる! 亜紀も同じだ、いきなり現れたあいつが、俺達を何者だかすぐに見抜いたくらいであっさり信用するな!」


激昂しきったバクは、あたしの肩を痛いくらいに掴みながら言葉を叩きつけてくる。

まだ混乱の残る頭ではその理解が追い付かなくて、あたしはただバクのことをじっと見ていることしかできなかった。



――いつまでそうしていただろう。


しばらくして、バクはいつも通りのトーンで淡々とあたしに尋ねる。


「確かにあいつの言ってることは本当かもしれない。でも……それだけで、諦める? 諦められるの?」


……そうだ。

希望が砕かれて、ショックを受けるかもしれない。

でも、『二人なら立ち上がれる』……あたしは彼にそう豪語してみせた。


そしてバクは今、あたしを励まそうとしてくれている――!


「い、いや……」


あたしは、口を開いていた。

か細い声だったかもしれないけど、バクには確かに届いていると思う。


「もう死んでるなんて嫌だ……諦めたくないよ……」


それを告げると、肩を掴んでいたバクの手は緩められた。

そのまま放されたくなくて、今度はあたしから彼の腕を掴む。

しかしバクはふいと目を逸らすと、独り言のように呟いた。


「何言ってんだろうな、俺……」

「……ありがと」


きっと、バクからしたら不本意な言葉ばかりだったのかもしれない。

だけど、ぐちゃぐちゃだったあたしの心をまとめて引き上げてくれたのはその言葉だった。

だから素直な気持ちでお礼を言う。


「ちょっと落ち付いたなら、戻ろうか。あいつ置いてきちゃったし」


いつもの淡々とした口調だけど、その言葉はなんだかあたしを安心させた。

頷くとバクはあたしを左腕だけで抱き寄せて、そのまま入ってきたところを目指して泳ぎ出す。


「い、いいよ。あたしだって泳げるし……」

「黙ってて」


なぜか断られた。

……なんでもかんでも世話になるわけにはいかないと思ったんだけどな。

仕方ないから、バクの体にしがみつく。

不思議な力をろくに使えないあたしと違って、バクは飛んだり浮いたり、時には瞬間移動すらしてみせるから。

だからきっと、あたしは自力で泳ぐよりも、こうしてバクに連れていってもらった方が早いんだろう。


……なんだか、情けないな。

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