30 兄を探して 2
シアのお兄さんがフランシアだって確証はない。だけど、会ってみたい。どうしてもこの目で確かめたい。
「シア、お兄さんのお名前は?」
「ゼフィリア・シルフィです。」
「シアもそうだけど、随分と女性的な名前なのね。」
「僕の家系は情報収集の仕事に就く事が多くて、一族の意向もあり男でも特に長男は女性的な名前を授ける習慣があるのです。」
外見も中性的な見た目が多いそうだ。
情報収集の職業とは一体なんだろうとは思ったけど、答えを聞けば厄介に巻き込まれそうだから聞くのをやめた。
「因みに、僕の本名はシアルドです。女装の時はシアという偽名を使っています。」
引き続きシアとお呼びください、と兄の変装に使っていた長髪を元に戻しながらシアは笑った。
それにしても、ようやく生徒会に入れたと思ったのも束の間、訳の分からない事に巻き込まれたものだ。手紙を渡そうとしただけでヒナに拉致され、欲しくもない加護を貰い、ケルロッテとシアに偶然出会ったと思ったらシアのお兄さんを探す羽目になるなんて。
「本当に、おかしな事に巻き込まれたものね。」
「ため息なんて吐いてないで、さっさとこれに着替えてちょうだい。貴方は一応、この屋敷のお客人って事になってるの。貴方が屋敷の中を見たいと言うから案内しているっていう程でゼフィリア様に見つけて貰うために歩き回る作戦よ。」
ヒナ様が帰ってくる前にさっさと済ませるんだから、と張り切るケルロッテに渡された簡易なドレスに身を包み、私はようやくヒナの部屋から抜け出した。
「凄い、広さね……。」
「そうなんです。使用人の数も多くて。今だに全員の顔と名前すら覚えきれません。」
室内も豪華な作りをしていたけれど、屋敷内もかなりのもの。四大公爵家のアルマの屋敷で見慣れていたはずなのに、王城にでも来たような気分になる。それもかなり広い。屋敷を全て歩くだけで数日はかかりそうだ。
「なんだか騒がしいわね。」
ヒナの部屋は二階の中央辺りにあり、左右どちらを向いても長い廊下が広がっていた。しかし、多く在籍しているという使用人の姿は不自然なぐらいどこにもない。その代わりに下の階から騒然とする音が聞こえていた。
「あっちは正面玄関がある方です。」
「行ってみましょう。」
三人は頷いて音の鳴る方へ急ぐ。
長い廊下を進み、正面玄関を見下ろせる場所までやってくると、正面ロビーには多くの使用人が集まっていた。その集団の中に一際目立つ男が二人。
「ティアを返してもらおうか。」
「はぁ!? セルティアは俺の先生だ。お前のものじゃねぇから。」
正面玄関には見覚えのある男が二人。
なぜか言い争っている様子が目に入ってきた。
「アルマに、シャオン!?」
「……っ!」
私の声に一番早く反応したケルロッテが素早く脚を翻し、走り出した。
「ケルちゃん、待って!」
「ごめんなさい。今はまだ、あの方には会いたくないの。私は今のうちに向こうを探してくるから。」
ケルロッテの表情は見えずとも、声を聞けば苦しさが伝わってくる。今の状況で彼女を引き止めるなんて出来ない。慰めてあげることも、私には出来ない。
「シア、ケルロッテのところに行ってあげて。」
「しかし……っ!!」
焦るシアの目の前でパンっと音を立てて両手を合わせた。
『私、あなたを好きじゃない。』
シアが驚きで瞬きをする一瞬、私が口にした言葉は魔法を解く唯一の方法。
「あ、れ………………?」
「早くケルロッテのところへ行きなさい。」
「もちろんです。」
魅了の魔法が解けたシアはこちらを振り返ることなく走り去っていった。その後ろ姿は、もう一度会いたいと願ったフランシアが走り去っていくようで少し胸が痛んだ。
「ばいばい…………。」
私はお迎えが来てしまってみたいだから、シアのお兄さんを一緒に探してあげられない。それに無駄にケルロッテを傷つけてしまった。
心に残ったのは罪悪感と喪失感。それから嫉妬。
私には同性でも心配して追いかけてくれる友は一生できないと突きつけられたみたいだ。
だって私は嘘で塗り固められているもの。
身体は汚れと蹴落とし合いの中で育った。
染みついた汚れも嘘も人には言えないことばかり。
アルマにだって言いたくない。お貴族様になんて、言えないの。それに比べて、ケルロッテ。婚約破棄をされても信頼できる人がいるあんたは恵まれているよ。
「寂しそうでしゅね。」
パッと振り向くと、さっきまで誰もいなかった廊下にポツンと一人、真顔のイライゼが立っていた。
「知りゃない間に連れてこりゃれた屋敷に婚約者が乗り込んで助けに来てくれたのにね。どうして?」
正面ロビーには、私がいることに気がついていないアルマとシャオンを今だに言い争いをしているのが聞こえてくる。使用人がなんとか対応しようとしていた。
ある者はヒナ様からの連絡はまだかと焦っている。
ある者は襲来した二匹の竜を落ち着かせようと必死に身振り手振りを駆使している。
下の階はてんやわんやの大惨事。
比べてここは恐ろしいほど静か。
心臓の音すら、聞こえてしまいそう。
「婚約が強制的だったから?」
イライゼの瞳は確信を得ているみたくこちらを射抜く。真剣な雰囲気は学院であった第一印象とはまるで別人。
「それともシアに惚れたの?」
「はぁ!?」
さっきまでの滑舌の悪さが嘘みたいに流暢に喋るイライゼから漂う不機嫌に思わず後退りした。
「ティア!」
その声は足元から。
そこにはこちらを見上げるアルマの姿があった。
「こっちだ。」
その声の方に脚は自然と走り出す。
私の居場所はあっちだと、イライゼを振り切るように駆け出した。
正面ロビーへ繋がる階段は目の前にある。あそこを駆け降りれば、アルマのところへ行ける。彼も使用人の制止を振り切ってこちらに駆けてくる。その後ろにはシャオンの姿も確認できた。
「やっと再開できたのに。それは駄目だよ……、セルティア。」
「え……?」
ざわめきが大きくなる中、イライゼの声が響いた。
正確に言えば、イライゼから発せられた信じられないくらい深く低い声だ。その声はまるで、嫉妬に狂う男の声。
小柄で愛らしい見た目の彼女からは絶対に出ないであろう地響きのようなドスの効いた黒い声に耳を疑う間もなく、イライゼの周りに風が舞い上がり包み込んだ。
「ティア、手を伸ばせっ!」
危険を察知したアルマが焦ってこちらに手を伸ばすのがみえた。
「わ、分かった。」
二人の指先が触れ合うまで残り数秒だったその時、見てしまったんだ。
「セルティア。ずっと……、会いたかった。」
その声と共に風の中から現れたその人を。
私は思わずアルマに向かって伸ばそうとした手を止めた。だって、そこに立っていたのは、
「フラン、シア……?」
そこにはイライゼしかいなかったはずなのに。
バクバクとうるさい鼓動は、さっき見たシアそっくりの中性的な人間を前に止まってしまいそうだった。
「久しぶり、ですね……。」
翡翠の長髪、ヘーゼル色のビー玉瞳。
中性的な見た目から発せられる強い男の声がなんともミスマッチ。でも、不思議と嫌じゃない。むしろそのアンバランスさえ魅力的。
こちらに軽く一礼した後、彼は優しく笑って口を開いた。
「私の名前はゼフィリア・シルフィ。風竜の子孫でイライゼとしてヒナ様の片腕をしております。」
この人は私を騙して拉致した悪い人。
決して相容れないお貴族様。
生まれた瞬間から勝ち組の人生を歩んできた人だ。マスカレードにいた見習いの遊女なんかじゃない。
「それから……。一時期、ある店で見習いをやっていたフランシアと申します。」
そんな、ワケ、ない。
私を動揺させるための罠かもしれない。
「セルティア、私と結婚しませんか?」
アルマよりも先に私の手を握ったゼフィリアは、迷わず手の甲にキスをした。
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