29 兄を探して 1
浴室には三人。
プライドの高い伯爵家令嬢に女装と遊女。
なんともチグハグな組み合わせ。
「うぅ……。」
タイミング悪く気絶していたシアの意識が戻ってしまい、三人は浴槽を囲んで向き合った。
「私は無理やりここへ連れて来られたの。」
出口を知っているかと、隣に座るシアに聞く。
「シアは兄を探しにきました。まさか運命の相手に出会えるとは思いませんでした。」
シアの兄はヒナに会いに行ってくると言ったきり、もう半年も帰って来ていないらしい。
魅了の魔法が完璧に掛かってしまっているシアは、たんこぶの出来たおでこを撫でてくれとこちらに向ける。ケルロッテがいるせいで魔法を解くことも出来ないからとりあえず彼のおでこを摩ると、嬉しそうに私の質問を頭の外に追い出してしまったらしい。
「私はヒナ様からお手紙頂いたのよ。火竜に騙させてさぞお辛いでしょうからって。丁度、シアも入りたがっていたから一緒に来たってわけ。」
貴方も手伝いなさい、と正面に仁王立ちするケルロッテはシアと同じ使用人の服を着ていた。
「因みに、シアは私の女友達だと偽ってここに居るから。まさかこんなところで貴方に男だと気付かれるなんて思わなかったわ。入浴したいといった貴方に非があるの。シアは一切悪くないから。勘違いしないで頂戴ね。」
「ケ、ケルちゃんっ! 悪いのは絶対に私の方だから!!」
「シアは黙ってなさい。私が丸め込んであげるから。」
そこは説明して納得させるとかにしなさいよ……。
驚く事にシアとケルロッテは幼馴染みだという。
ケルロッテの性格上、自分より爵位の低い者の頼みなんて聴くはずがない。となれば、シアも伯爵家の生まれなのだろうと推察出来た。
それにしても正反対に見える二人。それも異性。
二人の関係が私には不思議で仕方がない。
男女の関係は恋愛でしか繋がらないだろうに、二人は本当の友達のように透明で乱れた関係には見えない。
そんな関係、あり得るの?
でも、今肝心なのはそんなことじゃないわ。
「ねぇ、まずは私の質問に答えてよ。ここはどこなの?」
私の問いに二人は目を合わせて首を傾げた。
「ここはヒナ様が住むお屋敷よ。光の魔法が使えてもまだ爵位のないヒナ様の為に特別に用意された仮住まい。この絢爛豪華さを見ればひと目で分かるでしょう。」
やっぱり爵位が低いと馬鹿なのね、とケルロッテはケロッと暴言を吐いてため息まで溢して肩をすくめた。
「それは悪かったわね。でも、爵位だなんだってうるさい貴方がこんなところで使用人みたいな服装までして。一体どういう風の吹き回し?」
地震が起きた日以来、ケルロッテは学院に来ていなかった。事故に巻き込まれたショックで寝込んでいるとばかり思っていたのに、まさかこんな所で再会するなんて。
「…………仕方がないじゃない。学院にも行けなくなったんだから。」
「行けなくなった?」
いつも人を見下していたケルロッテが、苦虫を噛み潰したみたく苦しそうな声を上げた。
「たった二日で婚約破棄になった私の気持ちなんて、あんたには分からないわよ。」
「ケルちゃん……。」
シアがケルロッテの背中を撫でた。
「待って。婚約破棄は貴方からしたって聞いたわよ。」
それにシャオンの婚約破棄なんて今に始まったものじゃない。皆が一瞬だけ話題にして、その後はなんの話題にもなっていなかったはずだ。
「あの地震が起きた日、貴方はアルマ様に助けて貰えたじゃない。私は……、私はねっ!!」
「ケルちゃん。泣かないで。」
「私も、シャオン様と目があったのよ。まるで走馬灯みたいにゆっくり。でも確実に目があったの。」
震えるケルロッテは凄く小さくて、震える身体からはいつも放っている貴族の覇気なんて一切なかった。
「シャオン様、私から目を逸らしたのよ……。」
「なっ!! あのクソ男っ!!」
助ける素振りすらしなかったという。ケルロッテは大粒の涙を流して、シアがそれを優しく拭き取ってあげていた。
「竜の子孫が婚約者にそんな仕打ち、絶対にしない。」
彼らはたった一人の愛した人を溺愛する筈だから。
国民の大半が知っているこの常識が、ケルロッテの胸に深く突き刺さったのだろう。
「あの日、アルマ様が貴方を助けに入るのを見て確信したの。私は、シャオン様の恋人にはなれない。いつか絶対に捨てられる。だから私から別れを告げたわ。」
それは簡単に解ける魔法のように、淡く脆い恋。
シャオンは何も言わずに受け入れて、去っていったなんて。本当に最低な男ね。
「ただ……、男爵家のアイリスですら一ヶ月も付き合っていたというのに、私はたったの二日よ。お父様は外聞が悪いからと私に休学を命じたの。」
悪いのはケルロッテではないはず。
それでもこの国は、貴族達は、娘の商品価値を優先したのだろう。
――ほんと、つくづく嫌になる。
「そんな時、ケルちゃんの所に次期王妃候補のヒナ様の世話役兼喋り相手の打診が来まして、私と二人でこちらへやって来た次第です。」
シアは「こちらに来てまだ五日目です」と照れながら笑った。そんな所に入浴の手伝いをしろと命じられればあれだけ抵抗もするだろう。
シア、本当に本当に、申し訳ない。
後でちゃんと魅了の魔法解いてあげるからね!
「シア、教えてくれてありがとう。」
「とんでもございません。シアはセルティア様に会えてとても幸せです。」
なんだこの天使。満面の笑みが可愛すぎる。
これが男なんて、勿体無いっ!!
「笑いたきゃ笑いなさいよ。貴方を貶めて笑っていた私の末路が無様だって高笑いでもすれば良いわ。」
「ケルちゃん。セルティア様はそんなことしないよ。」
正直、ケルロッテに言われた事を全て許せるかと言われると、今は難しい。
「笑わないわよ、絶対に。」
それでも自業自得と割り切れないのは、私も貴方と同じ女だからかも知れない。
「…………そう。」
ケルロッテはそれ以上、語らなかった。
今までの事についての謝罪も感謝もしない。それが彼女の気位の高さと貴族としてのプライドの表れのようで、ケルロッテらしくて笑みが溢れた。
「やっぱり笑うな、目障りよっ!!」
「こら、ケルちゃん!」
「うぅ……。」
シアに怒られる姿は姉妹そのもの。
「でも私、社交界の華になる事を諦めた訳ではありませんから。次期王妃のヒナ様のご遊学となれば良い殿方に会えるチャンスがあるはず。貴方なんて足蹴にするぐらい幸せになってやりますからね!」
元々、遊女の私がケルロッテより幸せになんかなれないに決まってるでしょう。でも、彼女には絶対に言わない。応援なんかもしてやらないから。
「やってみなさいよ。」
「ふんっ!」
私達の関係はこのぐらいがいい。
「でも不思議なのですよ……。」
「シア、どうしたの?」
「今までも同性の世話役兼話し相手役がいたらしいのです。ただ、皆がヒナ様を好いてしまって仕事にならず追い出されたと聞きました。」
シアの不思議にケルロッテがすかさず、「それはヒナ様が素晴らしい方だからよ」と言うがシアはそうじゃないと首を横に振った。
「加護の授けを毎回この屋敷でやられているみたいです。普通、こういうものは光神殿で行うのが一般的だと思うのですが。今まで誰も注意はされなかったのでしょうか?」
「それはそうね。簡単な加護なら馴染むまでに数分といったところで、そう時間も掛からないし。まぁ、貴方の場合は竜印を消すためでしょうけど。」
ケルロッテは私の手首を指した。
「黒竜の竜印を消すなんて、ヒナ様は何がしたいのでしょうか。」
シアの問いの答えは私の方が聞きたいぐらいだ。
なんにせよ、ヒナに企みがあってここにいるシアとケルロッテにも違う企みがあるのは分かった。
私にとって竜印が消えることは大したことじゃない。
アルマは怒るかしら……?
いいえ、そんな筈ない。だって私たちの関係は契約に過ぎないもの。
だったら私がすぐにここから出ないといけない理由は無くなったわね。危害を加えられる心配も無さそうだし。
「シアのお兄さんはどんな姿をしているの?」
「一緒に探してくれるのですか!?」
「ええ。たんこぶを作ってしまったし。このアンクレットがあればアルマは私の位置を把握しているはずだから、そのうち迎えにくるでしょう。」
二人の依頼はアルマが迎えに来るまでの暇つぶしには持ってこいだろう。
「セルティア様、ありがとうございますっ!」
それから、ケルロッテに気付かれないように隣で喜んでいるシアに掛かった魅了の魔法も解いてあげないといけないしね。
「と言っても私、この屋敷に詳しくないから探すと言ってもあまり協力出来る事は少ないと思うわ。」
「それなら大丈夫です。シア達は〝探す〟のではなく〝探し出して貰う〟側ですから。」
胸を張って言ってのけるシアに首を傾げると、彼は自身の翡翠の長髪を脱ぎ捨てた。
「シアの兄は変装が凄く得意なので見つけるのはほぼ不可能なのです。だから、僕が兄の姿を模倣して見つけて貰う作戦です。兄が捕まるなんて考えられないので、なにかこの屋敷から出れない理由がある筈ですから。」
翡翠だった長髪は深緑色の短髪に。
ヘーゼル色の瞳は焦茶色に変化した。
華奢の体付きはそのままに、シアの雰囲気が可憐な乙女から青年へと変わった。声だって男性的で、さっきまでとはまるで違う。
目の前にいる青年は、私のマスカレード時代の記憶にあるフランシアとは別人。なのに、心の高鳴りは大きくなる。
「僕も兄には及びませんが変装が得意な家系ですから、この格好をしていれば必ず兄は気付いてくれます。」
さっきまでの落胆が。
さっき見た昔の苦しい夢が。
私の心臓を打つ。
「……シアのお兄さんは、右の太腿の裏に傷はある?」
フランシアは女性だと思っていた。
けど今思えば、幼い子供だった私がそう思い込んでいただけだったかも。だって、胸の膨らみが大きかった訳じゃない。一緒にお風呂に入った事もない。
声変わりだってしないぐらいの年齢だった。
当時なら、あの顔で女の子だと言えば誰も疑わなかっただろう。
「流石に兄の太腿の裏を見る機会はないので分かりません。ごめんなさい。」
「そうよね。私も変な事を聞いてごめんない。」
私は、なにを期待してるんだろう。
フランシアが生きてる筈ない。シアを見てしまったからそう思っただけ。他人だ。期待なんてしたら駄目よ。
「ああ、でも昔。僕がフランシアって偽名を使おうとしたら怒られた事がありました。」
「…………え?」
「その名前は自分の大切な名前だから奪うなって。」
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