19 代理投票戦 3
「シャオン様の槍は炎を纏い、掠っただけでもその身を焼き焦がす。それに比べて穢れた血の公爵様の剣は、鞘から抜くことも出来ない鈍刀。」
あれでは勝負にもならないと隣で笑うケルロッテとその取り巻き。でも、彼女達の言う事もあながち間違っていない。
シャオンが炎を纏った槍を振り回しているのに対し、アルマは鞘に収めた剣で凌ぐだけの防戦一方。次第に増える傷が痛ましい。
観客席から二大公爵の激しい戦いが見れると思っていた群衆から漏れる落胆のため息、そして笑い声が上がる始末。
「さっさと剣を抜いたらどうだ!」
シャオンのもっともな言葉に観客が加勢する。
「本気を出して俺に負けるのがそんなに嫌か? 喧嘩を売ってきたのはそっちだろう!!」
アルマは黙って聞き流すだけ。本人が何故か困惑しているように見えるのは、私だけだろうか?
それ以降も、シャオンの攻撃をなんとか防ぐだけで攻撃に出ないアルマ。なにか策があるんじゃないの?
あんたはそう言う男でしょう。
大胆不敵に笑って、いつも余裕ぶってるくせに。
自然と握りしめた拳に力が入った。
「さっさと死んじゃえばいいんだ……。」
中途半端な攻防戦が続いていた中、何処からか微かに聞こえてきたのはそんな声だった。
「………………はぁ?」
パッと後ろを振り向くが既に噂を聞きつけて集まった観客が多すぎて犯人が特定出来ない。
「ほんと、国を守る公爵家が聞いて呆れる。私ならあんな無様を晒すぐらいなら、死んでしまった方がマシだわ。」
隣にいたケルロッテとその取り巻きが悪意を込めて笑う。その声はここにいる全ての人に聞こえるぐらい大きく、もちろんアルマとシャオンにも届いているだろう。
不満は周囲を一気に飲み込み始めた。
辺り言葉はザワザワと次第に大きくなりアルマを言葉を刺す。
「穢れた血の公爵家なんて……」
「不気味な瞳。」
「恥晒しだ。」
言葉は時に、暴力よりも鋭い牙となる。
多くの牙がたった一人の男に向けられていく。
タチが悪いのは、彼らは皆が言っているから自分も悪意をばら撒いて良いとすら思っている様子が見え透いているところ。
「飢えを知らない貴族のガキどもが……。」
簡単に死を口にしないでよ。
死にたくても死ねない地獄を私は知ってる。
こんな上等な布を当たり前に身に付けられるあんた達にはわからないだろうけど。
「今なにか仰いました? もしかして、貴方にも穢れた血が流れていたりして!!」
喚くだけのケルロッテの血が高貴だと言うのなら、
「そうよ。私の血は穢れているわ。きっと、ここにいる誰よりも真っ黒いでしょうね。あんた達にも分けてあげましょうか?」
私は、穢れた血のままでいいわ。
「な、なによ。今まで散々私達を無視しておいて、ようやく喋ったと思ったらこのケルロッテ様に脅しとは。伯爵家に生まれの私を前に良い度胸ね。」
ケルロッテ達のおままごとみたいな嫌味なんて、相手にするだけ無駄だと思っていたけど、そちらが権威を振り回すなら、いいわ。付き合ってあげる。
「あら、貴方達が今貶したのは公爵家の当主よ。」
「……っ!!」
「穢れた血が流れていようが、公爵という地位はこの国が決めたもの。それに逆らうなんて、あんたの方が良い度胸じゃない。」
ケルロッテの顔から笑みが消えた。
「勉強したんだけど。国家反逆罪、なんて言うのあったわよね?」
「そ、そそんなつもりはっ!!」
さっきまでうるさかった外野すら、一瞬で口を閉ざした。まるで自分は関係ないと言った様子で空を仰ぐ。
「私、人の顔を覚えるのは得意なの。ここにいる全員の顔は覚えたわよ。絶対に名前と一致させてやるから。」
ケルロッテ同様、徐々に青ざめていく生徒達。
たったこれだけでなにも言い返せなくなるぐらいなら、最初から黙っていろ。
「ケルロッテ嬢。さぁ、どうしてくれましょうね?」
「ひぃっ!?」
私はアルマが嫌いだ。
だって私の全財産を燃やすし、竜印とアンクレットも勝手に付けられた。自分勝手で恋するなとか恋させるなとか、言ってる事もめちゃくちゃ。
でも、あいつは言ったのよ。
『君の世界はこれからはどんどん変わっていくだろう。その隣には絶対に俺が居てやる。心配するな。』って。
あの瞳だけは本物だったわ。
それにまだお金だって全然貰ってない。
こんなところで殺されてしまったら困るの。
――ああ……、本当に腹立たしい。
私は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。そして叫ぶ。
「アルマ、絶対に勝ちなさい!! 負けるなんて許さないからっ!!」
あんたが私を巻き込んだんだ。
だったら最後まで責任持って、勝ち続けなさいよ!!
こちらを振り向いたアルマは一瞬驚いて、それから笑った。
(承知した。)
そう、唇が動いているようだった。
「よそ見してんじゃねーよ!」
「婚約者にそこまで言われて黙ってはいられないな。」
「だったらやってみろっ!!」
シャオンが槍を天に向けると、大きな火柱が現れアルマへ向かって一直線に進み始めた。さっき第一演技場に向かう時に見たものより遥かに大きい。少し離れたここでも灼熱の熱さが肌を襲う。
――あんなの、もろに喰らえば本当に死んじゃう!
それなのに、アルマは一歩も引かない。
「黒竜の本来の固有魔法は、魔法を喰い尽くす。大喰らいの魔法。魔法は封印されていても、この刀にはまだ魔力が残っている。」
手に持っていた剣の鞘をゆっくりと外したら、出てきたのは黒い刀身。
「あんな黒いの、見た事がない。」
アルマの瞳が赤く光った。その次の瞬間、シャオンが仕掛けた火柱は真っ二つに割れて消えた。
消えたんじゃない。斬られたんだ。
アルマのたった一振りによって。
「う、そ、でしょ……。」
黒い髪に赤い瞳。
握られた黒刀はまるで翼。
その姿は、悪魔そのものだった。
「この剣を抜くと悪魔と間違われるからあまりしたくないんだ。」
あっけらかんと言ってため息を吐くアルマの余裕が、更に畏怖を抱かせる悪魔に見えたのは、私だけじゃないはず。
「ま、まだ、勝負は終わってないぞ!」
驚きのあまり呆けていたけれど、シャオンが叫ぶ通り、まだどちらかが武器を手放した訳じゃない。続けて槍を振り上げてシャオンが土を強く蹴ったと同時に、地面が大きく揺れ始めた。
「地震だっ!!」
誰かの叫び声が響く。近くにあった手すりに掴まるも、いつも以上に激しい揺れで立っていられないほど。
悲鳴が第一演技場を包む。
辺りはもう二人の喧嘩なんて忘れてしまったようにパニックに見舞われていた。そんな中、突如として観客席に亀裂が走り、足元が崩れ始めたではないか。
「――っ!!」
後ろからはやっと追いついてきたアイリスの声。
隣から悲鳴をあげるケルロッテ。
全てがゆっくり、落ちていく。
「ティア!」
アルマの声だ。
浮遊する身体の先、こちらへ向かって手を伸ばしているアルマの焦る顔がある。
「こちらに手を伸ばせっ!」
彼の指先と落石を見たのを最後に、目の前は真っ暗になった。
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