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第71話:柊 遥

 朝。


 東京は冷たい雨だったが、東北は大雪だという。

 ニュースで流れるテロップを見た瞬間、私は荷物を抱えて新幹線に飛び乗っていた。


 (……少しでも早く行かなきゃ)


 窓の外に広がる一面の雪景色を眺めながら、端末に映し出された中継映像を見つめる。

 現場から直也さんへ、そして直也さんから私へ転送されたリアルタイム映像。


 ――そこに映っていたのは、目を覆いたくなるような現実だった。


 議長の誘導尋問のような進行。

 ゲストと称して呼び込まれた知事の挑発。

 そして五井物産の再エネ幹部二人の露骨な掌握。


 (これが……地方政治? こんなレベルの“首長会議”で、地域の未来を決めるっていうの?)


 心の底から、愕然とした。

 私は環境省の人間だ。数多くの会議の場に立ち会ってきたが、ここまで露骨で、ここまで子供じみた進行は初めてだった。


 だが、映像の中で空気が変わった。


 「――お待たせして申し訳ありません」


 その一声で、場を支配していた“敵意の空気”が一気に裂ける。

 直也さんが会場に現れたのだ。


 彼の一挙手一投足。

 挑発を笑いに変え、AIロボティクスを鮮烈に披露し、場を一瞬で掌握していく。


 私はただ、惚れ惚れとその姿を見ていた。

 そして胸の奥がざわつく。


 (……まずいな、これは)


 だって、そこにあるのはまるでソフィスティケートされた坂本龍馬のような姿。


 (完全に……好きになってしまいそう)


 職務を忘れそうになる。そんな危うさすら覚えた。


※※※


 盛岡駅に着いた時には、もう会場の空気は完全に逆転していた。

 私は走り出す。

 すると、すぐ横を同じように駆けていく女性の姿があった。


 「RICOさん!」

 声をかけると、振り返った彼女が大きく頷いた。

 その隣にはマネージャーの姿もある。

 一緒に会場へ駆け込み、扉を開いた瞬間、私は息を呑んだ。


 壇上に立つ直也さん。

 もはや議長も知事も言葉を失っている。

 再エネ部門の幹部二人が必死に反駁しているが――その声は空回りしていた。


 直也さんは微動だにせず、会場全体に響く声で言葉を重ねる。


 「先ほど“根拠はあるのか”とのご意見を頂きました。……では逆にお聞きします。メガソーラーで“地域に利益が還元される”――その根拠とは、一体何でしょうか?」


 沈黙が落ちる。

 議長も、ゲストの知事も言葉に詰まっている。

 その間隙を突くように、直也さんはすっと振り返り、私を見た。


 「柊さん。環境省の立場から――“事実”を教えていただけますか」


 会場の視線が一斉にこちらへ突き刺さる。

 私は立ち上がり、背筋を伸ばした。


※※※


 「――まず、日本に導入された太陽光パネルの累積容量は70GWを超えています」

 私は数字を一つずつ、丁寧に置いていく。

 「パネルの寿命は20〜30年。経産省の試算では2030年代以降、毎年70〜80万トンの廃棄パネルが発生し、2040年頃には累計で2000万トン規模に達するとされています」


 ざわめきが走った。

 私は揺らがず続ける。


 「一枚のパネルは15〜25キロ。適正に処理するには一枚あたり2000〜4000円が必要です。不法投棄すれば安く済みますが、その場合は鉛やカドミウムによる土壌汚染リスクが避けられません」


 資料に視線を落としながら、声を強める。

 「試算すれば――導入済み70GWを廃棄するだけで28兆〜56兆円の処理費用が必要となります。処理施設の整備にも全国で少なくとも数千億円規模の投資が必要です。……しかし、その財源は用意されていません」


 会場がざわついた。

 私は言葉を区切ってはっきりと続けた。


 「固定価格買取制度(FIT)は“売電収益”だけを保証しました。ですが廃棄コストの積立制度は、十分な整備がなされないまま導入が進められました。現在の積立金では、必要額のほんの数分の一しか賄えない――つまり20年後には“ソーラー廃墟”が全国に広がる危険があるのです」


※※※


 沈黙。

 私は深く息をつき、直也さんの方を見た。

 彼は微笑み、再び言葉を繋ぐ。


 「――つまり、太陽光は“設置すれば儲かる”仕組みを作った。だが20年後の後始末は、誰も考えていなかった」


 場に重い空気が広がる。


 「廃棄コストは累計で数十兆円。処理施設整備だけでも数千億円。財源は積み立てられていない。つまり、メガソーラーは未来にツケを回す――“偽物のエコ”なんです」


 誰も声を上げられなかった。

 議長の顔は引きつり、知事は黙り込み、再エネ統括取締役と本部長は目を逸らした。


 (……すごい)


 胸が高鳴る。

 直也さんが放つ一言一言に、数字と現実の重みがのしかかる。

 そして私は、官僚として“事実”を示すだけで、その言葉を補強できている。


 (……やっぱり、この人は、ただの夢想家なんかじゃない)


 気づけば私は、壇上の彼の姿をまっすぐに見つめていた。


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