第70話:卑劣さへのお返し(小松原沙織)
盛岡の会場に向かう車の中。
慎一さんからの中継映像は、直也さんの端末を通じて私の目にも映し出されていた。
更に直也さんは他の関係者に中継映像を再転送している。
――あまりにも理不尽。
議長の誘導、知事の挑発、そして再エネ部門の統括取締役と本部長。
自分がかつて同じ組織に属していたことを、心の底から恥じた。
「……私、こんな汚い仕事をする人たちの下で働いていたのね」
思わず声に出していた。
直也さんは横で画面を見据えたまま、静かに答えた。
「それぞれの立場がありますからね。
……きっと彼らにも彼らなりの “大義” はあるんですよ」
その声音は穏やかだった。
怒りに震える私とは対照的に、彼は冷静に、状況を見極めていた。
胸の奥に熱いものがこみ上げる。
――この人は、本当に違う。
※※※
会場に到着した途端、世界はひっくり返った。
直也さんが壇上に立ち、知事の挑発を笑いに変えた。
“オニーさん” の鮮烈なデモ。
メディアのフラッシュが乱れ飛び、首長たちの視線が一斉に揺れ動く。
その光景を、私は呆然と見つめていた。
ほんの数分。
それだけで攻守が入れ替わった。
亜紀さんたちが必死に繋いできた時間を、一瞬で「逆転」に変えてしまう。
(……私は、なんて小さな場所で足掻いていたんだろう)
思わず唇を噛んだ。
総合商社の看板。出世競争。
それにすがりついて、本当にやりたいことを見失っていた自分。
けれど今は違う。
私は、この人たちと一緒に未来をつくる側に立っている。
やり取りは続いた。
黙ってしまった知事に代わり、再エネ部門の統括取締役が声を上げる。
「……一ノ瀬くん。このAIロボティクスは製造コストがどの程度なのだろう?
一体が数千万円もかかるようでは到底実用に耐えないよ。
製造はどうするんだ?
もちろん中国なら対応可能かもしれないがね」
ああ、やっぱり――と胸が冷たくなった。
“結局は中国頼みだ” と印象付けたいだけの論法。
私がかつて見てきた、あのやり口だ。
だが、直也さんは一歩も揺るがなかった。
「さすが五井物産の取締役です。
ご指摘の通り、販売価格がどうなるかは大変重要です。
ですが、そのご心配には及びません。
そして――もちろん中国で製造する必要も全くありません」
会場がざわつく。
取締役の眉が引きつるのを、私は横目に見た。
直也さんは一歩前へ進み、はっきりと告げた。
「本日ご覧いただいているプロトタイプを量産するのは、“世界のクリタ” こと栗田自動車です」
――どよめき。
首長たちの表情が一斉に動く。
再エネ部門の二人も、予想外だったのか言葉を失っていた。
そして直也さんは視線をこちらに向けた。
「ご紹介します。このオニーさんを設計・開発されたArchetype Robotics社の桐生社長、そして――本日付で同社の執行役員経営企画室長に就任された小松原沙織さんです」
――私の名が、会場に響いた。
熱い視線が一斉に突き刺さる。
胸が震えた。
(……私の居場所は、もうここなんだ)
桐生社長が短く頷き、壇上に歩み出る。
そして直也さんが問いかけた。
「桐生さん、このP-02を商品として提供する際は単価をどの程度で計算されていますか?」
桐生社長は即座に答えた。
「栗田自動車さんと現在詰めていますが、日米の製造ラインで本格的に量産する前提で、一体200万円程度。
リース提供も視野に入れています」
――会場に驚きの声が広がった。
「200万……!?」
「数千万かかると思っていたのに……」
動揺のさざ波が、確かに広がっていく。
その中心に立つ直也さんの背中を、私は見つめていた。
(……この瞬間に立ち会えただけで、すべて報われた気がする)
かつて見失っていた夢が、今ここで再び形になろうとしているのを、私は全身で感じていた。
壇上に立つ直也さんが、まっすぐにこちらを見据えた。
「沙織さん。
かつてのあなたの上司のお二方がいらっしゃいますが……お二方は中国が大変お好きなようですね。
何故なのでしょうか?
そう言えば、オニーさんが先ほど知事のメモを “ついつい” 見てしまったようですが――『北京政府の意向』が絡んでいるのでしょうか?」
会場がざわめいた。
再エネ統括取締役と本部長の視線が、氷のように私を射抜く。
(逃げない……今度こそ)
私は深く息を吸い、声を張った。
「――間違いなく、中国政府の意向を受けて動いていると確信しています」
「なっ……!」
統括取締役が机を叩いた。
周囲からも怒号が飛ぶ。
だが、私は怯まなかった。
「私は、そこにいる本部長から――GAIALINQに “メガソーラーを組み込むように” と繰り返し指示を受けていました。
それを達成できなかった事で、私はトカゲの尻尾切りとして、“子会社への異動” を命じられたのです」
静寂が走った。
私はさらに続けた。
「ご存じの通り、メガソーラー市場はほぼ中国製が独占しています。
中国政府はパネルメーカーと結託し、国外販売を国家プロジェクトとして進めている。
ですが、現在の米国政権がメガソーラーに懐疑的になっています。
その結果――ダブついたパネルの “売り場” を、本来ならメガソーラーに不向きとも言える日本に求めているのです。
だからこそ、こうして政治的圧力を伴ってでも、日本市場での販売を強行しようとしているのだと思います」
怒号とどよめきが入り混じった。
「根拠はあるのか!」
「無責任な発言だ!」
罵声が飛ぶ。
けれど、その喧騒をかき消すように、直也さんの落ち着いた声が響いた。
「――ありがとうございました」
その言葉に、私は胸の奥を強く打たれた。
認められたのだ。自分が沈黙せず、真実を口にしたことを。
再エネ部門の二人は顔を引きつらせている。
だが、もう逃げ場はない。
(私は……もう二度と、あんな場所に戻らない)
毅然と立ち続けるその瞬間、胸の奥に確かな誇りが芽生えていた。




