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急変

 気が付くと、敵は(ほとん)ど掃討されていた。


 甲板上には、敵の(むくろ)が多数転がっている。

 戦闘が始まる直前と比べると数が足りない様に思えるが、それはおそらく、殺されてから船外に弾き飛ばされた敵や、さっきハイドに滅ぼされた窮奇の様に分解されて塵と化してしまった敵も多かったせいだろう。

 見たところ、赤銅色の怪物の骸が一番数が少ないようだ。


 「実はまだ相当数の赤銅色の怪物が潜んでいます」とかいうオチだろうか? ――どうやらそうではないらしい。

 仮にまだ兵力が残っているとするなら、ガーデスにとって、自らが籠城している闇の結界の周囲を取り囲む外敵の排除に、残存兵力を使わない理由は無い。

 本当に、終局であるらしい。


「もうっ、伯父さまったら、もう少し敵を掃討するのを手伝ってくれても良かったんじゃなくて?」


 マリさんは軽口を叩いた。しかし、その視線は闇の結界の方に注意深く向けられていた。


「すまんな、マリ。……しかしまぁ、メルリン殿の光の結界で守られているとは言え、念の為に健君の護衛に入った方が良いかと思っての。

 話しておきたい事もあったでござるし」


〈大体は、私が話してしまいましたけどね〉


「その辺りは、メルリン殿の話した分量に応じて、拙者が話す分量を調節したでござる」


 ゴズモフ先生もメルリンも、闇の結界の方を注視しながら言葉を交わした。


「さて、後は闇の結界を壊して、こいつを滅ぼすだけね」


 キョウコはそう言ってガーデスを睨んだ。


「今の俺らが総攻撃すれば、1分も()つまい?」


 グレイもガーデスを睨んだ。


〈ぐぬぬぅ~ おのれ……〉


 ガーデスが発した空気の振動を伴わない言葉からは、怒りと悔恨が滲み出ていた。

 顔の造形が人間とは違うので表情は人間と異なるが、たぶん、今のこいつの表情も怒りと悔恨を表わしたものなのだろう。


 ……考えてみれば、長きに亘って(おびただ)しい数の人間を(もてあそ)んで後悔や絶望のどん底に突き落としてきたこいつ自身が「悔恨」という感情をいだくのは、おそらくこれが初めてではなかろうか?


 宿敵であるメルリン(そして残りの分身全てと本体を含めた「ヴァクトゥール」という全体)に対して憤怒と憎悪の感情をいだいた事は有っても、「地球由来の弱っちい超対称生物ども」と「たかが人間ども」に追い詰められて口惜しく思う事は、いまだかつて無かったはずだ。


 ――しかしながら、この期に及んでも、依耶(よりや) 瑁人(まいと)の表情から余裕の感情は失われなかった。


「……アッハッハッハッハッ! 見事です!! 「敵ながら天晴(あっぱれ)」とはまさにこの事です!」


 依耶は大笑いし、あまつさえ、拍手までしてみせた。

 ――こいつ、一体何を考えている!?


「……で、どうします? 我が(マイ・)契約相手(コントラクティー)よ。

 あなたが「たまには変わったものを摂取したい」なんて言うから、窮地に陥っちゃいましたよ?」


 ガーデスと同じく闇の結界の中にいる依耶は、ガーデスを見上げ、まるで他人事の様に語りかけた。


「もしもあなたが我儘(わがまま)を言わず、『耐え難い真相を理解した凡人が、その真相に対して成す(すべ)が無い時に感じる絶望』のミームを摂取する、という計画に(こだわ)らなければ、私が面倒な準備をする必要は無く、敵に付け入る隙を与える事も無かったはずですが」


〈我が請負人(コントラクター)よ! 何を他人事の様に言うておる!!

 我が滅べば、お前も破滅するのだぞ!?〉


 ガーデスの言葉には、怒りと苛立ちが如実に表れていた。


「さあ? それはどうでしょう? この闇の結界のすぐ外に、私をあなたの「侵蝕」から解放するつもりでいる存在(もの)も、いるようですし」


 依耶はそう言って、メルリンを一瞥(いちべつ)した。


〈貴様ぁぁっっ!! 我を裏切るつもりかぁぁぁっっっ!!?〉


 激昂するガーデス。しかし、依耶は涼しい顔で答えた。


「安心して下さい。あなたとの契約を破棄する気は毛頭無いですよ。……この私の、最期までね」


〈だったら、どうすると言うのだ!? この状況を(くつがえす)す方法が有るとでも言うのか!!?〉


 ガーデスは更に激昂した。それに対し、依耶は薄ら笑いを浮かべて答えた。


「有りますよ。たった一つ。ごく簡単な方法が。

 たぶん、面白いくらいに戦況がひっくり返るでしょうね」


 依耶は真顔に戻って、(おごそ)かに言った。


「ガーデスよ、私の『魂』を、喰らいなさい」


〈!!??〉


「「「「!?」」」」

〈〈〈〈!?〉〉〉〉


「!?」


〈……なっ!?〉


 依耶以外の全員が、依耶の言葉に驚愕した。

 もちろん、俺も。メルリンにとってすら、依耶の言葉は予想外であった様だ。


〈依耶 瑁人! 馬鹿な事はお()しなさい!! それが何を意味するのか分からないのですか!?〉


 メルリンが依耶に制止の言葉を投げ掛かる。メルリンがここまで切迫した様子を見せたのは、俺が知る限りこれが初めてだった。


「よ~く、分かってますよ。私の自我が、消滅するんでしょ? それが何だというのです?」


 依耶は事も無げに、メルリンに言葉を投げ返した。


〈正気か!? 我が請負人(コントラクター)よ!〉


 ガーデスも、明らかに狼狽(ろうばい)した様子で依耶に言葉を投げ掛かる。


「私の中では考えが一貫してます。私の正気を私以外の何者にも証明する必要は有りません」


〈では、我に『魂』を捧げる事を今の今まで(かたく)なに拒んできたのは何だったと言うのだ!?〉


「答えは単純です。あなたに出会った直後の時点では、私の『魂』を強奪されるのは面白くないと感じたから、ですよ。

 そして今、『私にとっての面白さの天秤』が、あなたに私の『魂』を喰らわせる方向に傾いた。

 ただそれだけの事です」


〈依耶 瑁人、考え直しなさい! 私が助けますから!!〉


「「私が助けます」?」


 依耶はそう(つぶや)くと、それこそ狂ったかのように哄笑した。

 たっぷり10秒は哄笑してから、依耶は次の言葉を続けた。


「「助けます」なんて言葉は、軽々しく口にしない方が良いですよ? 地球外生命体(エイリアン)

 あなたは別にこの宇宙の造物主でも何でもないでしょう?

 私にとっては、我が契約相手(ガーデス)あなた(ヴァクトゥール)も、大した違いは有りません。

 少なくとも、あなたが私にとっての「助け」になる存在でないのは、確かですねぇ」


〈……〉


 メルリンが黙り込んでしまう。彼が即座に言葉を返せないでいるのを見るのも、俺が知る限りこれが初めてだった。


「依耶 瑁人っ! お前はっ!! 自らの魂を喰われたくない一心でその赤い奴(ガーデス)に人間とその社会を売り渡したんじゃないのかっ!!?」


 叫ぶ俺に、依耶は少しばかり不愉快そうな表情をした。まるで「馬鹿に説明するのは疲れる」と言わんばかりに。


「あなたごときの価値観で私を測れると思わないでくださいね? 滝本 健。

 私にとっては、『私にとっての面白さ』が全てです。

 凡人が『魂』と呼ぶものですら、私にとっては素晴らしいゲームを楽しむためのチップに過ぎないのですよ。それに……」


 依耶は一呼吸置いて、言葉を続ける。


「ガーデスに私の『魂』を喰らわせた結果、私の自我が消滅するというなら、それはそれで結構な事じゃないですか。――私にとって『死後の世界』が存在しない事が、確定するわけですから。

 唯一神だか閻魔だか知りませんが、仮にそういう存在が実在して、そいつらが上から目線で私を裁こうとしても、『私』が存在しない以上、裁きようが無い。


 無能どもに裁かれるなんて、まっぴらですからね。

 私の選択に()って、ゲームの結果を「今ここにいる私」の眼で見届ける事が(あた)わないのは残念ですが、無能どもによって『私』が左右される可能性をゼロにできるという意味では、悪くない選択です」


 闇の結界の中の依耶とガーデスを取り囲む俺達は、数秒の間沈黙した。

 つかの間の沈黙を破ったのは、グレイだった。


「こいつ……狂ってる……っ!」


 依耶はグレイの方をじろりと見て薄笑いを浮かべると、即座に言い返した。


「へぇ? そう言うあなた自身の正気は、どこの誰が保証してくれるんでしょうか?」


「お前自身が言っただろ? 「私の正気を私以外の何者にも証明する必要は有りません」って。

 俺も、お前ごときに自らの正気を証明する必要は無いっ!」


「……はっはっは、これは一本取られましたね」


 笑ってそう言う依耶を、グレイは無言で奥歯を噛み締めながら睨んだ。――今度は、グレイの口の中に有る狼の様な犬歯がはっきり見えた。


「……で、どうします? ガーデス。

 早く私の『魂』を喰わないと、結界の外の怖~い連中が、結界を壊しちゃいますよ?」


〈……そこまで言うなら、遠慮無く喰らってやるわっ!!!〉


「どうぞ、御遠慮無く」


 依耶が事も無げにそう言った途端、ガーデスの(あぎと)がぐわっと大きく開き、依耶の頭をすっぽり呑み込んだ。

 そのまま噛み千切るかと思ったが、ガーデスは口を開けたまま、噛み千切る代わりに口から溶岩の様に見える物を吐きだした。

 溶岩の様に見える物は、依耶の体を瞬く間に覆い尽くしていく。


「……くっ! 奴の「捕食」が終わる前に、結界を破壊すればっ……!!」


 キョウコは結界に飛びかかろうとしたが、アジュールと一体化したままのマリさんがキョウコに抱きつき、全力で制止した。


「だめっ!! 間に合わない!! アジュールが少し先の未来を見せてくれた!

 今は退()かないと、みんな死ぬ!!」


〈彼女達の言う通りです! 皆さん、今すぐ私の周りに集まるのです!!〉


 マリさんとメルリンの切迫した声に、残りの味方は一瞬だけ当惑したが、直ちに判断を改め、メルリンの周囲に集まった。

 そして、メルリンがすぐそばにいる俺を守る結界に触れると、結界が急速に拡大し、味方全員を包み込んだ。


 その次の瞬間――光の結界の外で、闇の爆轟が広がった。

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