~Interlude 8~
※この幕間8はちょっぴりホラー……かも。
『イベンチュアル・フォーチュン』号の最上甲板より上が消し飛ばされた時から遡る事、約3時間。
依耶 瑁人が滝本 健をパーティー参加者に紹介している様子を、健の同窓生である藤原 秀一は、遠巻きに見ていた。
「あらら、あいつ、何気にすっげえVIPとお近づきになってやがんの」
だが、彼の口調に妬みや僻みは全く感じられなかった。むしろ応援でもしそうな雰囲気が感じられた。
部署こそ離れているが健と同じ会社に勤めていて、たまに顔を合わせる。仲は悪く無い。
「へぇ。上手い事やれると良いな」
秀一の隣にいた高峰 悟郎が相槌を打った。彼の言葉にも、応援するような雰囲気が感じられた。
悟郎は、健とは別の所に勤めている原子力技術者であった。
彼もまた健の同窓生であり、健の親友でもある。
「ところでさ、このパーティーにくる十日ほど前に、健にちょっと妙な事を聞かれたんだ」
「へぇ? どんな事?」
秀一の話に、悟郎が耳を傾ける。
「うん、招待状の書体を見せてくれ、って言われてね」
「書体? そんなもん誰の分も一緒だろ」
「だよなー。俺に届いた招待状が何の変哲も無い明朝体の活字で印刷されているのを確認すると、なんか少しだけ納得したような顔をして、それ以上は招待状について何も言ってこなかった」
「ふーん。なんなんだろうな」
「気になったんで、俺も健の分の招待状を見せてくれるように頼もうかと思ったんだが、ちょうどその時上司からの呼び出しがあったんで、結局、見そびれた」
「……そういや俺も、2~3ヵ月ぐらい前に、健に妙な事を頼まれたな」
「へぇ? どんな事を?」
今度は悟郎の話に、秀一が耳を傾ける。
「ガイガー・ミュラー・カウンターを貸してくれ、だってさ。
レンタル費用はもちろんの事、較正の手間賃も払ってくれ、一食分の昼メシまでおごってくれた」
「ガイガー・ミュラー・カウンターを、ねえ。何でまた」
「かつて親戚が住んでいた福島第一原発の近辺の状況を、自分で確かめたいんだからだと」
「ガイガー・ミュラー・カウンターって、ちゃんとした物はレンタルでも高いんだろ?」
「ああ。だからちょっと引っかかるんだ。
そりゃ、健がちょっとだけ無理すれば払えない額じゃないだろうけど、そこまでするには動機が少し弱いんじゃないかってな」
「ふーむ……」
「……あ、いつの間にか健の姿が見えなくなってる」
「依耶CEOもか」
「どこ行ったんだろうな」
「ま、ぶらぶら歩いてたらまたどっかで出会うさ。今夜は長いんだ」
「そうだな。……メシ食ったら、どこ行く?」
「ダンスパーティーとか、どうかな?」
「おっ、いいねー。可愛い女の人とお近づきになれるかもしれないな」
二人はそんな事を話しながら酒と御馳走を楽しんだ後、ダンスパーティー会場に向かった。
生憎その夜は二人とも好みのタイプの女性とお近づきになれなかったが、その代わり、思わず拍手したくなるものを見た。
男女一対の、ダンサー。
黒いモーニングスーツを来た色白の美青年と、白いチャイナドレス風の礼服を着た小麦色の肌の美女。
その男女一対のダンサーの舞いは、最初のうちは男女の愛を表現するかのような穏やかな舞であったが、途中から徐々に『戦いの舞い』としか形容しようの無い激しい舞いとなった。
時折、予測困難な曲芸的動作も入っていたが、それは舞いの華麗さを一層際立たせていた。
そして、フィナーレ。周囲からは万雷の拍手。
秀一と悟郎も、男女一対のダンサーに惜しみ無い拍手を贈った。
「いやー、凄いものを見たね」
「全くだ。くぅ~っ! 俺もあんな凄ぇ美女と優雅にダンスできるようになりてぇ~っ!!」
「……ところで、なかなか健の姿が見つからないね」
「依耶氏もだな」
「依耶CEOは仕方無いよ。お近づきになりたいと思って取り囲む人達が多いだろうし」
「そういや今さっき、首相を見たぞ。但し会話相手は依耶氏じゃなくて、アメリカの大使か誰かだったが」
「へぇ。てっきり依耶CEOと話しているもんだと思ったけど」
「某野党の大物も見たぞ。ほら、主民党の、現幹事長」
「……来てるんだ。「全世界が相次ぐ大事件の悲しみに包まれる中、首相が依耶氏主催のパーティーに参加するのは好ましく無い」なんて言ってたくせに」
「主民党のダブスタぶりは昔っからだからな」
「原発事故が起こった時の前後は主民党が与党だったけど、その時期の某首相が消費税を10%に上げるのを『国際公約』にしておきながら、いざ主民党が与党の座から転落すると、与党の座に返り咲いた民自党の消費税増税案を批判するんだからね」
「首相が依耶氏と仲良くなるのは許さないけど、主民党の現幹事長サマは依耶氏と仲良くするのが当然だってか? いやはや、呆れたもんだ」
「で、誰も依耶CEOのパーティーを中止にできなかったわけだけど」
「ちゃっかりやって来た主民党の現幹事長サマは、さっき依耶氏にあんまり相手にされてなかったな」
「野党のほとんどは論外だけど、与党も『長いものに巻かれろ』的体質は相変わらずだね」
二人がそんな風に話をしてると、船の上側の方から爆発音のようなものが聞こえて来た。
「ん? 花火か?」
「景気いいねー。さすがヨリヤグループ」
悟郎の声に、秀一が暢気に答える。
それからしばらく、二人はぶらぶらと船内をうろついていたが、今度は金属か何かを断ち切るような音と、何か重い物が跳ね飛ばされるような音が、微かに聞こえて来た。
さらにしばらくして、船の上方から爆発音のようなものがまた聞こえて来た。
「……いくらパーティーでも、普通、客船から直接花火なんて打ち上げないよな」
「そうだね。火災になりかねないし。花火が良く見える海域を横切るのならともかく」
悟郎の言葉に、秀一が相槌を打つ。
「じゃあ、今さっきのが花火だとしたら、どこから上がった? 陸地からは10キロ以上離れているんだぞ!?」
「……今夜この船の航路の近くで花火を打ち上げてる所なんて、無いね」
スマホで検索した結果を、秀一が告げる。
「食事会以降、健の姿も依耶氏の姿も全く見かけないのも気になる。
俺達二人、わりかし歩きまわったから、一瞬ぐらいは再び見かける機会が有るだろうに」
「健はまだしも、依耶CEOの姿が全く見えないのは確かに変だ。
今夜はさぞかしあちこちで引っ張りだこになるだろうと思ったのに」
「しかも、今のところ俺達以外にそれに気付いた人も見かけないしな」
「……探そう」
秀一と悟郎は、今度は強く意識して、滝本 健と依耶 瑁人を探し始めた。
だが、一向に見つからない。
いつの間にか人通りの少ない所に出てしまったが、ちょうどその時、しばらく前に聞こえた爆発音よりはるかに大きな轟音と揺れが、二人を襲った。
「うわっ!」
「うおおっ!」
二人は思わず尻もちをつく。しばらくの間、耳鳴りが続いた。
耳鳴りが弱まり出すとすぐに、悟郎は秀一に向かって大声を張り上げた。
「今のは絶対花火じゃないよな!?」
「その通りです! 花火なんかじゃありません!!」
秀一も負けじと大声を張り上げた。二人はお互いの反応を見て、聴力の回復具合を確認した。
二人とも、だいぶ聴力が回復したのを確認できた。
「テロリストが時限爆弾でも仕掛けてたか?」
「有り得ますね!」
今度は、上の方で何かロケットの噴射音のような爆音が聞こえたかと思うと、船が急減速を始めた。
「おわわっ!」
「ぬおおおおっ!」
二人は踏ん張ろうとするも、もんどりうって転がる。
船全体が不気味な振動に包まれる中、二人はどうにか立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ぱっと見、怪我は無いです!」
「テロリストが船内にいるとしたら、うかつに動くのも危険だな」
「どこかに隠れた方が良いかも」
二人は、安全そうな隠れ場所を探し始めた。
だが、目的に見合いそうな場所を見つける前に、ロケットの噴射音のような爆音と共に、船は再び急減速した。
「おわたたたっ!」
「ぐおおっ!」
二人はまた転ぶ。幸い、二人とも怪我は無さそうだった。
「くそっ! 一体どうなってんだ!?」
「他のみんなはどうしてるんですかねぇ?」
隠れ場所を見つけるのを先にするか、他の乗客と合流するのを先にするか。
それとも万一の場合の脱出路の確保を優先するか。
二人がそんな事を話し合っていると、船の至る所から大勢の人間の叫び声が聞こえて来た。
「「!!」」
冷静に考えれば、テロリストに遭遇するリスクを避けるため、隠れ場所もしくは脱出路を確保するべきだったかもしれない。
だが二人は、状況を確認したいという衝動に駆られ、叫び声が聞こえた場所のうち一番近い所に向かった。
そこでは、二人が予想だにしなかった形の地獄絵図が描かれている真っ最中だった。
もがき苦しみながら、床にのたうちまわり、頭をかきむしる人達。
それを恐怖のまなざしで見つめる人達。
頭をかきむしる人達の頭は、急激に黒いゼリー状の物体に変質していった。
頭をかきむしる手も、急激に黒いゼリー状の物体に変質していった。
頭部のおよそ半分が黒いゼリー状の物体に変質すると、手の動きは止まり、体全体がびくんびくんと痙攣し始めた。
それでも、急激な変質は止まらない。
やがて全身が黒いゼリーのように変質すると、形が崩れ始め、不定形となった。
某ゲームに出てくるようなどこか可愛げのあるスライムではなく、もっと古い時代に流行ったびっくりおもちゃのスライムが、ちょうどこんな感じだろうか。色は黒くて、半透明だが。
ついさっきまで人間だった黒く半透明な不定形物体は、それから更に数秒間痙攣した後、一つ残らず忽然と消えた。服などの所持品を残して。
秀一と悟郎が様子を見に来たこの場所には、およそ30人分の服が残された。その中には、二人がしばらく前に話題に出した、首相の服と、主民党の現幹事長の服も有った。
残された物品を恐怖に怯えた眼で遠巻きに見る、約20人の人間。
秀一はへたりこみ、震える声で叫んだ。
「な、なんなんだよぉぉっ! こりゃぁぁっ!?」
悟郎は茫然と立ち尽くして、呟いた。
「馬鹿な……有り得ない……こんな事……」
その場にいた人間が精神的衝撃から立ち直る間も無く、これまでよりひときわ激しい物理的衝撃が、船を襲った。
「うわあぁぁーーっっ!!!」
「ぬおおおおーーっっ!!!」
秀一と悟郎を含め多くの人間が、近くの壁や床や天井に叩きつけられ、気絶した。




