第9話 剣聖と賢者(三)
一方、屋根から降りたムーンの周りには、いつの間にか人だかりができていた。
「なあ、さっきの弓、どこで習った?」
剣聖ユーヌリオンが、興味を隠しもせずにムーンへと詰め寄る。
「独学だ」
ぶっきらぼうにムーンは答える。
「独学であれか? 嘘だろう」
ユーヌリオンは、心底感心したように唸った。
「あの二射同時、三射連続。反動の制御だけでも並大抵じゃない。しかも、あの位置取りも実に見事だったな。屋根から梁へ、あの跳躍も中々の体術だ!」
「……たまたまだ」
ムーンは、その言葉にも素っ気なく答えると、視線を逸らした。だが、ユーヌリオンは引き下がらない。
「今度、一度手合わせ……いや、弓と剣じゃ手合わせにならないか。的当てでもいい、勝負しないか?」
ユーヌリオンはムーンとの間にある、対応の温度差を気にすることなく続ける。
「おいおいユーヌリオン、初対面の相手にいきなり勝負を挑むのはやめないか……」
カシミールが、呆れた声で口を挟んだ。
「あら、良いじゃない! 面白そうだもの!」
アウロラの肩から飛び立ったパピーが、興味津々といった様子でムーンの周りをくるくると飛び回る。
「それにしても、颯爽と矢を射る姿も中々よね。シルフ達に好かれるのも納得だわ」
「パピー」
アウロラが慌てて口を挟む。
「あら、褒めてるのよ?」
パピーはめげずに、今度はムーンの耳元へと近寄った。
「ねえねえ、貴方はご両親のどちらに似てるの? その蒼い目の色、とっても綺麗よね」
「……お前」
ムーンが小さく唸る。
そこへ、陽気な双子の兄弟ヒルスとノクスもにじり寄ってきた。
「なあ、その弓、複合弓だろう? どんな素材使ってるんだ?」
「凄い速射だったな! 短時間であれだけの精度は、正直、俺達は真似できない」
「やっぱり長弓よりも、実用性は複合弓かな?」
双子が交互に言葉を継ぐ。二人とも、先ほどまでの戦闘での完成された剣技が嘘のように、無邪気な好奇心を隠さなかった。
「確かに見事な腕前でしたね。あの正確な射撃、魔術師の天敵ですよ。敵にいたと思うとゾッとします」
いつの間にか近寄ってきたカシミールまでもが、興味深そうに会話に加わってくる。
次々と浴びせられる質問と視線に、ムーンはじりじりと後ずさった。
「……別に、大したことは」
「いや、大したことだろう」
「謙遜するな、あんな芸当」
「ねえ、教えてよぉ」
四方から詰め寄られ、ムーンの表情がわずかに引きつる。戦場でどれほどの魔神を相手にしても崩れなかった涼しい顔が、今はすっかり分が悪そうだった。
「……エル」
助けを求めるように視線を送った先で、エルは静かに目を逸らした。
「……ユルト」
もう一方に目をやれば、ユルトは口の端を微かに緩め、腕を組んだまま素知らぬ顔をしている。
助け舟は、どこにも来なかった。
放棄された寂しい村に、束の間の賑やかな笑い声が響いていた。
一行はオーガーとの戦闘場所であった、村の外れから移動し、村の中央にある比較的大きい家に集まった。
そして二つのパーティーの情報交換が始まった。
カシミールの情報は、隊長であるユルトでも知らされてない内容も多かった。
魔王軍に関しての情報は、噂の域を出ない、流言や妄言も多く含まれていた為、正確な情報を掴むのが非常に難しかった。
ユーヌリオン達のパーティーも目的地は同じであった。負傷兵の救助と魔神の残党への対処。そして爆心地の調査。
この四人のパーティーは対魔大公用に結成されたパーティーのひとつであったという。
水の都イニエスタに駐留する、ロンダルシア帝国の精鋭部隊二万を打ち破った、魔王軍魔神軍団の最高戦力のひとり魔大公。今回の戦いの中でも、各国が最も危険視していたのが、この魔大公であった。
魔大公はイニエスタを蹂躙後、所在不明。大陸連合軍はこの魔大公の動きを、杳として掴めていなかった。
……まさか、その魔大公が、戦場のど真ん中にゲートと共に転移してくるなど、賢者と呼ばれるカシミールでさえも、想像だにしていなかった。
そして、あの破壊の光である。
対魔大公パーティーは、総勢十名だったが、光の後一旦解散した。
そして、独立部隊として動いていた四人は、残党の魔神共を蹴散らしながら、真相究明の為、爆心地に向かっていた途中にムーン達と遭遇したという流れであった。
「……事の発端は、一年半ほど前に遡ります」
カシミールは一息つくと、ムーン達に請われ、彼らが噂や断片でしか知らない、この戦争の全貌を語り始めた。
そもそもの始まりは、ロンダルシア帝国が、【魔王】が治める隠れ地下都市【ノリリスク】を発見した事から始まった。
魔王は【魔族】と呼ばれる、人類とは異なる種族と言われている。見た目は非常に人類に似ているが、額に第三の目と言われる魔法石を持って生まれてくる点が、決定的に既存の人類と異なっていた。
魔導王国時代。人類や他種族はそれを魔族と呼び恐れたが、自らを魔法の真髄を極めし者【魔法族】と称している。
そして彼らは、独自に進化した魔法形態を持っている。その魔術は【奔流の魔術】と呼ばれ、古書の中では体系化されている。魔族以外にその魔術の真髄に触れることはできない、非常に謎多き魔法体系である。
魔族は、魔導王国の【二つの塔】崩壊と共に歴史の闇に消えたと思われていたのだが、人知れず地下帝国を建設し、長きに渡り密かに繁栄を続けていたのであった。
帝国は地下都市発見後、国交を持とうと、ノリリスクとの間で、何度かの交渉を行ったが、帝国の望む形で交渉が進むことは無かった。
開国を迫る帝国。開国を拒む地下都市。両国の主張は真っ向からぶつかり、両国の間に、不穏な空気が蓄積していった。
そして昨年の初め、各国まだ新年を迎えたお祝いムードが抜けきれていない中、突如ノリリスクがロンダルシア帝国に対して宣戦布告。
帝国はそれに応じ、両国は戦争状態へと突入した。
帝国が推し進める富国強兵の為の領土拡大。強制的な属国化の失敗による開戦と見られていた。
当初、帝国は余りある兵力で地下都市を蹂躙し、早期決着を目論んでいたようだが、そう都合の良い形には進まなかった。
地下都市ノリリスクには、魔族の他に多様な種族が共存していた。
そして、彼らの激しい応戦に遭ったのであった。
その種族のひとつが【ナーガ】(蛇人)である。
背丈は人間よりも若干大きな、蛇頭の蛇人である。また別種にラミアという上半身が美しい女性、下半身が大蛇と言う眷属もいるが、彼女達も同じナーガの一族である。
奇妙なことに、ナーガもラミアも、遺伝子的には驚くほど人類に近しい存在だった。
人間との間に子をなすことすら可能であり、そうして生まれた血は、地下都市では決して稀有なものではない。
異形と呼ばれながらも、その血脈は静かに、しかし確かに、人類の歴史の陰に織り込まれてきたのである。
戦においても、ナーガは侮れぬ存在だった。人間の戦士と比べて、その戦闘力は些かも劣ることがない。しなやかな体軀から繰り出される一撃は、時に剣よりも鋭く、時に大斧よりも重い。
そして何より、ナーガの一族は優れた魔道士の血族としても知られていた。彼らの中から幾人もの優れた魔術師が生まれ、その叡智は、迫害の歴史の中にあってなお、決して絶えることはなかった。
ナーガ、という言葉が耳に入った瞬間、ムーンの指先がわずかに強張った。
絶滅したと、誰もが言う種族。里の年寄りでさえ、お伽話の中の存在だと首を横に振った。
だが、ムーンは知っていた。ナーガは存在すると。そして白きナーガの痕跡を追う為に、里を後にしたあの夜の事。平静を装おうとしても、否応なく奥歯を力一杯噛み締めていた。全身の血流が一気に激しく流れ出す。
ムーンの表情の変化に、アウロラが気付き心配そうな視線を送ってきた。
ムーンはその視線に気付き、なんでも無いと首を横に振った。




