第10話 剣聖と賢者(四)
カシミールの話は更に続く。
また、【ドゥエルグ】も地下都市の住人である。見た目も文化も地上のドワーフとほとんど変わらないが、長く陽の光を知らぬその肌は、薄く青銅色を帯びている。
彼らは、地上へ出たドワーフ達を心の底から忌み嫌っていた。金と宝石に目を眩ませ、人間と手を組んだ堕落者だと。
「奴らは、鍛冶の神の教えを忘れた」
ドゥエルグの誰もが、そう口にするという。
【スモールフォーク】も、地下都市に暮らす住人である。
大人になっても、人間の子供ほどの背丈。愛らしい丸みを帯びた輪郭に、頭の上でぴんと立つ猫科の動物のような耳。足の裏は柔らかな体毛に覆われ、足音ひとつ立てずに歩くことができた。
生まれつき魔法への強い耐性を持つ彼らは、魔導王国の時代、二つの塔をはじめとする魔法装置の人足として駆り出された。他の種族ならば正気を保てぬ魔力の渦の中で、歯車の一つとして働かされ続けたのだ。奴隷として。
魔導王国が滅びても、救いは訪れなかった。その愛らしさゆえに、今度は愛玩の対象として狩られるようになった。
行き場を失った彼らの多くは、地下深くのノリリスクへと流れ着き、血盟に加わったのだという。
「大樹の森にも吟遊詩人ハーフフットの伝説があるわよね?」
パピーが何かを思い出したように、アウロラに尋ねる。
「鯨に飲まれてお腹の中で何年も住んでたり、大鷲に乗って巨人の城からお宝を盗むあれ?」
「そうそう! 彼もスモールフォークよね!」
パピーが得意そうに胸を張る。
「そうですね。彼はスモールフォークの英雄ですね」
カシミールが頷く。今も大樹の森の奥深くには、ごく少数のスモールフォークが隠れ里を築き、ひっそりと暮らしているという。
スモールフォークとは本来、太陽と大地の恵みに感謝し、音楽と踊りをこよなく愛する陽気な種族なのだと、カシミールは静かに付け加えた。
カシミール達の話を聞きながら、ムーンは無意識の内に、手の中に汗が滲み、硬く拳を握りなおしていた。
大樹の国を追われ、帝国に流れ着いたダークエルフの一族。
その歴史もまた、今しがた語られたどの種族とも、驚くほど似通っていた。行き場を失い、拾われた先で兵として使われる。それは、他人事として聞き流せるような話では、決してなかった。
自分の血に流れるものもまた、いつかこうして誰かに、歴史の教科書の一頁のように語られる日が来るのだろうか。
(……知ったところで、何が変わるわけでもないが)
静かに目を伏せ次の言葉を待つ。それだけが、今の自分にできることのように思えた。
地下都市に住む彼らは、血盟と言われる結束で結ばれている。
その種族を超えた結束の前に、帝国は辛酸を舐めさせられることとなった。
ただの一つの隠れ都市と、たかを括り、侮っていたこともあっただろう。
数で勝る帝国軍に対し、ナーガの魔法戦士部隊が陣形をズタズタに切り裂き、ドゥエルグの恐れを知らぬ斧戦士部隊が強襲をかけ、スモールフォークの隠密部隊が指揮系統を静かに、しかし確実に混乱へと陥れた。
そして、何より凄まじかったのが、魔族の奔流の魔術だった。【結晶魔法】と呼ばれるその技は、帝国重装兵団の鋼鉄の鎧を、紙切れを裂くかのように易々と粉砕し、かつて大陸を支配した魔導王国の力、その恐怖を、改めて人々に思い出させることとなった。
開戦から七日目、帝国のノリリスク攻略部隊は撤退を余儀なくされ、這々の体で最寄りの都市へと退却した。
撤退から一週間後、ノリリスクより、今回の戦の正当性を表明する書簡が各国の代表者へと送られた。これを受け、各国もまたノリリスクの戦いを「侵略に打ち勝った、正当な戦い」と認めざるを得なくなり、帝国に対して表立って支援を表明できる国はなく、帝国は孤立無援の状況に追い込まれた。
各国の反発を受け、帝国は再侵攻を一旦中断せざるを得なくなった。
他の列強の視線を前に、強引な軍事行動には踏み切れず、【神聖国クリシュトリア】の仲介のもと、帝国が膨大な賠償金をノリリスクに支払うことで、事態は静かな決着へと向かうかに思われた。
一ヶ月後。クリシュトリアの都市【ビヨン】にて、ノリリスク、ロンダルシア帝国、神聖国クリシュトリアの三国代表が一堂に会し、停戦交渉と賠償の詳細が話し合われようとした、まさにその時。
突如として、ノリリスクの代表者魔王より、【真人類解放宣言】が発せられた。
クリシュトリアの代表も、帝国の代表も、それはまさに寝耳に水の出来事だった。
真人類解放宣言。それは、不当に土地を奪われ、故郷を追われ、尊厳を奪われ、労働力として搾取されてきた、あらゆる少数種族の解放を高らかに謳うものだった。
この宣言に、大陸中の少数種族の部族が呼応した。
現在の列強八大勢力。【ロンダルシア帝国】、【神聖国クリシュトリア】、【竜大国】、【オクタゴン】、【V公国】、【ドラウグヘイム】、【大樹の国】、そして【賢者の学院】。そのいずれもが、長い歴史の中で、多かれ少なかれ触れられたくない暗部を抱えていた。
人類の歴史とは、そういうものだ。大きなものが小さなものを侵食し、拡大していく。そして、小さなものの歩みは無いものとされ、さらに大きくなっていく。
少数民族による、単発的な一斉蜂起。列強の首脳陣は、当初そう高を括っていた。
だが年が明け、武力蜂起した少数民族の部隊に、魔神共が後ろ盾として加わった瞬間、事態は一気に深刻の度合いを増した。
そう、ノリリスクの尖兵として、魔王軍により魔神の軍団が召喚されたのだった。
投入された魔神軍団は、強力無比だった。各国はその対処に追われることとなる。もはや対岸の火事では無くなっていた。
そして、この戦の大きな転換点となったのが、帝国の重要都市、水の都イニエスタの攻防であった。
水の都に駐留していた、ロンダルシア五大騎士団の一つが、魔大公率いる魔神軍団によって、完膚なきまでに叩きのめされ、壊滅の憂き目に遭ってしまった。
しかも、そのまま魔王軍によってイニエスタが占領されてしまうという最悪の結果を招いてしまった。
水の都と名高いイニエスタは、ただ美しいだけで讃えられている都市ではなかった。
大河ルードルを望む運河水路の要所として、全大陸の運搬の要として機能していた。
そこを魔王軍に抑えられるという事は、即ち運河という移動手段の要所を抑えられるという事。
そして、更に恐ろしいのがドゥエルグによって何百年と掘り進められた、地下坑道の存在だった。
彼らによって作成された坑道は、既に大陸中に網の目のように伸び、神出鬼没な兵の運用に一役買っていた。
現在列強八大国は、魔王軍に運河と地下、兵の運用の動線を握られていた。
それでも列強八大国は各々の思案の中、迅速に手を組む事が出来なかった。そこにつけ込まれ、各国は魔王軍に、更なる痛手を受ける事となる。
ここに来てやっと、神聖国クリシュトリアが盟主となり、先の大陸連合軍が組まれ、運河の要所であるイニエスタ奪還の挙兵が成されたのだが、謎の破壊の光により大陸連合軍と魔王軍の戦線崩壊という形で幕を閉じていた。
二つのパーティーの情報交換は続いている。
次は、ユルトが戦場の顛末を説明した。
傭兵連隊の壊滅、あの閃光、森への撤退。淡々と、しかし要点を落とすことなく語っていく。
そして竜騎士の話に差し掛かった時だった。
「……お待ちください」
それまで黙って耳を傾けていたカシミールが、静かに口を挟んだ。
「その、傷ついていたという竜騎士は、単騎でしたか?」
思いがけない問いに、ユルトは記憶を辿るように目を細めた。
「あぁ。俺達が見た時は、確かに一騎きりだった。もう一騎の姿は、どこにも」
その答えに、カシミールの表情が、わずかに強張った。
「……やはり」
「どういうことだ?」
訝しむユルトに、カシミールは静かに続けた。
「今回の戦に出陣していた竜騎士は、二騎です。……ゲートから魔大公が現れた際、その二騎は共に、魔大公と交戦していたと聞いています」
室内に重い沈黙が落ちた。
「そして、あの戦場に降り注いだ光。あれは、敵味方の区別なく、大陸連合軍にも、魔王軍にも等しく降り注ぎ、双方の戦力を壊滅的に叩きました」
カシミールの視線が、静かにエルへと向けられた。
「……間違いありませんね?」
問われたエルは、一拍の間を置いて、小さく頷いた。
「はい。……撤退できたもう一騎の竜騎士から、同じ報告を受けています。魔大公、そしてもう一騎の竜騎士も光に呑まれたと……」
その声は落ち着いていたが、どこか硬いものを孕んでいた。
「じゃあ……」
それまで黙って聞いていたアウロラが、堪えきれないというように口を開いた。
「じゃあ、誰があの光を使ったの? 魔王軍……じゃないの?」
誰もが抱いていたはずの疑問が、ようやくここで言葉になった。
カシミールは、ゆっくりと首を横に振った。
「分かりません。……ですが、魔大公もおそらく、あの光に飲まれています。魔王軍があの破壊の光を使用したとは思えません。……いくら上位魔神とはいえ無事では、済んでいないでしょう」
「どうしてそう言い切れる?」
ユルトの問いに、カシミールは静かに答えた。
「魔大公は、魔神軍団の最高戦力の一角です。……あの状況で、彼を捨て駒にするとは、到底思えません。もし魔王軍側があの光の出所であるなら、真っ先に己の最高戦力だけは、光の範囲から逃がしていたはずです」
「……じゃあ、誰が」
ティロネが、掠れた声で呟いた。
「帝国? まさか、味方が味方を……」
「分かりません」
カシミールは、静かに、しかしはっきりと繰り返した。
「今、確かなことは、何一つとしてありません」
重い空気が、部屋の中に満ちる。
その沈黙を破ったのは、ユーヌリオンだった。
「……だから、俺達はここに来た」
いつもの飄々とした調子は鳴りを潜め、その声には、珍しく真剣な響きが滲んでいた。
「あの光の正体を突き止める。それが今の俺達のそして、あんた達の目的だろう?」
誰も、それ以上は何も言わなかった。
ただ、それぞれの胸の内で、同じ問いだけが、静かに重さを増していった。




