第7話 剣聖と賢者(一)
日の出と共に、一行は出発した。
先頭を歩くエルの姿を、ムーンは自然と目で追っていた。
濃紺のローブの下には、竜鱗を編み込んだドラゴンスケイルの鎧が、朝の淡い光に鈍く輝いている。左手には黒革の手袋、左目には同じ色の眼帯。普段から変わらぬ出で立ちだが、背中にはドラゴンシールドを、腰にはドラゴンテイルという戦鎚を提げている。
通常時は無骨なメイスにしか見えぬその得物が、柄を捻るだけで八本の刃を持つモーニングスターへと姿を変える仕掛け武器。そんな話を、昨夜ユルトから聞かされたばかりだった。
ムーン、ティロネ、アウロラの装いは、いつもと変わらない。海牛のブラックレザーアーマーに複合弓とマチェット。ワインレッドのローブと樫の杖。若草色のレザーアーマーとスピア。
ただ、ユルトだけが、昨日までとは、少し違って見えた。
ミスリルを編み込んだチェインメイルの上に、竜大国から支給されたという、枯れ草色のマントを羽織っている。
そのチェインメイルは、かつてドワーフ族の集落を魔物の襲撃から救った礼にと、贈られたものだと聞いていた。ドワーフ族長自らが鍛えた一品だという。
腰には、いつものバスタードソードに加え、大ぶりなメッサーが、もう一振り差し込まれていた。
そうしてエルと並んで歩く姿は、まるで竜大国の従軍騎士のようにも見えた。
森を抜けると、街道へと出た。
あちこちに、魔神の骸が転がっている。
だが、それ以上に目立つのは、人間の兵士達の亡骸だった。うつ伏せに、あるいは仰向けに、力尽きたままの姿で、街道の至る所に横たわっている。
誰も、何も言わなかった。
生存者は、一人も見つからなかった。
歩を進めるごとに、皆の口数は、次第に少なくなっていった。
出発からちょうど昼に差し掛かった頃、一行は放棄された村に辿り着いた。
朽ちかけた家々の合間で、しばしの休息を取ることになった。
誰もが無言のまま、乾いたパンと干し肉を口に運んでいた、その時だった。
「……誰かいる」
アウロラの肩の上で、パピーが不意に身を起こした。いつもの気まぐれな笑みは消え、その小さな瞳が、村の奥のムーン達が入ってきたとは別の入り口へと向けられている。
「人の気配よ。それも、複数」
ムーンが、素早く弓に手をかけた。ユルトもまた、無言のままバスタードソードの柄に手をかけ、エルは静かにドラゴンテイルを手繰り寄せる。
百メートル程先、四人の男がモンスターと対峙していた。
オーガーと呼ばれる肉食の人型のモンスターが、建物の影から四人に躍りかかっていた。数は五体。
身の丈は二メートルを超える、凶暴な肉食のモンスターだ。平時は森の獣を狩ることが多いが、人肉や亜人を食料とみなして襲うこともある。
対峙している四人の男達は皆落ち着いているように見えた。
一人は、灰色のローブを纏った、線の細い男だった。額には、控えめな宝石が嵌め込まれたサークレットが、太陽の光に反射し煌めいている。それ自体が、魔法の発動体なのだろう。右手には小ぶりなワンドが握られている。
もう一人は、同じ灰色のマントを羽織りながらも、装いはまるで違った。動きやすさを重視したチェインメイル、右手には既に抜剣された、刀身が青白く発光し続けている魔法のブロードソード。左手には、意匠を凝らしたカイトシールドを構えている。
残る二人は、瓜二つの顔立ちをしていた。片方は短く刈り込み整えられた金髪、もう片方は長く伸ばした青みがかった黒髪を後ろで束ねている。共にチェインメイルの上に部分的な板金鎧を重ね、腰にはロングソード、左手にはカイトシールドと、先ほどのブロードソードの男と、よく似た装備の様式だった。マントの色だけが違う。短髪の男は深緑、長髪の男は青。
「三体はこちらで受ける! ヒルス、ノクス、いつも通りだ!」
声を張ったのは、灰色のマントの剣士だった。声は落ち着いていたが、その言葉には迷いも気負いもなかった。
「了解!」
「承知!」
短髪のヒルスと、長髪のノクスが同時に応じ、地を蹴った。
二人が狙いを定めたのは、五体のうち最も接近していた一体だった。
オーガーが振り上げた丸太のような右腕、その一撃をヒルスが盾で正面から受け止める。金属と骨がぶつかり合う重い音が響いたが、ヒルスの足は一歩も下がらなかった。
その隙に、ノクスの剣が閃く。教本通りとしか言いようのない、無駄のない一閃。オーガーの太い足の腱を、正確に狙って薙いだ。
「グガアッ!」
オーガーの巨体が、大きくよろめく。体勢を崩したその一瞬を、ヒルスが見逃すはずもなかった。盾で受けたばかりの右腕に、間髪入れず斬りつける。骨に届くほどの深い一撃。
二人は言葉を交わすことなく、次の瞬間には役割を入れ替えていた。ヒルスが斬り込み、ノクスが受ける。受ける者、攻める者、演舞のように目まぐるしくその役割が変わり、その呼吸に一切の乱れがない。
一体のオーガーに対して、常に二人がかり。数の利を活かすでもなく、ただひたすらに、確実に一体を仕留めることだけに徹している。
「危なげないな……」
既に抜剣し、援護に走り出していたユルトが、思わず呟いた。歴戦の傭兵の目から見ても、その動きには一片の無駄もなかった。派手さこそないが、教科書に載せられるような、完成された剣術だった。
もう一体のオーガーが、灰色のマントの剣士へと迫っていた。
「グルアアアッ!」
咆哮と共にオーガーの爪が、真横から薙ぎ払われる。
剣士は半歩だけ引き、その一撃を紙一重で躱すと、返す刀で青白く輝くブロードソードを振るった。魔法を纏った刀身が、オーガーの分厚い皮膚を、まるで薄紙のように斬り裂く。
「ガアッ……!?」
オーガーが怯んだ隙に、剣士はさらに踏み込んだ。カイトシールドで押し込み、オーガーの体勢を崩し、返す刃で喉元を薙ぐ。一撃、また一撃。動きに迷いがなく、まるで見えているものが違うかのようだった。
「……なんて剣筋だ」
ユルトが、今度は感嘆の声を漏らした。数多の戦場を生き延びてきた自分の目にも、あの灰色の剣士の動きは異質だった。力任せでもなく、技巧に走りすぎるでもない。ただ、必要な分だけの動きで、確実に急所を捉えていく。
残る三体のオーガーが、ユーヌリオンに躍りかかろうと距離を詰める。
灰色のローブの魔術師が、そのオーガー三体を視界にとらえる。
「そこを動くな」
静かな声と共に、灰色のローブの魔術師が右手のワンドを掲げた。
その瞬間、彼の手元に、青い光の球体が生まれる。
「ライトニングチェイン」
球体から放たれた青い稲妻が、まるで意志を持つかのように、一体のオーガーの頭上から、もう一体の足元から、さらにもう一体の背後から、三方向同時に襲いかかった。
避ける間もなかった。稲妻はそれぞれの標的に正確に命中し、巨体を痙攣させる。
「グガアアアッ!」
三体が同時に体勢を崩す。魔術師はその隙を逃さず、二射目のライトニングチェインを放った。
完全に無力化された三体のオーガーに、先ほど一体を仕留め終えたヒルスとノクスが、そしてもう一体を圧倒していた剣士が、間髪入れず斬り込んでいく。
もはや戦闘とは呼べなかった。一方的な蹂躙だった。
五体のオーガーは、瞬く間に骸へと変わり、地に沈んだ。
一部始終を見ていたユルトが、ムーン達を振り返った。
「……オーガーだぞ……しかも五体を瞬殺……」
その声には、隠しきれない驚嘆が滲んでいた。
熟練の冒険者でも、オーガー一体に手を焼くこともある。新人の冒険者パーティーなど、あっさり全滅させられる化け物だ。それを、あの四人はまるで教官が新人剣士に行う模擬戦のように、あっさりと片付けた。
「……あの魔術師の魔法、発動が早すぎる。詠唱破棄か……いや」
ティロネが、目を見開いたまま呟いた。
「詠唱破棄じゃない。あんな精密な多方向攻撃、詠唱破棄でこなせる域じゃない……」
彼女の視線は、灰色のローブの魔術師に釘付けになっていた。




