↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰と誓い ―五つの秘宝と竜の咆哮―   作者: ARUKA KAWATOMO


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/21

第4話 竜司祭(ニ)

 その頃、ユルトは重傷者用の天幕にいた。

 薬草と血の匂いが混じり合う中、簡易寝台に横たわる者達の間を、ユルトは一人ひとり顔を確認しながら歩いていく。

(オクタゴンが動員した戦力は、確か正規兵が八千、そして俺達のような雇用傭兵が一万……総数一万八千…それがわずか数時間で)

 歩きながら、ユルトは頭の中で数え直していた。

 オクタゴンという国は、民主商業国家だ。

 国に多くの税を納めている有力な商家、また市民の選挙で選ばれた議員達が議会を通して国を運営している。

 選挙権は国家試験をパスし、一定の学力を認められた者、または一定金額の納税を行っている者に限られるが、市民が自治している数少ない前衛的な国家である。

 その為、思想や伝統よりも、民意や実利に走ることもあるが、利益の為に国の方針が定まるという、非常に分かりやすい国家だ。

 兵科は、自前の正規兵、技術兵や修繕兵、まだ他国には配備されてないような、最新型の技術を纏った重装歩兵部隊を主力の一角に据えながらも、その戦力の大半を、各地から報酬によって搔き集めた雇用傭兵に頼っていた。

 故に、名誉やその土地を守る貴族を擁する他国家と違い、負け戦や流れが悪くなると非常に脆い一面も抱えていた。

 その悪い面がこの不測の事態で表面化されたとユルトは考えていた。

 一万の傭兵は、十連隊に分かれて配置されている。ユルトの連隊は、その十ある傭兵連隊のうちの、一つに過ぎない。

「……ユルト隊長」

 寝台の一つから、掠れた声がかかった。

 包帯だらけの体を起こそうとするその男に、ユルトは慌てて駆け寄った。

「無理に起きるな。……お前、第一傭兵連隊のバリスか」

「ええ……情けない姿を……」

 バリスと呼ばれた男は、力なく笑った。彼は、第一傭兵連隊の副隊長。ユルトとは、以前の任務で幾度か顔を合わせたことのある間柄だった。

「お前の連隊も、左翼の戦場にいたのか」

 最前線とは少し離れた、後方に位置された場所だった。

「はい……。魔神の増援が来た辺りまでは、なんとか。……その後は、正直、覚えていません。連隊の連中もバラバラで。気づいたらここに担ぎ込まれていました」

 バリスは、包帯に覆われた自分の腕を、ぼんやりと見下ろした。

「連隊の……他の者は」

 その問いに、ユルトは短く首を横に振った。

「分からん。俺のところも、分隊した百のうち十六まで減った」

「……そうですか」

 バリスは、目を伏せた。しばしの沈黙が、二人の間に落ちる。

「……他の連隊も、似たようなものだろうな」

 ユルトが、重い声で呟いた。

「あの光だ。俺達は運良く後方にいたが、前方や中央にいた部隊は、ほとんど巻き込まれたはずだ。オクタゴンだけじゃない、ロンダルシアもクリシュトリアも……あの一帯にいた連中は、軒並みやられただろう」

「……十連隊の、ほとんどが……」

 バリスの声が、掠れて消える。

 ユルトは、しばし黙り込んだ。だが、やがて、努めて力のこもった声で言った。

「……だが、傭兵ってのは、しぶといもんだ」

 バリスが、驚いたように顔を上げる。

「俺達だって、あの状況を切り抜けた。十六人だが、生き残った。……お前の連隊にだって、俺達みたいに、命拾いした奴らがいるかもしれん。傭兵は、簡単には死なん。そういう連中ばかりが、この稼業には残ってる」

「……ユルト隊長」

「今は、体を治すことだけ考えろ。話は、それからだ」

 ユルトは、バリスの肩に軽く手を置くと、次の寝台へと足を向けた。

 振り返らずとも、バリスが小さく頷いた気配が伝わってきた。

 天幕の外では、薄曇りの朝の光が、静かに陣を照らしていた。


 

 同じ時刻、ムーン、アウロラ、ティロネは、与えられた簡素な天幕へと戻ってきた。

 薄い布一枚を隔てただけの天幕の中は、外の喧騒から切り離された、奇妙な静けさに包まれていた。小さなランプの灯りが、三人の影を壁に長く伸ばしている。

 誰も、しばらくは口を開かなかった。

 張り詰めていた糸が、ようやく緩み始めていた。それは安堵というより、むしろ自分達がまだ、ここに、生きて座っているという事実への、静かな戸惑いに近かった。

 その沈黙を破ったのは、アウロラだった。

「……ムーン」

 彼女は座り直すと、改めて彼へと向き直った。砂塵に汚れた金髪の下、その瞳には、隠しきれない疲労と、それでも消えない光があった。

「貴方がいなかったら、私達……無事ではいられなかったわ」

 声は、思っていたよりも掠れていた。喉の奥に、まだ昨日の絶叫がこびりついているかのように。

 ムーンは、ちらりとアウロラへ顔を向けた。

「……あぁ」

 それだけだった。短く、素っ気ない返事。

 彼はすぐに視線を落とし、膝の上に広げた複合弓の手入れへと戻っていく。弦の張りを確かめる指先だけが、黙々と動き続けていた。

 その膝の上に、いつの間にかパピーが腰を下ろしていた。興味深そうに、弓の弦を覗き込んでいる。まだ本調子ではないのだろう、羽ばたきには、いつもの元気がない。

「……いや、本当に助かった」

 ティロネが、ぽつりと言葉を継いだ。

「大魔法は、後隙が大きくて……本当は、無闇に使えないんだ。失敗すれば、私自身が丸裸になる。……でも、貴方の矢が的確に隙を作ってくれたから、要所でちゃんと使うことができた」

 彼女は、そこで初めて、ムーンの弓をまじまじと見つめた。

「そういえば……あれだけの激戦の中で、君は一度も、矢を外さなかったよね。……技術も凄いんだろうけど、その弓何か特別な仕掛けでもあるのかい?」

 ムーンの手が、一瞬だけ止まった。だが、答えを返す前に、

「シルフよ」

 膝の上から、パピーが得意げに答えた。

「彼、シルフに好かれてるの。気づいてなかった? 戦ってる間中、彼の周りには、ずっとご機嫌なシルフ達が漂ってたわ」

 くるりと宙に浮き上がり、パピーはひらひらと舞ってみせる。

「シルフはね〜綺麗な顔をした男の子には、みんな弱いのよ」

「……妖精のあなたも、でしょう」

 アウロラが、すかさず突っ込んだ。口元には、意地悪な笑みが浮かんでいる。

「あら、否定はしないわ」

 パピーが、悪びれもせずに答えた。

 一拍の間があって、ティロネが、堪えきれずに小さく吹き出した。

「……ハハっ」

 それにつられるように、アウロラの肩からも、力が抜けたような笑いが漏れる。

 張り詰めていた空気が、ようやく緩んだ。

 昨日、あれほどの血と絶叫の中を潜り抜けてきたというのに、こんな些細なやり取りひとつで、ふと笑えてしまう。それが、どこか不思議で、同時に、たまらなく尊いことのように思えた。

 ムーンの口の端が、微かに緩んでいる。澄んだ湖のような青い目には、戦場では決して見せなかった優しい光が宿っていた。彼は何も言わなかったが、二人にはそれで十分だった。

 小さなランプの灯りの下、ここに集った者達に、久しぶりの静かな安らぎが訪れていた。


 

 その夜、エルは一人になった天幕の中、灯りを落とし、寝台に腰を下ろした。

 脳裏に蘇るのは、出立の三日前。竜大国の聖庁、その最奥で交わされた、密談の記憶だった。

 現在、竜大国には三人の枢機卿がいる。高司祭よりもさらに上、【竜王】猊下に直接お目通りできる、数少ない立場だ。

 その中でも、枢機卿最年長の男フェリクス。八十歳になるという、小柄で柔和な顔立ちの老人。だが、その足取りはしっかりとしており、細めた目の奥には、年齢を感じさせない鋭さが宿っていた。

「エル殿。……竜王猊下より神託が、降りました」

 フェリクスは、そう切り出した。

「カルミアード猊下より、直々に」

 エルは、次の言葉を待った。

「五つの秘宝を、持ち帰れとの仰せです」

 その言葉に、エルは息を呑んだ。

「……そして猊下よりこれを下賜されました」

 フェリクスは厳重に紫色の布で包まれた木箱を手渡す。

 エルはそれを恭しく受け取った。ズシリと両手に重みを感じた。

「ご存知の通り、元来竜には、宝を集めようとする本能がございます。……そして、現在の竜王カルミアード猊下は、歴代の竜王の中でも、特にその本能が強い」

 フェリクスは、静かに続けた。

「その本能ゆえにこそ、我が竜大国の版図は、これほどまでに広くなった。……だが、それは同時に、諸刃の剣でもあるのです」

 竜大国は竜王という【エンシェントドラゴン】を頂に持ち、竜王の縄張り意識によってその版図が増減する国家である。領土の増減に人の意思は介入できない。

 先代の【憤怒の竜王】フロルマージュから、【強欲の竜王】カルミアードに代替わりした際、カルミアードの縄張り意識はフロルマージュを遥かに超え、竜大国の国土が、一気に倍以上に膨れ上がった過去がある。

 その増えた縄張り意識の中には、勿論隣国の領土も含まれるが、近年では隣国も事を荒立てる事なく、金銭で解決したり、話し合いにより共同統治にしたりと工夫がなされてきた。

 それは、過去武力で解決しようとした隣国の貴族、王族の軍隊がことごとく竜王の怒りと共に灰燼となり、高い授業料を支払ったからではあるが。

「五つの秘宝の、お話をお聞かせいただけますか」

 五つの秘宝はいずれも、五大秘宝ともいわれる。それは、大陸全土を長きに渡り支配していた【魔導王】が所持し、恒久的な支配にも大きく力を与えていたと言われている秘宝中の秘宝。1210年、魔導王国の【二つの塔】が崩壊した際に、一斉に行方不明になったと言われているアーティファクトであった。

 エルの問いに、フェリクスは頷いた。

「一つは、既に【浮遊城】にございます。……忌まわしき鎖、【怨嗟の鎖】の逸話をご存知でしょう」

 エルは頷いた。かつて魔導王が、先代竜王フロルマージュを縛り上げ、犬馬のように従属させていたという、あの忌まわしき呪われた鎖の伝説。

 遥か昔、巨人族が世界を支配していた時代、ドラウグヘイム建国の始祖と伝えられている、鉄鎖使いの【蛮王】首狩りゲンドリックが、この鎖でどんな巨人をも跪かせ、次々とその首を刈っていき巨人の時代を終わらせ、鋼鉄と人の時代を創生したという伝説を思い出した。

「残る四つは、長らく所在不明とされてきました。【星の目】、【夜明けの明星】、【叡智の王冠】そして、名すら定かでない、最後の一つ」

 フェリクスは、一つひとつを噛み締めるように、その名を挙げていった。

「ですが、猊下はつい先程、長らく失われていたその秘宝の気配を感じ取られたとのことです」

「……気配、ですか」

 エルには理解できなかったが、竜王カルミアードも魔導王国時代を生きたドラゴンのひとり。その秘宝が放つなんらかの力を感じとったという事だろうか。

「大陸全土を巻き込むこの戦火の最中……魔王軍か、あるいは帝国か、他のどこかの国が、その力を求めて探し当て、すでに手にしているのかもしれません」

 フェリクスの声が、僅かに低くなった。

「もし、猊下がその本能を抑えきれなくなれば……」

 エルは、黙って続きを待った。

「所持しているのが魔王軍であれば、まだよろしい。猊下がそのまま、魔王軍と敵対してくださるならば、それこそ僥倖と言えましょう」

「……ですが、もし」

「もし、それを他の国が所持していたと分かれば」

 フェリクスの目に、初めて明確な憂いが浮かんだ。

「猊下は、秘宝を手に入れる為ならば、手段を選ばないでしょう。交渉でその国が秘宝を手放せば良し。しかし手放さなければ…」

 一旦言葉を区切り、噛み締めるように続けた。

「……その国を迷う事なく蹂躙するでしょう。……我が竜大国とて、竜王の意思を止めることはできません」

 天幕の中の記憶の中で、フェリクスの声が、なおも続いていた。

「魔王軍との対立も明確になる中、そのようなことが起これば、大陸は前代未聞の大戦乱に見舞われることになりましょう。……それが起こる前に、何としても、手がかりを見つけ出すのです」

 エルは、その時の重い沈黙を、今もはっきりと覚えている。

(何としても、見つけなければ)

 彼女は初めて竜王カルミアードに謁見した時の事を思い出していた。

 黒曜石を思わせる漆黒の鱗、大蛇のようにトグロを巻いた長い尾の先は鉤爪のような形状をしていた。

 尾が時折り相槌を打つように上下する。そして何より記憶に残っているのは、爛々と燃える炎のように光輝く、真紅の双眸であった。

 その目には確かな知性の光が宿っていた。例えるなら竜というよりも、何でも見通す年を経た賢者のような、光があった。

 その目は拝謁の中、最後まで真っ直ぐにエルの左目に注がれていた。

 魔法の疲労からか、次第に思考は闇に包まれた。そして、どこまでも沈んでいくような感覚のある暗闇の中、静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。