第17話 死神の笛(一)
ムーン達一行と別れ、カシミール達は、聖騎士団と共に道を進んでいた。
目指すはムーン達が身を寄せていたという、竜大国重装歩兵隊スケイルガード第一師団のキャンプである。
場所はエルから詳しく聞き、師団長への簡単な手紙も受け取っていた。
聖騎士団は、総勢十八人の一団だった。だが、その全員が同じ目的地を目指すわけではない。
女聖騎士グノーシアと、終始軽口ばかり叩いていた、聖騎士ランドラス。
この二人が、団長への報告を理由に、途中で別行動を取ったのだ。
「竜大国のキャンプには医療品と司祭が足りないようだ。そちらの補充もベルガドット団長に伝えてくれ」
クレオスが二人に告げた。
「承知しました。では、我々はここで」
その言葉を残し、二人は街道を外れ、別の方角へ馬を走らせた。
聖騎士団副団長クレオス、寡黙な聖騎士アグニスを筆頭に巨漢の聖騎士パウエルと他聖騎士、従騎士を合わせ十六人。それにカシミール、ユーヌリオン、そしてヒルスとノクスの双子を合わせた二十人の一行が、エル達から聞いていた、竜大国の陣営を目指すことになった。
道中、魔神の残党とモンスターの襲撃があった。この一行は問題なく撃退したが、二度ほど大きく足を止めることとなった。
そうして辿り着いた竜大国のキャンプは、聞いていた以上に、慌ただしい様相を呈していた。
オクタゴンの紋章の鎧や盾を持った者、ロンダルシア帝国の鎧を纏った者も加わっていたが、その多くは、増援や補給の兵ではなかった。連合軍の負傷兵が運び込まれ、聞いていた人数よりも、キャンプの規模が膨らんでいた。
しかし、常駐している竜大国の兵はユルトから聞いていたよりも少なかった。
包帯を巻かれ、担架で運ばれていく者。呻き声を上げながら、従軍神官の治療を待つ者。あちこちに広げられた天幕の中で、慌ただしく治療が行われている光景が、キャンプ全体を覆っていた。
「……負傷兵の数が、相当なものですね」
カシミールが、その様子を見渡しながら、静かに呟いた。
誰も、それ以上の言葉は続けなかった。
重装歩兵隊スケイルガード第一師団の師団長の天幕へと向かう道の途中、簡素な柵で囲われた厩舎のような一角に、一頭の地竜が繋がれているのが目に入った。
地竜は、長旅での喉の渇きを癒すように、水桶に顔を突っ込んで水を平らげている。
「……あれが噂の地竜ですか? 間近で初めて見ました」
ヒルスが、興味深そうに足を止めかけた。
「そういえば、実際どのようなものなんです? 話には聞きますが」
「ええ」
カシミールが、歩みを緩めることなく応じる。
「竜大国が運用している、地上専用の騎乗生物ですよ。ドラゴンとはまったくの別種です」
「別種、ですか」
「ドラゴンは空を飛びますが、地竜は飛べません。その代わり、二足歩行で、馬並みの機動力を持っています。……主な品種は、二つあると聞いたことがあります」
カシミールは、記憶を辿るように続けた。
「一つは、サラマンドラ種。体格が良く、勇猛な性質で、戦闘向きの品種です。その膂力は、鍛えられた軍馬に匹敵します」
カシミールは、柵の向こうへちらりと目をやってから、続けた。
「もう一つは、スプリガン種。機動力と持久力に優れていて、伝令や斥候などの任務に適しているそうです」
柵の向こうに繋がれたその一頭は、しなやかな緑の体躯をしていた。
「あれは、恐らくスプリガン種でしょうね」
「へえ……」
ノクスが、興味深そうに頷く。
「馬とはまた違う、独自の戦術的な運用ができる、ということですね」
「そういうことです。竜騎士ほどの派手さはありませんが、竜大国の実務を支える、要の戦力だそうですよ」
双子は、顔を見合わせ、感心したように頷き合った。
竜大国の騎士従者にエルから預かった手紙を渡した所、ひときわ大きい天幕に案内された。
中に入ると、そこには二人の男の姿があった。
奥に居る男は、風格や身につけている鎧などから竜大国重装歩兵隊スケイルガード第一師団の師団長、ライガルドと推測できた。
そしてもう一人は、スケイルメイルを纏った、騎士風の男だった。
ライガルドの表情は、明らかに険しかった。
「……失礼する」
スケイルメイルの男は、一行と入れ替わるようにして、短く一礼すると、足早に天幕を後にした。
何かを報告していたところだったのだろう、その背中には、隠しきれない緊張が滲んでいた。
「よく来た。私が竜大国重装歩兵隊スケイルガード第一師団を預かるライガルドだ」
ライガルドが、一同を見渡しながら、低く声をかけた。
代表して、カシミールが一歩前へと出る。
「賢者の学院のカシミールです。この度は、お時間をいただき感謝します」
「クリシュトリア聖騎士団副団長、クレオスです」
互いに、簡潔な挨拶を交わす。
「エル殿、そしてユルト殿達の様子はいかがでしたか」
ライガルドが、開口一番にそう尋ねた。そのことからもライガルドの実直さが窺える。
「はい。……道中、いくつかの出来事がありました」
カシミールは、これまでの経緯を、順を追って語った。爆心地での魔大公の大槍の発見、その先に続く痕跡の追跡、そしてエルが、独自の判断で、その痕跡を追って大樹の森へと向かったと。
「……大樹の森、か」
ライガルドは、その言葉に、何かを噛み締めるように目を伏せた。
「実は、こちらにも、いくつか耳に入れておきたい話がある」
彼は、そう切り出すと、一同を見渡した。
「……だが、ここで立ち話をするような内容ではない。皆、道中の疲れもあるだろう。一時間後、この天幕に集まってもらえないだろうか。互いの情報と、今の状況について、意見を交わしたい」
その声には、これまでにない重みがあった。
「かなり重要な話になる。……憶測や、まだ確証のない仮定の話も、含まれることになるだろう」
ライガルドは、一拍置いてから、続けた。
「だからこそ、各陣営、二名までで頼みたい。少人数で、腹を割って話がしたい」
その場にいた誰もが、一瞬、顔を見合わせた。だが、異論を唱える者はいなかった。
「……承知しました。今は断片的な情報が多く、私も、どんな些細な情報でも欲しいところです」
カシミールが、静かに頷く。
「こちらも、それで構いません」
クレオスもまた、短くそう応じた。
一時間後の話し合いに向け、一行はそれぞれ、束の間の休息を取ることとなった。




