↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰と誓い ―五つの秘宝と竜の咆哮―   作者: ARUKA KAWATOMO


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/22

第12話 禁忌の遺物(ニ)

 その頃、ムーンは一人、ドラゴンの亡骸の周辺を、無言のまま歩き回っていた。

 地面に膝をつき、焼け爛れた土の上に残る、微かな痕跡を目で追う。

 常人ならば、ただの風紋の一つとして見過ごしてしまうような、ごく僅かな凹凸。

 だが、幼い頃から森で鍛えられた狩人の目は、そこに刻まれた意味を、見逃さなかった。

(……先客がいたな)

 足跡は、複数人のパーティーが二つ。

 一つは、四人組。

 踵がほとんど沈まず、まるで踵が存在しないような地を滑るような足運び。二足歩行ではあるが、明らかに歩き方が人ではない。

 二年間、どれほど探しても掴めなかった影が、今、目の前の焼け土に刻まれている。

(とうとう見つけた!)

 ムーンは、震えそうになる指を土から離した。

 うち二人は、歩幅が通常の人間よりも大きい。かなりの長身の者だと知れた。

 もう一人は、小柄な女性。かなり体重は軽そうだ。  

 そして、残る一人は歩幅が極端に短く、それでいて足の運びに一切の乱れがない。恐らくは、小柄な種族、体重は軽い。足跡の凹みから装備は軽装だ。全員、重装備の兵士では無いが、動きに淀みがなく、統率の取れた足取りだった。ただの旅人や野盗の類ではない。かなりの訓練を積んだ者達の歩みだ。

 もう一つは、五人組。

 こちらの足跡には、また違った特徴があった。足幅が細く、爪先から着地する、踵が細い独特の歩法。エルフ、あるいはダークエルフに特有の特徴だった。こちらは軽装備と重装備のものが混じっている。

 そして、両者の痕跡は、いずれも同じ方向へと向かっていた。

 まるで、何かを追うように。

 乾き具合、そして焼け土の上に残った痕跡の鮮明さから見て、まだそう時間は経っていない。半日と経ってはいないだろう。

「……ユルト」

 ムーンは、痕跡から目を離さぬまま、近くにいたユルトを呼んだ。

 その静かな、しかしどこか張り詰めた声音に、ユルトはすぐに異変を察したらしい。バスタードソードの柄に手をかけたまま、足早に歩み寄ってくる。

「どうした」

「先客がいた。……二組」

 ムーンは、指先で地面をなぞるようにして示した。

「一組は四人。うち二人はかなりの長身……もう一人は小柄な女性。残り一人は、恐らくスモールフォーク。……素人の足取りじゃない」

「もう一組は?」

「五人。エルフか、ダークエルフ。歩き方でわかる」

 ムーンは、そこで一度、言葉を切った。

「両方とも……同じ方向に向かってる。まるで、何かを追ってるみたいに」

 ユルトの表情が、静かに険しさを増していく。

「……そんなに時間は経ってない、ということか?」

「ああ。痕跡がまだ鮮明だ」

 その会話に、いつの間にか近づいていたユーヌリオンが加わった。

「面白いことになってきたな」

「面白がってる場合か」

 ユルトが、呆れたように口を挟む。だが、二人とも、その目は真剣そのものだった。

「四人と、五人……両方とも、同じ方向へ。……偶然とは思えんな」

「ノリリスク側の斥候、という線もあり得るか」

 ユーヌリオンが、静かに推測を口にする。

「あるいは、帝国の残党か。……いずれにせよ」

 ユルトは痕跡の続く方向へと目を向けた。

「先を越されている、ということだけは確かだな」

 ムーンは、腕を組み痕跡の続く方向へと目を細めた。今すぐこの痕跡を追跡したいという衝動に駆られる。

「……行き先は?」

「この方角なら……恐らく大樹の森だ」

 ムーンが、その衝動を抑える様、大きく息を吐き短く答えた。

 答えたムーン自身は、その言葉に複雑な思いを抱いていた。

 三人がやり取りをしている所に、エルが祈りを終え、静かに立ち上がりムーンの方に歩み寄ってきた。

「……人の気配だ」

 歩み寄って来たエルにムーンが、低く呟いた。反射的に弓へと手が伸びる。ユルトもまた、バスタードソードの柄を握り直した。ユーヌリオンもいつの間にか抜剣している。

 警戒する様、全員が魔大公の大槍の近くに集まった。

 焼け爛れた地平の向こう、まだ立ち込める煙の切れ間から、二つの一団が姿を現した。

 一方は、旗印から神聖国クリシュトリアの聖騎士団の面々と分かった。

 先頭は、胸元に紋章がある聖騎士団の鎧を纏った、鋭い目つきの男。その後方には、寡黙な佇まいの若い聖騎士、常識人然とした大柄な戦士、黒髪を短く切り揃えた知的な風貌の女、軽薄な笑みを浮かべた剣士が続く。

 もう一方は、ドラウグヘイムの装束を纏った戦士が五人。そしてその中央に、両拳に鈍く輝く金属の籠手を嵌めた、筋骨隆々の大男が一人。纏う空気だけで、只者ではないと知れた。獲物を前にした獣のような、抑えきれない好戦的な気配を全身から放っている。

「……あの大男は?」

 ユルトが、警戒を滲ませながら問う。

「知らんな」

 ユーヌリオンが、興味なさそうに肩をすくめた。

 聖騎士団の先頭の男が、真っ直ぐに近づいてくる。

 そして大槍を見留めるなり、大股でこちらへと歩み寄ってきた。

「その大槍。魔大公の得物だな」

 有無を言わせぬ声音だった。

「クリシュトリア聖騎士団副団長、クレオスだ。その禁忌遺物、こちらで回収させてもらう」

「禁忌遺物?」

 カシミールが、静かに問い返した。

「呪われた魔具は、然るべき手順で封印・処分するのが、我が神聖国の務めだ」

 クレオスが、冷ややかに言葉を継いだ。

「賢者殿、悪いようにはしない。教会が責任を持って管理する」

 カシミールとクレオスに直接的な面識は無かったが、お互いの顔と存在は大陸連合の軍議で認識していた。

「お断りします」

 カシミールの返答は、静かだが、揺るぎなかった。

「……何?」

「この槍には、まだ調べるべきことが多く残っています。魔大公という存在の正体、そしてあの日の閃光との関わり。封印してしまえば、その手がかりも共に失われる」

「知識欲のために、危険な代物を野放しにするおつもりか」

 クレオスの声が、低くなる。

「賢者の学院の流儀は存じ上げないが、こちらは神聖国の教義に基づいて動いている。譲るわけにはいかん」

「こちらこそ、譲れません」

 二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちた。

 その空気を破るように、ドラウグヘイムの大男が、大股でこちらへと近づいてきた。

「よう、あんたが剣聖ユーヌリオンか」

 人懐っこいとも取れる、しかしどこか獰猛さを孕んだ笑みだった。

「ドラウグヘイムのベノンだ。……噂は、散々聞いてる」

「悪いが、そちらは知らないな」

 ユーヌリオンが、素っ気なく返す。

「そりゃそうだ、俺の方が一方的に聞いてただけだからな」

 ベノンは、気を悪くした様子もなく、むしろ愉快そうに笑った。

「大陸中の強者達が束になって、お前一人に敵わなかったって話。……嘘か本当か、この目で確かめたくてな」

 彼は、拳の籠手を打ち鳴らした。金属の擦れる、重い音が響く。

「一つ、腕比べといこうぜ」

「おいおい……空気読めよ。今それどころじゃないだろ」

 ユーヌリオンが、静かに首を振る。

 ムーンは心の中で、空気を読む……。

(お前がそれを言うなよ)と呆れたが、口には出さなかった。

 双子も同じ気持ちだったのか、顔を見合わせてニヤリと笑った。

 だが、ベノンはユーヌリオンの反応をまるで気にする様子もなかった。

「関係ねぇよ。……お前とはいつかやり合いたいと思ってたんでな」

「ベノン様、今は状況が」

 ドラウグヘイムの兵士の一人が、慌てて声をかけるが、当のベノンは聞く耳を持たない。

 張り詰めた空気が、その場を満たしていく。聖騎士団は槍の回収を、ベノンは力比べの機会を、それぞれ求めて動こうとしている。数の上では、明らかにこちらが分が悪い。

 ユルトが、無言でバスタードソードを引き抜いた。ムーンも、矢筒に手をかけたまま、静かに息を潜める。

 誰かが一歩でも動けば、それが引き金になる。そんな緊張が、焼け爛れた大地の上に、重く垂れ込めていた。

 張り詰めた空気の中、静かに口を開いたのはカシミールだった。

「クレオス殿。……一つ、提案があります」

「提案?」

「遺物や発見物の権利は、最初に発見した者に帰属する。これは、冒険者の間で古くから守られてきた不文律です。今回、この槍を最初に見つけたのは、私達です」

 クレオスの眉が、微かに動く。

「ですが、私も無理を通すつもりはありません。研究が終わり次第、この槍は必ず教会へと引き渡す。……そして、そこから分かったことは、私達賢者の学院だけの知見に留めず、各国の首脳陣にも共有する。魔大公、そして魔神軍団の弱点に繋がる手がかりが、そこに眠っている可能性がある」

 しばしの沈黙。クレオスは、値踏みするようにカシミールを見つめていたが、やがて短く息を吐いた。

「……賢者殿の言い分、一理あるな。分かった、それで手を打とう」

 そして、一人の若い聖騎士へと目を向けた。

「アグニス。賢者の学院には、お前が同行しろ。学院での研究、逐一報告するように」

 名を呼ばれた寡黙な青年、アグニスは、無言のまま小さく頷いた。

「おいおい、ちょっと待て」

 不服そうな声を上げたのは、ベノンだった。

「じゃあ俺は結局、何もできねぇってことか。魔大公とはやり合えねぇ、剣聖ともお預けか」

「今回はそういうことだ」

 クレオスが、素っ気なく返す。ベノンは、大きく舌打ちをすると、拳を打ち鳴らした。

「くだらねぇ。……付き合ってられるか」

 吐き捨てるようにそう言うと、ベノンはドラウグヘイムの兵士達を引き連れ、聖騎士団とは違う方向へと、大股で歩き去っていった。

「……次だ。次は必ずだからな、剣聖!」

 その背中越しに投げつけられた声に、ユーヌリオンは応えることなく、ただ肩をすくめただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。