第11話 禁忌の遺物(一)
村を発ってからというもの、道のりはさらに凄惨さを増していった。
街道の惨状など、序の口に過ぎなかったのだと、皆が悟るまでにそう時間はかからなかった。
折り重なる鎧の残骸、朽ちかけた旗、まだ乾ききらぬ血だまりが土に染み込み、黒く沈んでいる。
歩を進めるたびに、鼻を突く死臭が濃くなっていく。
道中、誰も口を開かなかった。
そうして、しばらく歩き続けた頃、一行はついに、その場所へと辿り着いた。
爆心地。
そう呼ぶより他になかった。
中心部は、地形そのものが、変わり果てていた。
大地は幾重にも抉れ、まるで巨大な熱線がひと薙ぎに大地を舐め尽くしたかのように、放射状に地表が焼け爛れている。
土は熱によって玉虫色のガラス質へと変じ、踏みしめるたびに硬質な音を立てた。木々は影も形もなく、あるはずの丘陵さえ、なだらかに溶け崩れている。
これほどの規模の破壊を、いったい何が成し得るというのか。
古の竜のブレスでさえ不可能であろう。
一人の人間の想像力では、到底、追いつくものではなかった。
ただエルには心当たりがあった。【夜明けの明星】魔導王五大秘宝の内のひとつ。それを使用した後の口伝にそっくりであった。
「……酷い」
アウロラが、掠れた声でそう呟いた。それ以上の言葉は、誰の口からも出てこなかった。
「……」
カシミールが何か小さく呟きながら、ガラス化した地表の土を採取している。右手のワンドには魔法の光も宿っていた。
その凄惨な光景の中央付近、一際大きな影が横たわっていた。
エルが、真っ先にそこへと歩み寄る。
ドラゴンの亡骸だった。
いや、亡骸と呼ぶことすら、憚られるほどの有様だった。あの熱線に焼かれたのだろう、鱗の多くが黒く炭化し、剥がれ落ち、露わになった骨格の一部までもが、変質し脆く砕けている。片方の瞳だけが太陽の光に反射し無念を物語っている。かつてどれほど雄々しく空を舞っていたのか、今となっては、その面影を辿ることさえ難しかった。
エルは、その骸の傍らに、静かに膝をついた。
ドラゴンシールドを地に立てかけ、両手を組む。竜大国の司祭としての作法、竜へと捧げる祈りの所作だった。
「……よく、耐えました」
ドラゴンの固まったままの瞼を下ろし瞳を閉じ、小さくそう呟く。
「竜王猊下の御許へ。……その魂に、安らぎあれ」
濃紺のローブの裾が、乾いた風に揺れる。眼帯に隠されぬ右目だけが、静かに伏せられていた。同胞たる竜の、無残な最期。
それを悼む声には、いつもの淡々とした調子とは違う、確かな重みが滲んでいた。
その光景を、少し離れた場所からユーヌリオン一行もまた、無言で見守っていた。
カシミール、ヒルス、ノクス、爆心地の調査という同じ目的を持つ両者は、いつしか自然と、共に歩を進めるようになっていた。
「……竜大国の祈りか」
ヒルスが、静かに呟く。
「同胞の死を悼む心は、皆同じですよ」
ノクスが、それに応えた。
大地が融解しガラス片となった中、ティロネが一歩また一歩と進んでいく。彼女は、凄惨な爆心地の衝撃よりも、知的好奇心を抑える事が出来なかった。
その時、視界の端に、巨大な灰の塊のようなものが入った。
かなり巨大な骸のようなものであったが、もはや原型は無く風化した骨と灰の塊と化していた。
それは、もはや何かの形すら保てない、原初の悔恨のような姿で、大地に帰りかけていた。
ティロネは、その側に足を止めた。
「……なにこれ」
彼女の視線の先、巨大な骸の端に、瓦礫と焼け土に半ば埋もれるようにして、それは横たわっていた。
三メートルを優に超える、巨大な大槍。
柄は黒く焼け焦げているが、その穂先だけは、異様なまでに損傷を免れていた。三叉に分かれた切っ先が、鈍い光を湛えている。
「随分と……禍々しい形をしているのね」
ティロネは、興味を引かれたように、その柄へと手を伸ばした。
「まだ原型残してる……」
「待って!」
鋭い声で制したのは、アウロラの肩に乗るパピーだった。
いつもの気まぐれな笑みは消え、羽ばたきが小刻みに震えている。
「ダメよ、それ。……触っちゃ……近づいただけで、ゾワッとする」
「え?」
「嫌な感じがするの。すごく。……邪悪な感じがするわ」
ティロネは、伸ばしかけた手を止め、パピーへと視線を移した。
妖精の勘は、時に理屈を超える。それを知っているからこそ、彼女もまた、素直に手を引いた。
その様子に気づいたカシミールが、静かに歩み寄ってきた。
「……見せてもらっても?」
彼は大槍には触れず、少し離れた位置から、右手のワンドを静かに掲げた。淡い光が、穂先の輪郭をなぞるように走る。
「……鑑定魔法か」
ユーヌリオンが、傍らで呟いた。
しばしの沈黙の後、カシミールの表情が、静かに強張った。
「……間違いない」
「何が分かったんですか?」
ティロネが問う。
「魔大公の槍だ」
その一言に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「三叉の造形、柄に刻まれた紋様、槍身に宿る魔力の質。記録にある特徴と、寸分違わない」
カシミールは、大槍から目を離さぬまま、続けた。
「そして……これには、恐らく呪いがかかっている」
「呪い?」
「詳しい術式までは、ここでは読み切れない。だが、纏わりつくような瘴気に近い気配がある。……パピーの言う通り、迂闊に触れるべきではない」
ティロネは、伸ばしかけていた手を、そっと自分の胸元へと引き寄せた。知らずに触れていたら……そう考えるだけで、背筋に冷たいものが走る。
「持ち主が死ねば、こうした武具に厄介な呪いが残ることは、珍しくない」
カシミールは、ワンドを下ろしながら言った。
「あるいは……最初から、そういう風に作られていたのかもしれない」
パピーは、まだ落ち着かない様子で、アウロラの肩の上で身を縮めていた。
「近づかない方がいいわ、本当に。……あれ、良くないものよ」
「……ということはこの巨大な骸は魔大公?」
アウロラが炭化した巨大な塊を指差しカシミールに向き直った。
「恐らくは」
カシミールはグルリと周辺を見渡し、再度その巨大な骸の側に腰を下ろす。
ヒルスとノクスも興味深そうに観察している。
「もう原型がわかりませんね」
ノクスは剣の先で骸の状態を確認しながら呟いた。
「……なんだろう? 骨? かな?」
骸の中心部を調べていたヒルスが興味深そうにノクスに問いかける。
ヒルスが剣で突くと、巨大な生物の肋骨のようなものが、何かを大切に守る役目を終えたかのようにボロボロと崩れていった。
「……カシミール様、これ何ですかね?」
双子は同時に振り返る。背後に立っていたカシミールは、その問いには答えなかった。
普段は穏やかなカシミールの眉間に、誰の目にもわかる程深い皺が寄っていた。




