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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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9/17

キッチンは育児の場?

 


 翌朝のリナリアは猛烈に緊張していた。


「…」


 理由は至極単純で、今日は初めて厨房仕事を任されたからである。


 ミーヤさんから「今日は蜘蛛族の食事について、お仕事をしながら学ばれてみたらどうでしょう?」とお誘いを受けたのだ。


 多分ミーヤさんに私が「この具美味しいですね!」とか「これ何なんでしょうね?」とか話しかけていた事が理由じゃないかなと思う。


 流石ミーヤさん…出来る女は違う。


 そんなことを思いつつ厨房へ向かった私なのだけれど…


「番様、本日はぜひこちらの料理の感想を教えてください!」

「こちらの味見もお願いします!」

「私達に是非!人族の好みの何とやらを教えてください!」


 厨房へ入った途端…何故か料理蜘蛛達の圧が凄かった。

 音もなく、シュバっ!と眼前に迫ってきた料理蜘蛛達の圧にリナリアはタジタジになっていた。


 えええ、近い近い近い!!


 料理蜘蛛は蜘蛛人の中でも体格が良い者達が集まっているようで、つまり…囲まれると!圧迫感が!凄い!

 しかも全員が真剣な顔をしていて、熱気もすごいのだ。


 リナリアは内心怯えていた。

 初日にここへと配属されなくて良かったと心から思うぐらいには…。


 そして何故か厨房全体が妙な緊張感に包まれている。


 


「え、えっと…私はただ手伝い…」

「何を仰いますか!」


 一人の料理蜘蛛人がリナリアの言葉に被せるように力強く言った。


「番様のご意見は極めて重要です!」

「は、はぁ」

「この屋敷の未来の食卓に関わりますので!!」

「み、未来の…?え?嘘、そ、そんなになの?」


 リナリアは首を傾げたが、料理蜘蛛達は深く深ーく頷き合う。


 

「幼体は味覚が繊細なのです」

「栄養管理も極めて重要になります」

「人族視点は我らにとって非常に参考になりますので、なにとぞ、なにとぞ」


「え?幼体?…幼体?!あ、あの!…幼体ってつまり、あの…子どもの話ですか?」

「はい」

「一体誰のでしょうか?」


 沈黙。


「………」

「………」

「………」


 


 先程までとは打って変わって、今は全員が静かに優しく微笑んでリナリアを見ている。


「怖い怖い怖い!!」


 リナリアは無意識に半歩下がった、最近ずっとこれである。

 肝心なところになると誰も説明してくれない。

 なのに全員が何かに納得している素振りを見せる。


 気味の悪い怖さが背中を這い上がってくる。


 いや待てとリナリアは少し考えた。


 そもそもリナリアの蜘蛛族への初めの印象が良くなかったのだ、もしかすると蜘蛛族に対して負のイメージが湧きやすいだけなのかもしれない。


 これ以上考えても答えは出なさそうなので、リナリアは一先ず仕事をすることに決めた。

 一度咳払いをしてから気を取り直すことに。


「と、とりあえず私は何をすれば?」

「こちらを」


 リナリアへ何故かうやうやしく差し出されたのは野菜だった…が、見た事ないほどに、異様に、大きい。


 何だこれは?突然変異の野菜なんだろうか?

 リナリアの心の声は衝撃のあまり口から飛び出ていた。


「んええ!でかっ!」

「こらはとても栄養価が高い芋です」

「やっぱりこれは芋なんだ…?」


 見た目ほぼ岩だった。

 そんな芋(疑)に対し、リナリアは恐る恐る包丁を握って近寄る。


 そして数秒後…


「かっっった!!?」


 刃が通らない、びくともしない。

 しかもカキン!とか食べ物から聞いたことのない音がする。


 何これ、本当に芋?防具では?これ食べれるの?私食べたことあるやつ??


「番様!!」


 リナリアの悲鳴のような叫びを聞いた料理蜘蛛達がざわついた。


「無理をしてはいけません!」

「人族の力を見誤っていました!すみません!」

「きゃああ!それでは育児に支障が!」


 予想以上にひよわすぎたリナリアを見て、料理蜘蛛達が戦慄していた。


「だから何の育児なの!?」

 

 リナリアはざわざわしている料理蜘蛛達に注意が削がれていた。

 その次の瞬間、バキン!!と鉄が折れるような音を立てながら一人の蜘蛛族が素手で芋を割り、リナリアへと笑顔で差し出した。


「どうぞ」

「怖い!!」


 それをみたリナリアは思わず叫んでしまった。

 気分を害していないかと様子を伺うも、どうやら蜘蛛族達は褒められたと思ったようでホッとした。


「流石ですね」

「これはこれは綺麗に割れましたね」

「なんと断面が美しい」


 そして何故か皆が芋(疑)の断面を見ながらうっとりしていた。


「そこ褒めるんだ…?」


 リナリアはかなり激しめなカルチャーショックを受けていた。

 


 同時刻、執務室にてアシュヴァルは困惑していた。


「リナリアが、厨房に居ると?」


 聞き間違えかと、再度その報告を聞いたアシュヴァル。

 どうやら聞き間違えではなさそうだ。


「はい!番様がついに厨房へと入られました!」

「なんと番様がついに食事管理へ!」

「これはきっと未来の為の味覚調節です!!」


 鼻息荒く今日も執務室へとやってきた領民達にアシュヴァルはため息を吐きつつ返事をする。


「…違うと思う」


 そんなアシュヴァルの様子など全く気にしない領民達は更に言い募る。


「とても幼体の栄養を気になされております!」

「完全に子育ての下準備をなされております!」

「順調です!!」



「だからその言葉を使うな!!」



 アシュヴァルは、ばん!と勢いよく机を叩いた。

 蜘蛛族領主は最近ちょっと沸点が下がって短気になっていた。


「領主様!」


 そんなアシュヴァルへ一人の蜘蛛族が真剣な顔で言った。


「領主様、どうか落ち着いてください」

「お前達のせいなのだがな?!」

「このように番様の前で情緒不安定になられることがあれば教育に悪影響を与えてしまいますゆえに」


「一体何の教育だ!!そしてまだ子は産まれてもいない!産まれるかも未定だ!!」


 

 アシュヴァルは最近胃が痛い、ものすごく痛い。

 昨日飲んだ胃薬は当たり前だが、もう切れたのだろう。

 ビートにまた持って来させないといけない。


 そんなことを考えつつ、アシュヴァルは深く息を吐く。


 そして思った。

 いや、待て…?リナリアが料理だと?家庭的な事をしだす…つまり?


 ハッ!いや駄目だ、落ち着け…今回は危なかった…一瞬流されかけた。


 相手は人族なのだ、勘違いをしてはいけない…わかっている、わかっているのだが…


『みんな優しいです』


 リナリアの昨夜の言葉が脳裏をよぎる。


 『過保護な気はしますね?』


 さらに思い出す。


 『私のことをかなり心配してくれているのね、好きっ』


 このセリフはアシュヴァルの妄想だ。

 大分リナリアの照れたような表情に引っ張られているようだ。


 …リナリアの少し照れたような顔。



「…」



 アシュヴァルは静かに顔を両手で覆った。

 ついでに糸が周りにバッサバッサと大量に溢れてゆく。 


「う、うわぁ!領主様!?」

「領主様!どうしましたか?!大丈夫ですか!?」

「つ、ついに情緒が!?」


 

「うるさい…少し静かにしてくれ…」


 リナリアの妄想が脳内でリフレインしているアシュヴァルはそれどころでは無かった。

 

 領民達は糸を避けるため天井からぶら下がった。

 顔を見合わせ、深く頷き合う。


「これはきっと」

「恋ですね」

「とても順調ですね~」


 にこやかに会話する領民へと糸を飛ばすが、領民達はそれをひらりとかわす。

 ここ数日で避ける技術はかなり向上していた。



「ち、違う!!」



 アシュヴァルは精一杯否定をしたが…否定にキレがないのは誰が見ても明白だった。


 やはり…と蜘蛛族はこの反応に確信した。

 進展しているなと。


 


 一方厨房ではリナリアが新たな戦いに挑んでいた。


「熱っっ!?」


 自分の身体の数倍はあるだろう巨大鍋だ。

 蜘蛛族サイズなので当然である。

 そしてそれは当然火力も強く…


 熱い、とても暑い…まって…死ぬ。


 あまりの火力にリナリアの目は回っていた。


「番様!!」


 リナリアの様子を見ていた料理蜘蛛がざわつく。

 これ程に人族がひ弱だと思っていなかったのだ。

 寧ろ鍋を混ぜるだけの仕事で死にかけるなど予想もつかなかった。

 

「きゃあああ!番様が!!」

「人族は産まれたての幼体よりも弱いなんて!!」

「だれか!誰か水分をもってこい!!」



 


 リナリアは知らない。

蜘蛛族の間で今『番様、着実に母性を育成中』という噂が館中を駆け巡っていることを。


そして今日その噂に『番様は命を賭けてまで領主様を慕っている』が、追加された事を…。

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