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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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蜘蛛族は子煩悩?

 


 


 資料室の一件から数時間後、リナリアはすでに別の仕事を任されていた。


「この屋敷の廊下…すごく長いなぁ」


 ぽつりと呟きながら、彼女は雑巾を片手に廊下を拭いていた。

 ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシとひたすら廊下を拭いていく。


 蜘蛛族の館は無駄に広く、そして無駄に高い。

 天井はやたらと遠く、窓はステンドグラスで、光が妙に神秘的に差し込んでくる。


 飾り窓と実用窓が…いや、窓多いな??

 蜘蛛族って窓がすきなのかなぁ?


「いやいや、手を止めちゃ駄目だよね!ちゃんとやろう!」


 リナリアは前向きに頑張る事にした。


 

 その様子を当然の様に天井の隅から見ている影が複数。


「…見ましたか?」

「ちゃんと見ておる」

「あんなに丁寧に巣を…なんて尊い…」


 うっとりした表情で皆が言う。


「「「尊い……」」」


 安定の蜘蛛族である。

 そう、安定の監視…いや見守り体制だった。


「巣の清掃をあんなに献身的に」

「これは完全に家庭の基礎訓練ですぞ」

「育児における環境整備の練習に違いありませんね」


 またしても謎理論が展開されていた。


 その頃の執務室ではアシュヴァルが再度頭を悩ませていた。


「で、今度はどうしたんだ?」


 アシュヴァルは机に肘をつき、頬を押さえていた。

 先程胃薬をビートに持ってきてもらい服用したので余裕がある。

 どんとこいとまで思っていた。



 目の前には数名の鼻息荒い領民、いつもの顔ぶれである。


「番様が廊下の清掃をしていました!!」

「それは…まぁ、普通では?」


「普通ですが! 丁寧すぎるんです!一枚一枚、床を撫でるように!!」


「それは性格ゆえだろう?」

「いえ!あれは環境整備にあたります!つまり、領主様への愛です!!」

「たぶん違う…」


 即答だった。


 アシュヴァルは深く息を吐きながら考える。

 なぜ全部恋愛に変換されるのかと…。



「領主様、これは明確なサインです!」

「何のサインだ?」

「巣への適応です!この場所での未来を想像してるんですよ!」

「そうなら嬉しいが、多分、絶対、普通の掃除だ」


 アシュヴァルは頬を染め、勘違いしない様に自分を律しつつそう答える。

 違うと思いつつも期待してしまうのは、恋愛初心者ゆえなのか、どうなのか。


「これ程までに巣の事を思ってくれていると言うことは、まさに領主様と家庭を築きたいという現れです!」

「ち、違う!」


 アシュヴァルの脳がだんだんと領民の言葉に汚染されても良いんじゃないかと思いだす。

 これはもしかしたら遠回しの気付いてアピールかも知れないと期待もしだす。


「絶対に子育ての予行練習です!!」

「その単語を使うのをやめろ!!!」


 

 アシュヴァルの指先がわずかに震えていた、疲労である。

 脳がとても疲れている。

 今の状況はアシュヴァルにとって酷なのだ。


 一目見て番だと認識した相手、その相手が遠回しに「貴方と幸せな家庭を夢見てます」といった風にアピールしてきているのだ。

 けれど相手は人族…それを踏まえて考えれば、これはただの侍女としての仕事。


 アシュヴァルはこの間頭を冷やしたのである。

 勘違いはしてはいけない、相手は他種族なのだ、勘違いしてはいけない…!

 


「…疲れた」


 アシュヴァルはため息と共に小さく呟く。


「お前達はリナリアを好きに見守れ」

「了解!!」


 皆、即答だった。

 そして嵐のように去っていった領民達。


 執務室に再度、静寂が戻る。

 アシュヴァルは天井を見上げ考えた。


「でもあの日、俺の事好きっていった、よな…?」


 勘違いである。

 


 その頃の廊下ではリナリアが小さな事件に遭遇していた。


「うわっ…!」


 足元にあった段差につまずいてしまい、バランスを崩して雑巾と共に前のめりに…


「「「番様!!!」」」


 突如、周囲の空間が揺れ、壁、天井、柱の影…ありとあらゆる場所から蜘蛛族が出現してきた。


 もう、まさに、瞬間移動かと思うほどの速さだった。


「番様お怪我は!?」

「今のは危険です!!」

「段差は排除します!!」


「え、いや、そこまでじ」


 リナリアが言い終える前に、数人の蜘蛛族が無言で段差に手を伸ばす。


 ベリっ!!!


 床が少し持ち上がり、段差が消えた。


「撤去しました」


 段差無くなった?!どうなってるの?!あっ、糸で何か繋いでる、凄い!

 


「環境整備も重要な育児訓練です」

「子どもが転ばない環境作りの練習になります」

「非常に良い事例です」


 真顔でそんなことを言う侍女達にリナリアは動揺する。


「えっ?誰の子ども!?ここ子供いるの?!」


 当然、誰も答えない。

 代わりに何故か満足げな頷きだけが返ってきた。


 


 リナリアは静かに理解した。

 この人たち、ちょっと…いや、かなり自己完結型だ!

 だが同時に、悪意がないことだけは分かってしまった。

 ...まぁ、それが一番困る。


 子供とか育児とか、蜘蛛族のそういった種族的な何かがあるのだろうけど...全くわからない!


 近々話誰かにきいてみるかなぁ?ミーヤさんとかに。


 


 沢山働いて頑張ったリナリアはその夜、一人ゆっくりとスープを飲んでいた。


「あー...疲れた」


 小さくため息をつく。

 掃除、資料整理、廊下掃除が、何故か何もかもが濃かった。

 仕事出来て嬉しい反面、疲れたのも本音だ。

 

 その時なんか影ができたような気がして、ふと何の気なしに窓の外を見る。

 特に何も無い、気の所為かとスープに視線を戻した。


 そういえば、蜘蛛族の館は基本的に静かだ...静かすぎるほどに。

 最初はそれも怖いと、漠然と噂だけのイメージでそう思っていた。


 でも、実際は誰も傷つけてこないし、むしろ過保護すぎる。


「変なの……」


 リナリアが天井を見上げ、ぽつりと呟いたその時。



 コン、コンと明らかに窓側から軽く叩かれる音がした。


「…え?」


 リナリアが恐る恐る振り向くと、そこには...

 窓の外にぶら下がっているアシュヴァルがいた。


「…………」

「…………」


 互いに見つめ合い、数秒の沈黙。


 リナリアはスっと立ち上がり、窓を開けて話しかけた。


「何してるんですか?」

「仕事帰りに寄ってみた」

「何で窓からなんですか?」

「...正面は騒がしくなるからな」

「...そうですか」


 見つめ合い、再度しばし沈黙。

 数秒経った頃、アシュヴァルは少しだけ視線を逸らしながら問いかけてきた。


「…なにも、問題はないか?」

「問題とは?」


 リナリアは首を傾げる。


「不便はことは無いか?」


 リナリアは顎に手を添え、少し考える。


「みんな優しいですので、特に?」

「…そうか」

「あ、ちょっと怖いくらいに過保護な気はしますね?」

「…だろうな」


 リナリアが不思議そうな顔をしてそう言うと、アシュヴァルは少し困った顔をしながら小さくため息をついた。


 その表情は、領民たちに向けるそれとは少し違う。

 アシュヴァルは...明らかに疲れていた。



「慣れる必要はないとおもう」

「え?」


 突然のその言葉にリナリアは目を丸くした。


「無理に馴染まなくていいと、俺は思っている」


 それだけの一言。


 この言葉にリナリアは少し驚いた。

 この人は私のことをかなり心配してくれているのだと。

 こんな人だから領民は皆伸び伸びと暮らし、優しさに溢れているのだろうと考えた。


 普通は何度も気にかけ、声をかけてくることはないだろう。

 リナリアはアシュヴァルへの好感度が上がって来ていることに気づき、頬が熱くなってきた。

 


 その瞬間、背後で何かが崩れた音がした。

 正確に言うならば、背後で誰かが倒れた音だ。


「今の…聞いたか?」

「領主様が距離を保つ発言を…?」

「つまり、これは...じらし、ですね!!」

「高度な人族特有のドラマティックな愛情表現ってやつですか?!」



 アシュヴァルは窓の外を見た。

 その目はとても遠くを見ていた。


「…帰る、ゆっくり休んでくれ」

「お疲れ様です」


 リナリアが軽く頭を下げる。

 そして顔をあげた時、アシュヴァルの逆さまになっている為に垂れている髪の毛が、哀愁漂っているように見えた。


 去り際アシュヴァルは小さく呟いていた。


「…ほんと、どうしてこうなる」


 その声は、誰にも届かなかった。

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