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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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整理整頓は花嫁修行?



 資料室へやって来たリナリアは上機嫌だった。

 なにせ仕事をまかされたのである。

 そう!この仕事は私に正式に頼まれた仕事なのだ!


「頑張りましょう!」


 小さく気合を入れたリナリアは腕まくりをした。

 私のやる気は100%…いや、120%である!


 先ずは室内の確認だと視線を色々な場所へと向けてみる。

 目の前には大量の書類棚があり、古い帳簿や報告書、領地運営に関する記録が所狭しと並んでいるのが見える。


 どうやら蜘蛛族は几帳面な種族らしく、元々そこまで散らかっているわけではない。

 ただ年月を経て少し乱れている場所がある程度みたいだ。


 リナリアは一冊一冊確認しながら丁寧に整理を始めた。

 ただ運ぶだけではない、しっかりと侍女っぽい仕事が出来る事にやる気がみなぎってくる。


「収穫報告書はこっちの棚で…えっと、交易記録はこっちかぁ…んで、これは年代順に並べ直してー…」


 と、独り言は多いがリナリアは非常に真面目に働いていた。


 だからこそ、外で様子を窺っていた領民達は感動していた。

 感度し過ぎて泣きながら地面へと落下した者までいたぐらいには、リナリアの働きぶりに感度していた。


「見ろ。あれが領主様の番様だ」

「大丈夫です、しっかり見ています…何と素晴らしい…」

「本能的な献身か!」


 目頭を押さえる蜘蛛人、感極まって咽び泣く者、羨ましがる者などがいて窓の外は今日も今日とて騒がしい。


「番様が我らの領地の記録を整理してくださっている」

「それは!つまり将来を見据えているという事だな」


 兎に角蜘蛛人全員がやや大げさだった。


「これはもう完全に伴侶修行…」

「順調すぎる…」


 いつも通り、領民達の勝手な解釈だった。

 当然ながらリナリアはそんな事を一切考えていない。

 ただ黙々と任された仕事をしているだけである。


 しかし蜘蛛族にとっては違った。

 巣の管理を手伝う…それは花嫁になる準備の事。


 つまり…


「「これは実質結婚準備ですね」」

「順調だ!!!」


 満場一致の感想だった。

 何もかもが恐ろしいほどに順調だった。

 誤解や偶然が加速し、非常に順調に花嫁への道を進んでいるリナリア。

 

 

 大まかな仕分け作業を淡々とこなしていたリナリアは、棚の奥から一冊の古い本を見つけた。

 周りの本は比較的新しい物ばかりなので、この一冊はかなりリナリアの目を引いた。


「?」


 何だろうと疑問に思ったリナリアは手を伸ばし、本棚からその本を抜く。

 いつからここにあったのだろうか?薄く埃がついていたので埃を払い、表紙に目をやる。


 分厚い革表紙、この本はかなり古そう。

 表紙には見た事ない文字…多分、蜘蛛族の文字が書かれているのだろうが、リナリアには読めない。


「何の本だろう?」


 気になったリナリアはその本を何の気無しにぱらりと開いた。

 パラパラとめくっていくと、あるページに目が止まる。

 そこには精巧な挿絵が描かれていた。


「わぁ、綺麗な絵…」


 大小様々な花に囲まれた美しい建物、そして豪華な祭壇。

 まるでお祭りのような光景が描かれていた。


「昔のお祝い事かなぁ?」


 リナリアはそのお祭りの様な挿絵を興味深そうに眺めていたのだが…実際は違う。


 それは蜘蛛族の伝統婚礼について記された本だった。

 …しかもかなり格式が高い婚礼についてをまとめた本。

 だがそんな事をリナリアが知るはずもない。


 他のページにもあった挿絵を見つけては眺め、見つけては眺めと繰り返していたリナリアだったが、今は掃除中だったことを思い出し、急いでその本を閉じる。


 後でもっとゆっくり見たいと思い屋に持って帰るために本を机の上へ置いた。


 すると、その本から何かがはみ出している事に気がついた。

 リナリアがそれに気付いてページを開くと、そこにはとても可愛い押し花が挟まれていた。


「あれ?」


 それはリナリアも覚えのある白い花だった。

 アシュヴァルがくれる花束にいつも一本だけ入っている花。

 その花が、長い年月を経ても綺麗なまま残されている。


「大切な物みたい」


 リナリアはその押し花を潰さないよう、丁寧に本へ戻しておいた。


 ただそれだけ、ただそれだけだったのだが。

 それを見てしまった蜘蛛人達がいた。

 いや、見てしまったではない。いつも見ているのだが。


「今の見たか…!?」

「み、見た!俺はっきり見た!!」

「わ、私も見ました…」


 そんなリナリアを監視…いや、見ていた領民は三人とも震えていた。


「婚礼記録を熱心に見て…」

「先代番様の押し花に愛おしそうに触れ…」

「微笑みながら丁寧に戻された…」


 少しの沈黙。



「完全に受け入れておられる」

「受け入れておられるな」

「受け入れておられる」


 全員が頷きあう。

 そう、まさに今、誤解がまた一段階進化したのだ。

 そんなことは知らないリナリアは楽しそうにお掃除をしているのだった。



 そしてその数十分後、執務室にてアシュヴァルは静かに仕事をしていた。


 今日は平和だな、なんて素晴らしい、本当になんて平和なのだろうか。

 そんな事を考え始めた瞬間…ばんっ!と、激しい音と共に扉が開いた。


 唖然とするアシュヴァルの事など全く気にしていない領民が数名、鼻息荒く執務室へと傾れ込んでくる。


「領主様!」

「番様が!!」


「帰れ」


 領民達の一声を聞いた瞬間、反射的に答えてしまった。

 先代領主の父に幼い頃から「領民の声はちゃんと聞くんだよ」と教え込まれていたアシュヴァルだったが…反射的に言ってしまった。


 まだ何も聞いていない…だが嫌な予感しかしなかった。

 何だか痛い様な気がしてきた胃の辺りを抑えながら、詳しい話を聞いてみた。


「番様が婚礼記録をご覧になりました!」

「番様はじっくり見ておられた!」

「先代番様の押し花にも興味を示されました!」

「愛おしそうに見ていた!!」

「非常に順調です!」


 アシュヴァルはため息を一つ。

 そしてゆっくり、静かに、天井を見上げた。


 何故そうなる?本当に何故そうなった?リナリアは資料整理していたのではなかったのか?


 天井のどこかにシミは無いだろうかと視線を走らせながら脳内で素数を数え、領民達と会話を続けるアシュヴァル。


「それは…多分、偶然だろう」


 そのアシュヴァルの返事に領民達は納得いかないらしく、必死に話し出す。


「偶然婚礼記録を手に取るでしょうか?!」

「掃除をしていたのだろう?取るんじゃないのか」

「偶然押し花を見るでしょうか?!」

「気になったら見ると思う」

「偶然優しく戻すでしょうか?!」

「元ある場所に…も、戻すだろう」


 領民達は必死だった、だが、アシュヴァルも必死だった。

 だが蜘蛛人は力強く頷きあい、アシュヴァルを諭してきた。


「領主様!諦めも時には必要です」

「私が何を諦めるんだ」

「運命だと!!!」

「帰れ!!!」


 アシュヴァルの殺傷力のある糸が飛んだ。

 蜘蛛人は綺麗な土下座を決め、そのおかげでその糸から逃れ、冷や汗をかきながら退室していった。


 

 その頃リナリアは全く別の問題に直面していた。


「重いいぃ!」


 古い資料箱が、どうやら棚の奥にしまわれていたらしい。

 リナリアが必死に持ち上げようとするけれど、その箱はかなり重く、持ち上げることが困難である。


「うぅーんー…!」


 ぷるぷる震えながらもその箱を一生懸命持ち上げようとし、数ミリその箱が持ち上がった瞬間…リナリアの体がよろめいてしまった。 


「「「番様!!」」」


 悲鳴のような声が複数この資料部屋に響いた。

 その叫び声に驚いたリナリアは箱から手を離し、周囲を見渡してみる。


 すると、どこからともなく蜘蛛人達がわらわらと現れてきた。

 …本当にどこからともなく、壁や天井や棚の隙間などから続々と出てくる。


 リナリアには到底信じられない場所から次々出てくるのだ。

 どうやって?!どこから?!何?!

 リナリアの脳内はパニックである。



「お任せください!」

「我々が運びます!」

「無理は禁物です!」

「子育ての練習になりますので!」


 次々に話しかけてくる蜘蛛人にリナリアはまともに返事ができないまま…


「えっ」


 気付けば箱は全て運ばれてしまっていた。

 それに気づいたリナリアはぽかんとしながらもお礼を伝えた。


「ありがとうございます…?」

「勿体ないお言葉です!」


 全員が嬉しそうだった。

 …何故かとても嬉しそうだった。


蜘蛛族が全員側からいなくなったリナリアは呟く。


「えっ?どこに子育て要素があったの?」


 その様子を物陰から見ていた蜘蛛人がぽつりと呟く。


「子育ての予行練習とは素晴らしいですね」

「なるほど」

「絶対そうですね、順調ですね!」


 またしても蜘蛛族、満場一致だった。


 もちろん当のリナリアだけが何一つ理解していなかったのである。


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