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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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前途多難



 翌朝、リナリアは目を覚ました瞬間、何故か違和感を覚えた。


「…?」


 何かがおかしい。

 寝ぼけ眼のまま部屋を見回し…そして目を見開き固まった。


「…え?」


 なんと、リナリアの知らないうちに部屋が豪華になっていた。

 寝ている間に一体何があったのだろうか?

 自分は知らないうちに違う部屋にでも来てしまったのだろうか?


 リナリアは酷く困惑した。


 昨日まで置かれていなかったふかふかそうな豪華な長椅子。

 見た事ないほどに大きな姿見。


 目線を下げればとても柔らかそうな絨毯が一面に敷かれているし、目線を上げれば見たことないほどに豪華なシャンデリアが飾られている。


 …個人部屋にシャンデリア?

 リナリアは更に困惑した。


 横をむけば窓辺に大量の花まで飾られている。


 そして何よりも気になった物といえば…

 何故か部屋中にクッションが増えていた。

 もう、誰が見てと明らかにクッションが増えていた。


 昨日までは二つだったはずなのに、今は十個以上ある。

 至る所にクッションが置かれているし、そのクッション全てがかなり高級そうだ。


 白く光沢がある高級そうなクッション…。

 リナリアは何故かそのクッションに既視感を覚えた。


 そのクッションの一つを恐る恐る手に取ってみた。

 思っていた以上の手触り、ぎっしりとワタが入っていそうなのにとても軽く、光にあたると何故かキラキラする。


「なにこれ?なにがおきたの??」


 リナリアはベッドから恐る恐る降りて周囲を再度見渡してみる。

 すると机の上に置いてあるものに目が止まった。


 そこには一枚の紙が置かれていた。

『番様のお部屋を少しだけ整えさせて頂きました』


「少し…?」


 リナリアは周囲を見回した、どう見ても少しではない。

 見た事はないが、きっと王都の高級宿より豪華な気がする。

 リナリアは暫し呆然とした後独りごちた。


「蜘蛛族の少しって凄いんですね…」


 リナリアの脳内で出た結論は種族差。

 きっとこれも種族が違うからだ。

 そして今日もリナリアは深く考えるのをやめた。


 最近そればかりだ、蜘蛛族の常識はよくわからないので考えても仕方ない。

 何せ私の事も皆が番様と呼ぶのだ、ツガイってなんだ?何を表しているんだろ?

 誰に聞いても教えてくれないって事はもしかすると人族のことをそう呼ぶのかもしれない、差別用語の可能性もある…??


 優しそうな蜘蛛人達の笑顔を思い出したリナリアは激しく首を振り、その考えを打ち消す。


 そんなことよりも、だ!私にはそれよりももっと大事な事がある。


「今日こそもっと仕事を探そう!」


 いつものように拳を握り、そう独りごちる。

 もうこれは毎日のルーティンになりつつあった。

 そして身支度が終わったその勢いのまま、リナリアは今日も元気に部屋を飛び出すのだった。



 それと同時刻、領民達は顔を見合わせヒソヒソと何かを話し合っていた。


「番様の為の巣作りは順調にすすんでいるか?」

「とても順調だな、領主様の糸で全て作っておいた」


 そこへまた新たな領民がやってくる。


「番様の部屋の改装朝方に完了しました!領主様の糸がそこら中にあったので、そこまで時間がかからなかったです!」

「なんと…!素晴らしい!」


 皆が真剣な顔で頷きあう。

 領民にとってこの話し合いは非常に真面目な会議なのである。


 議題はもちろん領主様と番様の未来について。


「次は何を運ぶ?」

「球根の花類ですね!」

「それ良いな、プランターを運ばないとだな」

「観葉植物も必要ですね」

「あぁ、確かに、一姫ニ王子とは限らないからな」


 その言葉に全員が深く頷きあう、まさに満場一致だった。


 蜘蛛族にとって巣作りとは、伴侶を迎えるための準備である。


 男が自分の権力を駆使して人を使い、自分の糸で快適な巣を作って貰う。

 ベッドだけは例外なのだが、男側がどれだけ強い雄なのかを雌にアピールするばなのである。


 その権力を見せつけ、ここはこれだけの配下がいる雄の巣なのだと伴侶を安心させるのだ。


 つまり彼らが今独断でやっている事は完全に結婚準備だった。


 因みに蜘蛛族では、球根から育てる花を部屋に置くのは娘の誕生を願い、祝う意味になり、観葉植物を置くのは息子の誕生を願い、祝う意味になる。


「式場候補は?」

「まだ早いと思いますが、まとめておきました!」


 一人がそう言うが、別の蜘蛛人が勢いよく立ち上がった。


「甘い!」

「何がです?」

「百年以上独り身だったんだぞ?それだけでは足りないだろう!!」

「た、確かに…!」


 全員がその蜘蛛人の言葉に納得した、説得力が強すぎた。



 その頃のアシュヴァルは執務室で報告書を読んでいた。

 そして、読んでいくにつれ目が泳ぎ出し、最後には頭を抱えることとなった。


 アシュヴァルの手の中にある報告書の内容を簡単に説明するならば『番様の居室領主様の系で改装完了、巣作り第一段階成功、式場候補選定開始まとめ済』となる。


「待て」


 アシュヴァルは動揺のあまり、手元にある書類に対して命令をだす。

 もちろん書類は動く事もなければその命令を誰かに伝える事もない。

 ただ事実を淡々とアシュヴァルへと教えるだけである。


 アシュヴァルは困惑した、己の知らないうちに物事はどこまで進んでしまったのだろうかと。


 一体誰が許可した、本当に誰が許可した?

 もしかして知らないうちに己の本能が部下へと命令を出してしまっていたのだろうか?

 アシュヴァルはとうとうそんなことまで考えだした。


 頭痛が酷い…なんだか急に胃まで痛くなってきた。

 アシュヴァルのそんな様子を訝しげに見ていたビートに対し、アシュヴァルはうなだれながらも報告書を差し出した。


 差し出された書類にビートは目を通してゆき…そして遠い目になった。


「領民達の暴走ですね」

「言われなくとも見ればわかる」

「止めます?」

「…お前はこれらが本当に止まると思うか?」

「無理ですね!」


 即答だった。

 そしてそんなビートの意見にアシュヴァルも同意見だった。

 だから余計に頭が痛いのである。


 そんな時、こんこんと扉が叩かれた。


 酷い既視感と共に、アシュヴァルとビートが同時に視線を合わせ…扉を見た。


「入れ」


 少し震えた声で入室の許可をだすと、ゆっくりと扉が開いてゆき…


「おはようございます!」


 やっぱり現れたのは思った通りの人物…リナリアだった。


 元気だった、とても元気だった。

 今現在進行中でアシュヴァルの胃痛の原因そのものが元気いっぱいな姿で執務室へとやってきた。


「どうした?」


 アシュヴァルは震える声で何とか言葉を捻り出す。


「アシュヴァル様!仕事ください!」


 開口一番、アシュヴァルが固まる。

 ビートも固まる。

 もはや定例であるしばしの沈黙がながれた後、今回はアシュヴァルが口を開いた。


「仕事がしたいと?」

「はい!アシュヴァル様の仕事を手伝いたいです!」


 即答だった。

 なんの裏も無さそうな満面の笑みを浮かべて立っている。


「アシュヴァル様の為に私、もっと頑張りたいんです!」


 眩しい…あまりにも眩しいその瞳にアシュヴァルは負けたのだ。

 なんて純粋すぎるパワー。

 いまのアシュヴァルにリナリアは過剰戦力すぎた。


 その結果何が起きたかと言えば勿論…


 「ぴしっ」机が糸で包まれかけた。


「…」

「…」

「…」

 中途半端に包まれかけている机を見て3人は沈黙した。


 そしてアシュヴァルは静かに糸を回収し、何事もなかったかのような顔をした。


 最近アシュヴァルの糸の技術が上達している。

 以前ならば無意識下で出し始めた糸を止める事はできなかった…。

 けれど今のアシュヴァルは違う、気づいた瞬間に糸を止めることができる様になったのだ。


「何かできる事ありませんか?」


 空気を変える様に一度咳払いをしてから、リナリアは尋ねた。

 それはそれは期待に満ちた目をしていた。


 断りづらい…非常に断りづらい。


 アシュヴァルがリナリアを悲しませない様にはどう断るべきかと悩んでいると、横からビートが助け舟を出した。


「なら資料室の整理をお願いできますか?」

「できます!」


 即答だ。

 ビートの言葉にリナリアは嬉しそうに笑って返事をしたのだった。

 仕事を任された彼女は本当に嬉しそうだった。


「任せてください!」


 そう、元気よく敬礼して去っていく彼女。


 ばたんと扉が閉まり、部屋に訪れたのは静寂。

 2人が扉を見つめつづけた数秒後。


「すまない、本当に助かった」


 アシュヴァルは小声でそう呟く。


「それは良かったです」


 その言葉に対し、ビートが答える。


 だがその直後、ビートへ向けて糸が飛ぶ。

 アシュヴァルはリナリアの笑顔がビートに向けられた事に苛立っていたのだ。

 それとこれとは話が違うという様に糸を飛ばしてゆくアシュヴァルと、それを笑顔のまま避けてゆくビート。


 今日も執務室は平和である。


 そして資料室へと小走りで向かうリナリアをみた領民達は口々に好き勝手な事を叫んでいた。


「番様が資料室へ向かわれたぞ!」

「これは!仕事イベント発生!」

「ラブラブチュッチュ共同労働だ!」

「順調だな!」


 執務室で小競り合いをしていたアシュヴァルとビートの耳に、領民達の歓声が聞こえてきた。


 その瞬間、アシュヴァルは静かに机へ額を打ち付けた。


「アシュヴァル様…アシュヴァル様」

「なんだ」


 窓の外にぶら下がっている書類をビートが指差し言った。


「結婚式場候補の一覧が届いています」


 遠い目をしつつアシュヴァルがその書類の束を取り、そして勢いよく破り捨てたが、ビートは知っていた。

 どうせ明日には新しい一覧が届くのだ、しかも増量版で。


 そんな事が執務室で起きてるとは夢にも思ってないリナリアは資料室に到着していた。

 そして乱雑に散らばっている書類を一つ一つ丁寧に集めながら満足げにつぶやく。


「資料整理のお仕事を任されました!」


 リナリアはとても嬉しそうだった。


 もちろん自分が本日も領地中の誤解を加速させている事など欠片も知らないままに。


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