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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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10/17

異文化は難しい

 




 その日の夕方、厨房仕事を終えたリナリアは、ふらふらになりながら廊下を歩いていた。


「つ、疲れたぁ…」


 本当に疲れた。

 巨大鍋は熱いし、料理蜘蛛は圧が強いし、芋は岩だった。

 あと何故か途中から、


『番様に栄養を!!』

『まずは体力作りからです!!』


 と大量に料理を食べさせられたのだ…正直まだお腹が苦しい。

 美味しかったけど…あの中にあの芋(疑)はあったのだろうか?…あったのだろうなぁ。

 


「…でも」


 遠い目をしていたリナリアがふ、と小さく笑った。

 皆、怖い人達ではなかった。

 まぁ、変だけど、かなり変だけど。


 リナリアが倒れそうになった瞬間、皆が本気で慌ててくれていた。

 心から私のことを心配してくれていた、その事だけはちゃんと伝わっていた。


 


「…変なの」


 

 そんな事を考えながらリナリアが角を曲がった瞬間…どんっ、と何か大きなものにぶつかってしまう。


「きゃっ」


 何かにぶつかった。

 いや、正確には、リナリアがぶつかっても微動だにしない巨大な壁みたいな…何かがいた。


 リナリアは鼻を抑えつつ、顔を上げるとそこには…無言でこちらを凝視しているアシュヴァルが居た。


 リナリアは固まった。

 そして、アシュヴァルも固まっていた。


 何故なら疲労でふらついたリナリアが、咄嗟にアシュヴァルの服を掴んでいたからである。

 完全に無意識の行動。

 

「…あっ!」


 服を掴んでいることに気が付いたリナリアが、急いでその手を離そうとした瞬間…するりとアシュヴァルの指先から細い銀糸が伸びてきた。


「え?」


 その糸は、ごく自然な動作でリナリアの手首へ、くるりと軽く巻き付いた。


 キラキラと淡く光る銀色の糸がリナリアの手首に優しく巻き付いている。

 いつもの白い糸とは少し違う、何だか柔らかい印象を与える銀色の糸だ。

 

「………」

「………」


 互いにリナリアの手首に巻かれた糸を静かに見つめる。

 痛いほどの沈黙が流れた。

 

 リナリアは目をぱちぱちさせ、アシュヴァルは糸を凝視している。

 

 そのわずか数秒後。


「…っ!?」


 アシュヴァルが勢いよくその糸を引っ込めた。

 耳まで真っ赤にしたアシュヴァルが、焦ったようにリナリアへ謝罪する。


「す、すまない!!」

「えっ!?あ、はい!?」


 びっくりするほどの、ものすごい勢いで謝られた。

 リナリアは完全に混乱中である。


「えっと…?」

「忘れてくれ…お願いだから忘れてくれないか…」

「え?」

「今のは、その、本能的な」

「本能?ですか?」

「い、いや違うんだ!」

「え?!違うんですか?」


 アシュヴァルは黙った。

 しゃべれば喋るほどにドツボにハマっていくとはこの事である。


 アシュヴァルのその異様な様子を見たリナリアは首を傾げる。



 その時だった。


 ガタンッ!!!と、廊下の奥から何かが倒れる音がした。


「「「「「…………」」」」」


 いた、あいつらが居たのだ。

 物陰、天井、壁、柱の影、窓に大量の蜘蛛族が。

 全員、目をこれでもかとかっぴらき、口元を押さえ、震えている。


「い、今の…」

「見たか…?」

「糸が手首に…」

「巻いていた…」

「拒否していないのはまさか…」


 アシュヴァルの顔からサァ…と血の気が引いた。


「違う、ち、ちがう」


 低い声は動揺で震えていた。


「お、お前達…これは、違うからな」


 蜘蛛族も皆、ぷるぷる震えていた。


「領主様が!!!!」

「ついに!!!!!」

「求愛行動を!!!!」

「こんな往来で!!!!」



「違う!!」


 アシュヴァルの吠えるような怒声が館に響いた。

 だが蜘蛛族達は止まらない。

 何故ならば皆がしっかりと…この目で!しっかりと!見たのだ!

 

「しかも手首!!!」

「これはかなり親密度が高い!いつのまに?!?!」

「俺たちが知らないだけでもう既に婚約段階では!?」

「早い!!!!でも順調!!」


 蜘蛛族達が一斉に話し出す。



「違うと言っているだろう!!」


 殺傷力のあるいつもの糸が飛んだ。

 だが誰も被弾しない。

 もう皆が皆、慣れている。


 そしていつもの様にリナリアだけが完全に置いていかれていた。


「えっ、えっ?何の話ですか!?一斉に喋るからよくわからない!えっえっ?!」


 蜘蛛族が一斉にリナリアを見る。

 それは孫を愛でる祖父母の眼差しに似ていた。


「番様…なんとお可愛らしい…」

「なんと奥ゆかしいのかしら…」

「知らないふりをしてあげているのですね…」


「いや本当に知らないんですけど!?」


 アシュヴァルは片手で顔を覆いながら思った。

 あぁ、終わったと。

 何が終わったのかは本人にもよく分からないが、だが、何かが終わってしまった気がした。


 蜘蛛族の糸。

 それは本来、極めて個人的なものだ。


 巣作り、保護、求愛、子育て。

 そういった自身や身内の為にしか使わない。


 つまり先程の行為は蜘蛛族視点だと。


『咄嗟に求愛行動が出た』に等しい。

 人族で言うならば、咄嗟に相手の唇を奪ってしまったのと同様な行為なのである。


 しかもアシュヴァルは無意識でそれをした。

 …かなりの重症だった。


「領主様…おいたわしい…」

「ついに本能が暴走を…」

「抑えきれなかったんですね…」



「黙れ……」


 アシュヴァルは今、本気で穴があったら入りたかった。

 寧ろ繭を作ってしまおうかとも思うほどだった。

 


 一方でまだリナリアだけが何も分かっていない。

 蜘蛛族って手首に糸巻く文化なの…?

 しかもこれだけ騒ぐって何かあるの?


 あ、人族を食べたい時の欲求…とか??


 リナリアは、そんな色気とは程遠い勘違いを爆発させていたのであった。

 異文化理解への道は、まだまだ遠い。




 翌日、リナリアは朝からそわそわしていた。


 昨日のあれ、絶対何か意味あったよね?!と、昨日の夜からずっと考え続けていた。

 

 アシュヴァルの銀色の糸と、蜘蛛族達のあの騒ぎ。

 そして異様なまでの反応。


 流石に鈍いリナリアでも「何かある」とは理解した。

 問題は、その何かが分からないことだった。


「……聞くしかないよね」


 リナリアは小さく頷き、頼れるあの人の背中へと視線を移す。

 こういう時に頼れる相手は、あの人しかいないのだ。


「ミーヤさん!」


 朝食後の片付けをしていたミーヤがその声に振り返る。

 不思議そうな顔をしつつもリナリアのそばまですぐにきてくれた。


「あら、番様?何かありましたか?」

「もぅ、その呼び方やめません?リナリアでいいですよ」

「それはそれは難しいですねぇ」


 今日も駄目そうだった。

 その謎の呼び方に慣れてきたとはいえ、名前で呼んで欲しいのがリナリアの正直なところ。


 リナリアは周囲をきょろきょろ見回し、小声になる。

 経験上、何処からか蜘蛛族はこちらを見ていると推測しての行動だ。


「えっと…ちょっと聞きたい事があるんです」

「どうなさいました?」

「あの…蜘蛛族は手首に糸巻く文化とかあるんですか?」


 その瞬間…ぴたり、とミーヤの動きが止まった。


「…はい?」


 数秒の沈黙と共に目が座り出すミーヤ。


「…どなたに、されたんですか?」

「えっ」

「どなたに、されたんです、か?」


 ミーヤの笑顔が怖かった。

 いつも通り優しい、優しいのに怖い。


「ア、アシュヴァル様です……」


 ガシャァン!!!と、甲高い音をたてながら食器類が床へ散らばる。

 そう、ミーヤが持っていた食器を落としたのだ。


 リナリアは驚いた。

 ミーヤという女性は、こんなヘマはしない。と、いうイメージが強くあったからだ。


「ミーヤさん!?」

「し、失礼しました……」


 ミーヤは口元を押さえながら震えている。

 何故か感極まっている様にも見える顔だった。


「ちなみに、そ、その、糸は、糸はどちらへ?」

「あっ、手首です」

「手首…!聞き間違えじゃないのですね…?!」


 ミーヤは天を仰いだ。

 その姿はまさに舞台女優の様。


「ついにそこまで…」

「えっ?」

「素晴らしいです…」


 ミーヤは咳払いを一つ。

 突然キリリと表情を引き締め、リナリアの方へと向き直る。

 

「私達蜘蛛族にとって、糸は非常に大切なものとなります」

「は、はい」


 真剣な表情のミーヤに対し、リナリアは気を引き締めた。


「巣作り、保護、子育て、そして…独占」

「独、占…」


 何か不穏な単語が混ざった。

 リナリアの額から汗が垂れた。 


「特に、自分の糸を他者へ巻く行為には、ひじょーーーに特別な意味を持ちます」


 リナリアはごくりと唾を飲む。

 手の甲で汗を拭いた。 


「因みに、どういう意味ですか…?」


 ミーヤは少し考え込んだ。


「そうですねぇ…」


 そして、にこやかに言う。


「これは自分のものだ!と、いう意思表示でしょうか?」 

「…」


 リナリアの思考が停止した。

 拭いたはずの額から汗が垂れる。


「自分の…もの?」

「はい」


 ミーヤはにこにこしている。


「蜘蛛族は獲物を逃がしませんから」

「獲物…」


「大切な相手を囲い込む習性がありますので、糸はその名残ですねぇ」


 リナリアの顔から一気に血の気が引く。

 あまりにも動揺したからなのか、なんだか酸素が薄くなってきた気がする。


 …待って?そ、それって…?!捕食者の習性では…?!?!


 リナリアの脳内で、今まで聞いてきた蜘蛛族の噂が蘇る。

 まるで走馬灯の様に脳内へ記憶が流れ出す。


『獲物を糸で捕える』

『逃がさない』

『巣へ持ち帰る』


 そして最後に義弟のあの言葉…。


 『姉ちゃん…たべられちゃうの?』


 リナリアは静かに理解した。

 その瞬間、ぞわぁっ、と背筋が震えた。


「ちなみに銀糸は特別です」

「と、特別」

「伴侶や家族へ使う糸ですので」


 この時のリナリアの脳内は忙しく、この言葉は全く違う意味に変換されてしまっていた。


『特別に気に入った獲物用』と。


「ひっ」


 ミーヤはジリジリと後ずさる。


「番様?」

「わ、私そんなに美味しそうなんですか!?」

「…はい?」


 その言葉の意味をまたもや違った意味に捉えたミーヤが固まる。

 突然そんなあけっぴろげな話をされてもと動揺してしまう。

 

「えっ、あの、でも、食べませんよね!?」

「きゅ、急にそんな…何を!」

「私を頭からぱくりと!!」


 

 数秒間の沈黙。

 ミーヤは静かに理解した。


 そっちの方か、と。

 なるほど盛大に勘違いしておられるな、と。


 だが、ミーヤには少々たちの悪い悪癖があった。


 可愛いので少し様子を見ましょうか。と、この勘違いをそのまま放置したのだ。


「アシュヴァル様は番様を大切に思っておられますよ?」

「やっぱり食べる前の保存食扱いでは!?」


「違います」


そう言ったミーヤの顔はにこやかだった。

その顔を見て、リナリアは青ざめた。


思い返せばアシュヴァルは花をくれた、優しくしてくれたし過保護。

私の様子を頻繁に見に来たし、贈り物も大量。

周りの人たちに沢山食べさせられもした…そして昨日…ついに糸を巻かれた。


完全にお気に入りの獲物では!?


 リナリアはこれでもかと言うほどに顔が真っ青になった。


 


 一方その頃の執務室では、アシュヴァルが嫌な予感を感じていた。


「ミーヤが皿を…?珍しい、何があったかわかるか?」

「アシュヴァル様の例の糸について会話してらした様ですよ」


 …アシュヴァルは頭を抱えた。


「頼むから変な説明をするなと伝えろ」


「ですが事実ですし、もう会話は終わられている様です」

「どこまで話した?内容は」

「独占欲についてを…」

「やめろ!!!」


 ばん!!と机を叩くアシュヴァルをみて、領民達は顔を見合わせた。


 

「順調ですね」

「順調ですねぇ」


「何がだ!!」


 


 アシュヴァルは知らない。


今この瞬間、リナリアの中で『よくわからないけど優しいっぽい蜘蛛族領主アシュヴァル』から。


 


『優しいけど私を食べようとしている巨大蜘蛛』へ認識が進化していることを。


 


 

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