獲物は美味しくあろうとはしない
一つ前間違えて一話飛ばして投稿してしまいましたので、訂正しました…申し訳ありません
その日から、リナリアの中ではある一つの決意が生まれていた。
それは誰もが当たり前に思うこと…つまり、食べられないようにしようといった切実な願いの様なものでもあった。
…いや、喰われてたまるもんですか!怖いし!
もちろんリナリアはアシュヴァル達が優しいことは知っている。
この数日だけでもとても大切にされたのだ。
『獲物を逃がしませんから』
でも、私の脳内からはミーヤのあの言葉が離れない。
ふとした瞬間にリフレインしてしまう。
やっぱり蜘蛛族は私の事を優しく育てて、美味しく食べるつもりなのかも…?。
そう考えれば考えるほど怖い、違うと思う気持ちとそうなのかもしれないという気持ちがせめぎ合ってなんか苦しくなってきた。
でも有り得そう何度よなぁ…蜘蛛だし。
種族が違えば考え方も違うし常識も違ってくる。
だから人族の私が人族の中の常識で物事を考えても多分あまり意味はない。
けれどリナリアは寝台の上で膝を抱えながら真剣に考える。
だって蜘蛛族のことは嫌いじゃな苦なってしまったから。
…まぁ、この異常に柔らかいネグリジェも、獲物の保全のためだと思えばさもありなん…。
どうしよう?と、リナリアは悩む。
このままでは私は何かが絶対に危ない。
周りがざわめいているのは事実なのだ、何事かは絶対にあるはずなんだ。
今何が起きているのかはわからないけれど、私は自分が精一杯やれる事をしなきゃいけない。
つまり、一先ずは食べ頃認定されるのだけは避けなければってことだ。
どうせまだ自宅には帰ることができないのだから。
「一年だけ、一年だけ頑張ったらいいんだもん…」
リナリアは自分に言い聞かせるように眠った。
そしてその日、どでかい蜘蛛に頭からパクリと食べられてしまう悪夢を見た。
ひどい悪夢だ。
そして翌朝、やや寝不足気味なリナリアは決意した。
これ以上、太らないようにしよう!と。
単純すぎる答えだが、本人からすれば大真面目である。
あれだけ栄養を与えられたのだから、つまり、蜘蛛族的には『もっと肉をつけろ』という意味だったのだ。
私が傷つくのを異常に恐れていたり、ずっと隠れて見ていたりしたのも、もしかしたら領主であるアシュヴァル様の獲物が傷ついたりしない様にとの配慮だった可能性もある。
そう言えば最近は仕切りに子供関係の話が出ていたけど、もしかしたら人族の女性は柔らかくて適度に脂が乗った高級肉な可能性も…!?
つまりはアシュヴァル様の子供ができた時に私という高級肉を美味しい状態で子に食べさせるための…!?
行き着くところまで妄想が飛躍してしまったリナリアの背中にぞわっと鳥肌が立った。
だからリナリアは決めたのだ。
少食になろう、と。
そして朝食の時間。
いつものように蜘蛛族達がリナリアに「これ美味しいよ!たくさん食べな!」と勧めてくるものを、涙を飲んで拒否するところから始める事にした。
「番様、こちらのパンは焼き立てです!ほらほらどうぞ!」
「こちらの肉も焼き立てですよ!」
「番様には絶対にこの栄養価の高い幼体用スープを飲んでいただきたく!!」
今日も料理蜘蛛達は元気だった。
リナリアは引きつった笑みを浮かべた。
栄養価の高い幼体用スープというワードに脳が勝手に過剰に反応したからだ。
やっぱり蜘蛛族は私を美味しくしようとしていると、脳内の天秤がギギッと音を立て少し傾く。
「え、えっと…今日は少しだけで」
リナリアが引き攣った表情のままその言葉を口にした瞬間…ぴたり、と、場の空気が止まった。
静まり返る食堂、目を見開き私の事を見ている蜘蛛族達、この状況に動揺して目が泳ぐ私。
そんな状況で私に話しかけてきたのは、ここへきてから毎日食事を渡してくれている蜘蛛族の人。
何故か目力が強い。今まで見たことのない様な目の開き方をしている。怖い。
「…少しですか?」
「は、はい…」
「番様が?」
「…はい」
神妙な顔で何度も聞き返してくる蜘蛛族、それに神妙な顔をしながらも目が泳いでいるわたし。
そんな私たちの応答を見て他の蜘蛛族達がざわつき始めた。
「何故!?一体何があったんだ!?」
「も、もしや体調不良ですか!?」
「まさか毒!?」
「毒だと!?だめだ!人はすぐに死んでしまう!神官を他領から捕獲してこないと!」
「敵襲ですか!?」
「え!?まだ神官を捕獲してないのに敵襲だと!?」
騒ぐ蜘蛛族達の言葉が全て聞こえたわけではないが、敵襲の言葉は聞こえた。
何故私が食事量を減らすと敵襲がきた事になるのか…。
「違います!!」
とりあえずリナリアは慌てて否定した。
そして一度目を左右に振ってからこじつけの理由を述べる。
「その、あんまり食べると太るかなって…」
再度沈黙。
頬がだんだんと赤くなるリナリア。
なんだか居た堪れない気持ちになってきた。
そう言えばこの言い方だと、私デブになったから食事減らすって言ってる様なもんじゃない?
「………」
「………」
「………」
蜘蛛族達が顔を見合わせたのが視界の端に映った次の瞬間、爆発したかのような歓喜が食堂に響いた。
「「「「番様が美容を意識しておられる!!!!」」」」と。
冗談抜きで、食堂内が揺れた。
シャンデリアがゆらゆらしてるし、私の耳はキーンとしている。
爆音すぎてちょっと鼓膜がおかしくなっているようで、みんなの声が少し遠くに聞こえる…まるで水の中だ。
水の中から声を聞いた事ないけど…。
「ついに!ついにきたぞ!」
「番様が花嫁準備が!順調ですぅっつ!」
「領主様のために!なんとおいたわしい!」
リナリアは聞こえない。
だってまだ耳がキーンとしているからだ。
ただ、なんだかわからないけどみんな喜んでいる。
だがそんなリナリアの状態など蜘蛛族達はわからないので止まらない。
「なんと健気な…!」
「美しくあろうと努力されている!今でも絶世の美女なのに!」
「多種族でここまで美しい者は見た事ないわ…ほんと尊い……」
「番様!バーンしてぇ!」
なんだかわからないけど、涙を流して悲しんでる蜘蛛族までいた。
ど、どういうこと!?泣いたり笑ったり…情緒不安定なの!?
リナリアは内心困惑しっぱなしだが、耳が聞こえにくいので愛想笑いを浮かべるしかない。
食べられたくないだけなの!とはっきり言えたらどれだけ楽なことか…リナリアは遠い目をした。
だが言えない、流石に言えない。
もし違った時、流石にそんなこと考えてたって知ったらこの人たちは悲しむと思うから。
そんな事を考えてるリナリアの内心など知らない聞こえない蜘蛛族はまた勘違いをした。
いつも否定している番様が何も言わないということは、これはもう、秘匿する必要がなくなったと思ったのだろうと。
それはもう、吃驚するほど盛大にすれ違いが起きていた。
「番様、ご安心ください」
「え?」
一人の蜘蛛族の女性が話しかけてきた。
もちろん言ってる言葉はわからない。
「多少肉付きが良くても領主様は喜ばれます」
リナリアの顔が引きつった。
女性の口が今絶対に『肉』って言った、そして『喜ぶ』って言ったと。
やっぱり思い違いじゃなくて食べるつもりなんじゃない!?と。
今日の執務室のアシュヴァルは朝起きてすぐに胃薬を飲んでいたのもあり、聖人君主の様な表情をして報告を聞いていた。
「番様が食事の量を減らしました!」
「ん?リナリアが食事を減らした?理由は?」
流石にそれだけだと意味がわからず、アシュヴァルが眉を寄せつつ問いかける。
とても良い笑顔で報告してきた侍女を見ながら頭を傾け思案する。
「理由を聞きましたところ『太るといけないので』とおっしゃいました」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、アシュヴァルは固まった。
「それはつまり領主様を意識しておられるのかと」
「違うと思う」
流石にそこまで短絡的な考えはできないので、今日も今日とてアシュヴァルの返答は否だった。
そして領民達はそんなアシュヴァルと侍女の会話を聞きながら笑顔で頷き合っていた。
「昨日糸を巻き付けましたもんね」
「番様もそれに応えようと精一杯努力をされ始めたのですね」
「求愛行動後に美容を意識はもう、順調だ!」
「番様はアシュヴァル様からのプロポーズ待ちなのでは?」
アシュヴァルは静かに顔を覆った。
背後から聞こえてくる会話に、なんだか信憑性が出てきたように感じ始めた自分を恥じているのだ。
そんなはずはないのに、ビートが見せてくれた『人族図鑑』にも書いてあったのだ。
人族と蜘蛛族の常識は結構違うので注意と…過去それで人族に弄ばれたと勘違いした蜘蛛族が大変だったのだ…俺はその二の舞にはなってはいけないんだ。
…いや待て?
でも、と、脳内で一つのひらめきが出てきたアシュヴァルは顔を上げた。
中に視線を彷徨わせながら一つのことを考える。
それは自分とリナリアが番だということだ。
本には人族には番を認識する能力が著しく低いと記載されていた。
が、皆無ではないのだ。
もしかしたらリナリアも私のことを番だと無意識に思っている可能性もあるのかもしれない?
『太るといけないので』その言葉がアシュヴァルの都合のいい脳内で反復する。
…気にしているのか?昨日の件を。
いや違う、気にしているのは俺のことをか…?。
アシュヴァルの全身が雷に打たれたように跳ねた。
番がもしかしたら自分のために頑張っているのかもしれないという結果を脳が弾き出したのだ。
なんて健気なんだ?俺の番は尊すぎないか?
アシュヴァルは本気でそう思った。が、即座に考えを改めようとした。
いや違う、勘違いするな、そう思うのに。
だがもし、少しでも意識してくれているなら…と、耳が赤くなる。
そんなシュヴァルの表情の七変化を真横で見ていたビートはため息をつく。
「アシュヴァル様、一つ言いたいことが」
「な、なんだ」
「今、とても見られない表情をしていますよ」
その言葉にアシュヴァルは無言で糸を飛ばした。
もちろんビートは避けた。
「ぐえっ!」
珍しく蜘蛛族の一人がその糸で弾き飛ばされた。先月新成人となった蜘蛛人だ。
「すまない」
アシュヴァルはその蜘蛛人にボーナスを支払った。
その蜘蛛びとはにっこりしていた。
午後…リナリアは本気で隠れていた。
絶対食べさせられないようにしないといけないのは前提として、私は逃げ隠れするスキルが低いからそこを伸ばさないといけない。
そう考えたリナリアは、蜘蛛族から逃げたり隠れたりしながら自身のスキルアップ目指す事にした。
することといえば、物陰に小さく丸まってしゃがみ込む事。
もう、これは完璧だった。
素晴らしい隠れ技だと内心スタンディングオベーションだった。
少なくともリナリア本人は本気でそう思っていた。
「番様」
「ひっ!?」
けれどそんなリナリアを嘲笑うかの如く、真後ろから女性の声がした。
リナリアがギギギと錆びたブリキの様にゆっくりと振り向いた先には…蜘蛛人がいた。
「な、なんで!?完璧だと思ったのに?!」
「遊びですか?」
「えっと、違うような、あっているような…?」
「かくれんぼ?」
「そう、なります?よね?」
リナリアはどう返事していいかわからなくて困った。
「なるほど、幼体との遊戯訓練ですね!」
リナリアはその言葉を聞き、蜘蛛族の幼体は猫族のように獲物を手の中で痛めつけて遊んでから食べると誤認した。
衝撃が大きすぎて後退る。
だがそんなリナリアの行動に蜘蛛族は感動していた。
「子どもの目線に合わせて隠れておられたのか…素晴らしい母親になる予感しかないですね」
「素晴らしいほどの母性……!」
「順調ですね…!」
リナリアは絶望し、目の前が真っ暗になった。
アシュヴァルは三回目の胃薬を服用した後に夜の定例報告を受けていた。
「…隠れていた?理由は?」
「子が生まれた後、幼体になった時の遊戯訓練だそうです」
アシュヴァルは考え込む。
そんなはずはないと。
まだ自分がプロポーズどころか愛も囁いていないのに子供が産まれた後を見越した行動をとっているだと?
どういうことだ?
アシュヴァルは腕を組み、考えた。
人族も蜘蛛族も種族差はあれど同じところはあるわけで…子供のことを考え出したということは?と。
そして一つの可能性が脳裏をよぎった瞬間。
執務机が少し沈んだ。
アシュヴァルの魔法で物理的に机が床にめり込んだのだ。
それを見た蜘蛛族が焦り出す。
「領主様!?突然どうしたんですか!?」
「机が!この下の部屋は物置なのでやめてください!」
「どうしたのですか!落ち着いてください!!」
そんな声を聞きながらもアシュヴァルの脳内はずっと悲しい方向へと妄想が進んでいた。
子供を考えるような相手ができたのでは…と。
「…別に落ち込んでいない」
いつもの低い声だった。だが、悲しみのあまり背後にいつも隠している蜘蛛脚が出てしまっていてしょんぼり垂れていたので周りからは丸わかりになっていた。
「領主様!脚が出ていますー!」
「感情が丸わかりですよ!仕舞いましょう!」
「蜘蛛族の王としての威厳が!威厳がー!」
珍しく蜘蛛族が頭を抱えて叫んでいたが、アシュヴァルには届いていなかった。




