誤解が誤解を呼び
翌朝のリナリアは今までとは違う朝を迎えていた。
つまりは完全に寝不足。
考えすぎて一睡もできなかったのである。
そんなリナリアはとても真剣な顔で自室を見回していた。
「…よし」
一晩考えた結果、このままでは駄目だと確信したのだ。
色々な意味で危険すぎると、なのでリナリアは決意した。
もしもの時のために備えようと。
人族の世界でも備えは大事だ。
非常食、避難経路、防寒具と様々な事を考え、自分に何かが起きた時の未来を想定しないといけない。
そう、何が起きても最低限逃げられるようにしておく必要もある。
ここは蜘蛛族の巣だ、つまり…巨大捕食者の縄張り。
そして私はこの縄張りに侵入してきた哀れな餌なのである。
ペロリといかれない道理がない。
もしもこの先何かがあった時、丸腰のままでは確実に詰む。
そうなってほしくはないけれど、そうなった時のことは考えておくべきだと私は結論づけた。
食べられるにしても簡単には食べられないんだから!
リナリアはぐっと拳を握った。
そして最初に始めたのはなぜか寝床の強化だった。
今の寝台も十分柔らかい。
いや寧ろ柔らかすぎるくらいだ。
だがもし病気になった時や怪我をした時、もっと身体を隠せる場所が必要だろう。
布を沢山集めておくべきだ。
あと全身隠してるとなんか落ち着くし。
これはかなり重要な事に思えた。
そう決めた後のリナリアの行動は速かった。
せっせと部屋中の布を一ヶ所に集め始めた。
クッションも移動し、毛布も重ねた。
…結果。
なんか部屋の隅にふかふかした小空間が完成した。
それ見たリナリアはこう思った。
「…なんか安心する」
ちょっと秘密基地っぽいし、と、リナリアはかなり満足げだった。
だが、その様子を見ていた蜘蛛族がやっぱりいた。
初めはリナリアの行動に皆が疑問を抱いていた。
けれどそれが段々完成に近づくにつれ、驚愕に目を見開く事となったのだ。
「見たか…?あれはまさか…?!」
「見ました、僕ははっきり見ていました!」
「布を集めておられ、そして…ああっ!神様!神はいたんだ!!」
今日も今日とて蜘蛛族は勘違いで感動していた。
「巣作りしていましたね」
「あれはまごう事なき巣作りですね」
「完全に巣作りです、順調です」
すこしの沈黙。
皆が顔を見合わせ頷き合う。
そして次の瞬間…
「「「「番様が巣作りを始められたぞーーー!!!!」」」」
館が揺れた。
「うわぁ!!」
その声を怒声と勘違いしたリナリアは自分で作った秘密基地に頭からダイブして身を隠し、プルプルと震えていた。
身体は正直なのである。
一方その頃の胃薬服用後の執務室では、アシュヴァルが身を震わせていた。
「も、もう一度言え…」
「番様が巣作りを始められました!」
「巣作り…?」
アシュヴァルの目が座る。
その目の下には僕はここにいるよ!と言わんばかりに真っ黒なクマが鎮座していた。
そう、アシュヴァルも徹夜していたのだ。
だがそんなアシュヴァルの様子なんて全く気にしていない領民達は激しく興奮していた。
「布を集め!ていました!沢山、それは必死に!」
「柔らかな寝床を作り!何度も調整して!」
「落ち着く空間を構築なさっています!!」
「…………」
アシュヴァルは黙っている。
死んだ魚のような目をしてその報告を聞いていた。
蜘蛛族にとって巣作りとは特別だ。
安心できる場所、大切な者を迎え入れる場所、伴侶と幼体を育てる場所。
つまりは家庭だ。
「…いや」
アシュヴァルは顔を押さえた。
今にも泣いてしまいそうな自分を妄想で励ます。
『アシュヴァル様が心配です』
『アシュヴァル様が好きですっ』
『アシュヴァル様素敵っ』
完全に妄想でしかない妄想リナリアがアシュヴァルを脳内で必死に応援していた。
「落ち着け…がんばれ…」
アシュヴァルが自分で自分を鼓舞し、気分が少し上がったところで『なんか安心する』という報告が追加される。
「…………」
脳内リナリアからのその報告で、否応なくアシュヴァルの耳が赤くなった。
もはや寝不足もあり、現実と妄想がごちゃ混ぜになってしまっている。
「領主様!いけません!瞳孔が開いております!」
「顔が!その顔はダメです!怖いです!笑わないでください!」
「とてつもなく緩んでおります!順調ではありません!」
その言葉にアシュヴァルは無言で糸を飛ばした。
その頃のリナリアは次なる準備へ入っていた。
「次は保存食…」
これはかなり重要である。
もし閉じ込められた時、手元に食べ物が無ければ終わる。
なのでリナリアは厨房で貰ったパンや干し肉を少しずつ部屋へ持ち帰り始めていた。
そして蜘蛛族がリナリアを見る度に何か食べさせようとするので、それを全部ポケットに入れて持ち帰ってきたのだ。
「これで数日は戦えるはず……」
もう、リナリア本人はサバイバル気分だった。
しかし…この行動を見た蜘蛛族は更に喜んでいた。
もうリナリアにプライベートという概念は無いようだ。
「番様が備蓄をはじめたぞ!」
「まさかもう既に幼体用の保存食を!?」
「素晴らしい母性!先の先まで見越していらっしゃる!」
蜘蛛族達は大騒ぎだった。
「違います」
たまたま通りかかったミーヤが即答した。
窓に逆さまにへばりついていた蜘蛛族が静まり返る。
「ミーヤ様…?」
「流石に違いますよ」
困惑する蜘蛛族達へとミーヤは静かに続ける。
「恐らく、婚姻後の番籠りへの備蓄でしょう」
その言葉を聞いた蜘蛛族が感動で震え始める。
「そこまで領主様を愛しておられると…!」
「なんと献身的な…!」
「確かに1ヶ月も籠りますもんね、今から好きなものを備蓄していれば安心です!」
「領主様が聞いたら卒倒しますよ…」
その時だった。
蜘蛛族達がぶら下がっていた糸が纏められ、そのまま皆何処かへ飛ばされた。
そう、アシュヴァルだ。
リナリアの窓にへばりついていた蜘蛛族をその名の通り糸を千切って投げたのだ。
ちなみにミーヤはアシュヴァルの気配を察知した時点でもう逃げている。
なんとも逃げ足の速い女だった。
深呼吸を一つして、アシュヴァルは窓からそっと中の様子を見てみると、中からこちらを見ているリナリアと目があった。
「ひっ」
リナリアは息を呑んだ。
窓の外から何か声が聞こえた気がしたから見にきたら、アシュヴァルが居たのだ。
叫ばなかっただけ花丸満点だろう。
互いに予想外の出来事だった為、沈黙した。
「…………」
「…………」
その時ふと、最近この感じが多いな、とリナリアは思った。
そしてアシュヴァルはその間にチラリと部屋の中を見渡していた。
大量の布とクッション。
そして備蓄。
なんと素晴らしいふかふか空間。
「…………」
アシュヴァルは報告通りの現状に固まった。
激しく動揺した。
アシュヴァルの中の蜘蛛族としての本能が脳内で暴れ出す。
『番が巣を整えている』と認識した瞬間に、色々な情報や妄想が吹っ飛び、理性が死にかけた。
「アシュヴァル様?」
様子がおかしいアシュヴァルに気付いたリナリアが首を傾げ問いかける。
そんな問いにアシュヴァルは数秒黙った後、「…足りない」と言った。
リナリアは困惑した。
何が足りないと言うのだと。
そもそもアシュヴァルは私のこの行動の意味を知っているのかと。
リナリアの顔から血の気が引く…次の瞬間。
どさどさどさっ!!!
大量の柔らかい布と毛皮が窓から投入された。
「えっ!?」
「巣材はもっと必要だろう」
「えっ!?」
「保温性も重要だ、もっとあるべきだ」
「えっ!?」
怖いぐらいアシュヴァルは真顔だった。
しかもなんか目が座ってる。
あれ?何かクマもある?
その時リナリアは衝撃の光景に目を見開いた。
なんと、なんとアシュヴァルの背後に蜘蛛脚があったのだ。
スラリとした蜘蛛脚がそわそわそわそわと小刻みに動いている。
初めての光景だった。
「足りなければ言ってくれ」
その光景に動揺しているリナリアに対し、アシュヴァルはそう言い、そして逃げるように去っていく。
リナリアはぽかんとしていた。
その後ろ姿を見ながら。
そしてやっぱり私の飼育環境を整えてるのでは…?と。
蜘蛛の脚が出るほどに…と。
この日リナリアはさらに勘違いを深めたのだった。




